第6話 6


 今朝もまた、朝食抜きになってしまった。

 昨日よりはいくらかマシな時間に夢から覚めたとはいえ、朝飯を悠長に食べている時間ではなし。

 自転車に飛び乗り、一路学校へ。

 疲労困憊ではなかったけど、育ち盛りの体に空腹は堪える。おまけに、今日は悠の手持ちもない。

 ……ああ、腹減った。

 次の休み時間に早弁でもしようか。本音を言えば、今すぐにでも腹の中に何かを入れたい心境だけど、さすがに授業中はまずい。

 それに隠れてでは美味しく食べられない。

 集中しないといけないのに、全然できない。

 教師の声が耳に入ってこない。いや、入ってきてはいる。が、空腹で脳が正常に作動していないから言葉を理解できない。

 ああ、駄目だ。

 真面目に授業を受けるのを諦めようか。しかし最初で躓くと後で困るのは俺だし。

 抗いながらも一応ノートは取る。これくらいはなんとかできる。

 ノートに落としていた目を黒板へと向ける。

 黒い靄がまた見えた。

 例のセーラー服の少女になっていく。

 空腹がまた幻を、幻覚を見せるのか。

 セーラー服の少女は昨日のよりもよく見える様な気がする。

 昨日は一瞬しか顔が見えなかった。それが今日は多少ぼやけているとはいえ、ずっと視界に映っている。

 なにやら楽しそうな顔をして、はっきりと見えているわけじゃないか、教室中を縦横無尽に歩き回っている。

 誰もそのことに気付かない。

 やっぱり白昼夢を見ているんだ。空腹が原因で。

 手にしてシャーペンをノートの上に落とす。板書を書き写すことを放棄する。

 諦めた。こんな状態じゃ、なにをやっても多分駄目だ。

 教室の中を徘徊するセーラー服の少女の幻から目をそらし、俺は一刻も早く授業が終わるように、休み時間が来るように祈りながら、空腹を我慢することに専念した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る