第5話 5
「竜ちゃん、分かったよー」
昼休み、悠が俺の席へとやってくる。
俺に代わって情報の収集につとめてくれていたらしい。
休み時間に件の親しい女子と話し、それから授業中もなんかいろいろとクラスの人間と手紙のやり取りをしていた。
助けてくれるのはありがたいけど、授業中は真面目に受けろ。お前はただでさえ成績良くないんだから。ここに入るのもギリギリだっただろう。
ああ、話が逸れてしまいそうだ。元に戻そう。
ここで悠の説明を一字一句書き記すと、前に全然進まずに、脱線を繰り返し、紆余曲折して、一向に要領を得ずに、無駄に時間ばかり浪費してしまうので要約することにする。
つまり、この高校には怪談話があってその舞台がちょうど俺の席になるらしい。そんでもって出てくるが長い黒髪のセーラー服の少女。その少女は病気で進学がかなわずに、未練を残して亡くなった。それは高校に行くこと。だから、夜な夜なこの教室に出現するらしい。
ついでの宿直の先生をはじめてとして目撃者も何人もいるとか、いないとか。
一期生として叔父がこの高校に入学して約四半世紀。この学校にも怪談なんかあったんだな。ちょっとだけ感慨にふけってしまう。叔父から色々と話を聞いていたから。
まあ、でもそんなの只の偶然だろ。
学校にセーラー服姿の女子というのはありふれた設定だし、第一俺がそんな幻を見たのは空腹と夢の影響。
そんな話が存在していることなんて、今の今まで知らなかったわけだし。
でも、偶然だろ。そんなの。
また、夢を見た。
夜の教室。今回は真っ暗。
まさか二日続けて同じような夢を見るとは。
昨日はどうしてこんな夢を見るのかと疑問だったけど、今日は理解できるというか、ちゃんと分かる。
原因はおそらく教室で聞いた怪談話。
あまり気にはしないようにしていたけど、勝手に俺の記憶の中に強烈に焼き付いていたのだろう。
まあ、別にいい、そんなどうでもいいことは。
それよりもこれは見ていても面白くもなんともない夢。
ならば、一刻も早く脱出しよう。
この夢の世界から抜け出すには目覚めること。多分、起きる時間にはまだ早いけど昨日みたいに遅刻にギリギリに起きて大慌てするよりかははるかにマシだ。
起きようとする、眠りから覚めようとする。
が、俺の意識は依然夜の教室に中に留まったまま。つまり、起きることに失敗した。
もう一度試みた。しかし、起きられない。
暗い教室の中に青白い月明りが差し込んでくる。
青白い光が照らすのはセーラー服の少女。俺の席に座って、机の上を愛しそうに優しく撫でている
「なあ、お前は怪談の少女なのか?」
馬鹿らしい質問だと我ながら思ってしまうけど、近づいて訊いてしまう。
目覚めることができないのなら、目が覚めるまでの暇つぶしを。
俺に話しかけられるなんて想像もしていなかったのか、セーラー服の少女が驚いた顔をする。
何もそこまで驚かなくてもいいだろ。これは俺の夢なんだから。
「……見えるの……私のこと」
驚いた理由が違ったみたいだ。話しかけたことじゃなくて、見えるからとは。
「ああ、昨日もな」
おかげで昨日、教室で幻覚を見てしまい。パニックの原因になってしまった。
「……本当に見えるの?」
見えるも何も、俺の前に、俺の席に座っているだろ、存在しているだろ。まあ、夢の世界の話だけど。
「ああ、見えてる」
「どんな風に見えているの?」
「どんな風にって……」
そう言われて改めてじっくりとセーラー服の少女を見る。
腰まで届くような長い黒髪に、紺のセーラー服。そして意外と可愛らしい顔だ。そういえばこうして顔をまじまじと見るのは初めてだ。夢と幻、二回顔を見たはずだけど、どちらも一瞬のことだったし、覚えていないし、まあ覚えていたとしても現実じゃないし。
「ああ、髪が長くてセーラー服姿で」
顔のことは口にはしない。
「……本当に見ているんだ?」
「だから見えているって言っているだろ」
可憐な小さな口からホッと小さく息が漏れ出た。
「良かった、気付いてくれる人が現れて」
「気が付くもなにも、ずっと見えていたぞ」
俺の夢なのに、見えないなんてことがあるのか。
「お願い、私に気が付いて」
疑問に思っている俺に、セーラー服の少女が胸の前で手を組んで懇願するように言う。
いや、気が付いてもなにも話しているじゃないか
それを口に出そうとした。
が、声が出なくなった。意識が遠くなっていくような感じがする。
「お願い、……私に気付いて」
薄れていく意識の中で小さな声が俺の耳に。
どういう意味なんだよ? それ。確か昨日も言っていたよな。でも、意味わかんねーよ。
もうとっくに気付いているだろ。
そう声に出したい。
でも、出ない。必死に出そうとする。
「どういう意味なんだよ?」
やっと声が出た。俺の部屋の中に声が響く。
遅かった。目を覚ました後だった。
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