第2話 2
それにしても変な夢だったな。
寝起きのまだ半分眠ったまま、正常作動していない頭でさっきの夢のことを考えてみる。
けど、いつまでもこんなことをしていても仕方がない。学校に行く準備をしないと。
寝ぼけた眼でベッド脇に置いてあるスマホで時間を確認する。
モニターの上の数字、時計はとっくの昔に八時を超えていた。
ヤバイ。
このままじゃ確実に遅刻だ。
慌ててベッドの上から飛び降りる。ハンガーに掛けてある制服を急いで着る。ああ、なんでこんなに面倒くさいんだ。
バッグを手に部屋から飛び出す。洗面室に駆け込み、歯磨きと洗顔を三分で済ます。しかし、短い髪が幸いしたな、セットの手間が省ける。
朝食は食べている時間はない。そんな悠長なことをしていたら絶対に遅刻。
母親の作ってくれた弁当をバッグの中に押し込み玄関へ。両足を素早く靴の中に突っ込み、これで登校するための準備は完了。
あとは、自転車に乗って登校するだけ。
しかし、いざ自転車に乗ろうとして一瞬逡巡を。
どちらの自転車で登校すべきなのだろうか?
実をいうと俺は自転車を二台所有している。
一台は通学用に使用している普通のママチャリ、もう一台は高校の入学祝に叔父さんからもらったロードバイク。
スピード、時間優先だからここはロードバイク一択のはずだが躊躇してしまう。
というのも、アルミのエントリーグレードとはいえロードバイクはけっこう高価なものだ。授業を受けている間ずっと駐輪所に停めておくのは。盗難が心配だ。
それに荷物の問題もある。
数秒迷って結果、結局いつものママチャリで。
これだって全力で漕げばそれなりのスピードは出る、遅刻は回避できるはず。
カゴの中にバッグを放り込み、自転車に跨る。右足をペダルに乗せて体重をかける。そして体を支えていた左足を同じくペダルに上に。
最初から全力立ち漕ぎ。必死にペダルを回す。
普段は守る一時停止線をあえて無視する。左右の確認もせずに左折する。
目の前の信号の青信号が消える。黄色になる。速度を維持したままで突っ込む。
危なかった。あそこで停まってしまったら遅刻は確実。
安心するけど、油断はできない。
高校までの道程にはまだ難関が待ち構えている。
最初の関門は山道。俺の通う高校までには一つ小さな丘というか竹山を越えていかなければならない。
高さも距離も全然大したことないのに、重たいママチャリは思うように前には進んでくれない、上っていかない。
それでも漕ぎ続ける、重力に抗い続ける。
漕ぎながら少しだけ後悔を。やっぱりロードで来ていれば。それなら、これくらいの坂道なんか問題なくクリアできるのに。
けど、ママチャリを選択したのは自分だ。今更嘆いてもしょうがない。
ようやく坂を上りきる。ああ、脚が重たい、腿が痛い、さらにいうと腰も重たい。
でも、悪いことの後には良いことが。上りの次は下りが。
継続していた立ち漕ぎを止める。かといってサドルに腰を下ろすのではなく、上半身を屈めてバッグとカゴの後ろに隠す。空気抵抗を極力減らし、一気に坂を下る。
気分はツール・ド・フランスのクリス・フルーム。
上りで失ったタイムを一気に取り返すべくペダルを回す。
高校の校舎が見えてきた。
が、同時に最後の関門が。どうして俺は山の上の高校なんかに進学したんだろう。
だけど、これさえ上りきってしまえば。
再び立ち漕ぎに。ペダルに全体重を乗せて果敢に坂に挑もうとした。
力が入らない。しまった、エネルギー切れだ。朝食を抜いたツケが最後にまわってきた。
それでも無理やりペダルを回し続ける、漕ぎ続ける。
ここまで必死にもがいてきたんだ。
後、少し。
疲労困憊で校門を通り過ぎる。そのまま駐輪所まで走りきる。
予鈴が校内に鳴り響く。でも、もうすでに校舎内入っている。一年生の教室は四階にあるけど、これならば遅刻しないで済みそうだ。
ああ、良かった。間に合って。
教室に入ってすぐ本鈴が鳴り響く。
自業自得とはいえ、朝からこんなに体力をつかうのは正直しんどい。
そのまま机の上に突っ伏してしまう。
あっ、ヤバイ。
指先が痺れているような気もするし、それよりも深刻なのは体に力が全然入らない。これハンガーノックの初期症状みたいだ。
これは不味い状況だ。
一難去ったのにまた一難だ。
動けないままで朝のホームルーム。
担任の注意の声が俺に飛んでくるけど動けないのは仕方がない。
けど、さすがに注意されてもずっとこのままでいるのも心証が悪い。入学早々教師に目を付けられるのもあまりよろしくないはず。
まだかろうじて残っている体内エネルギーを消費する。
力が入らない体、上半身を無理やり起こす。
視界の端に黒い影のようなものが。
なんとなくだけど、その影がセーラー服姿の女の子ように見えた。
俺はまだ夢を見ているのか?
それとも、空腹で幻覚でも見ているのだろうか?
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