第4話 4


「はい、竜ちゃん」

 一時限目が終わり、休み時間。約束通りに悠が来る。その手には待望のアレが握られている。

 これさえ食べればきっと大丈夫なはず。

 さっきに見たのは空腹ゆえの幻覚のはず。朝食抜きで朝から自転車を飛ばしたからハンガーノックにかかったんだ。知識としてはあったけど経験するのは初めて。けど、あれは幻覚の作用もあったのか。

 うろ覚えの知識よりも今はエネルギー補給のほうが先。

 悠から受け取ると、勢いよく封を切ると同時に物を口の中へと。

「ねえ、さっきの授業のあれって何だったの?」

 食べている横で悠が訊いてくる。

「うん、ああ、あれは……」

 口の中がパサついていて上手くしゃべれない。

「はい、お茶」

「ありがと」

 ペッボトルのお茶を受け取る。蓋は軽く回転したから、きっと悠の飲みさしだろう。

「それで?」

「多分さ、腹の減りすぎが原因だと思うけど変なのが見えたんだよ」

「変なのって何?」

 変なところに食いつくな、お前は。

「朝見た夢の影響だと思うけどさ、セーラー服の髪の長い女が見えたような気がしたんだ」

 あれは気のせいだ。空腹が見せた幻だ。

 そう納得して、自分に言い聞かせようと瞬間、教室中に響き渡る悲鳴が上がった。

 悲鳴を上げたのは近くの席にいた女子生徒。

 何かあったのか?

「ねえ、今の話本当?」

 その女子が俺と悠のほうへと近付いてきて言う。

 話って? それよりも……。

「えーとっ……」

「前田さんだよ、竜ちゃん」

 誰? という疑問を悠が答えてくれる。

 入学式からまだ一週間ちょっと。クラスの大半の人間の名前なんか覚えていない。けど、悠はしっかりと把握しているようだ。ああ、そういえばコイツは人の名前を覚えるは結構得意だったよね。でも、歴史上の人物名は全然覚えられないのに。

「それで前田さんだっけ。えっと、何の話」

「さっき言ってたの、セーラー服の女がって」

 早口でまくし立てるように聞いてくる。俺と悠の会話が聞こえたのか。

「うんまあ、……でも、気のせいだから」

 そう、あれは空腹が見せた幻だ。

「いやー、アレ本当だったんだー」

 金切り声が再び教室中に。女子生徒は半ばパニック状態に。

 教室内が一気に騒然となった。

 でも、なんで俺が見たかもしれない幻で、こんなことになってしまうんだ。



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