おまけシナリオ 柏木智の初めての恋物語
――初めはただ、からかってやろうと思っていただけだった。
正直今となっては完全に笑い話だが、本当に最初はからかって、ついでに利用してやろうと思っていたのだ。
しかし、そんなド定番の恋愛モノのような真似をした結果、私はそのド定番通りに
百戦錬磨の智ちゃんともあろう者が、とんだ大失態である。
……まあ、今となっては過去の自分を褒めてあげたいくらいなので、結果的には大成功だったと言えるだろう。
「フンフ~ン♪」
まさか、私が鼻歌を歌いながら男のために料理をすることになるなんてな~♪
自分で言うのもなんだけど、一年足らず人をここまで変えてしまうとは、愛情ってホント凄い。
少なくとも去年までの私は料理なんか一切できなかったし、そもそもしようとも思っていなかった。
食事は男に奢ってもらえばいいと本気で思っていたし、実際それで私の食生活は成り立っていたので料理を覚える必要が全くなかったのである。
それに、実家住まいの頃も似たり寄ったりの生活を送っていたこともあり、家庭の味というものにも飢えていなかった。
……ただ、母さんは基本的に料理をしなかったが、できなかったワケではない。
元々は良家のお嬢さんだったこともあり、家事の類は子どもの頃にある程度学んでいたらしい。
それはつまり私にも学ぶ機会はあったというワケで、その点だけ少し後悔がある。
まあ、それならそれで家庭の味の差で対立しないで済む……と考えられなくもない。
「ってやだぁ♪ つい
頭は完全にお花畑状態。
同性に見られたら間違いなくドン引きされる自信があるけど、今この部屋には誰もいないので何も問題は無い。
つまり、今のもただの独り言である。
『――XX県教育委員会は、教え子の女子生徒に対し複数年にわたりわいせつ行為をしたとして、○○地区中学校に勤務する男性教諭|(40代)を懲戒免職処分にした』
「っ!?」
BGM代わりに点けていたテレビから聞こえた内容に、思わずドキリとさせられる。
何故ならば、XX県○○地区には、私が通っていた中学校があるからだ。
同じ地区には他にも中学校があったが、私には思い当たる節があるので「もしかして?」という考えが頭を過る。
しかし、このニュースだけでは情報が少な過ぎて、私の母校なのか、それとも違う学校なのかも確信が得られない。
念のため他の局のニュースも確認してみたが、やはりどの局も学校名や教諭の名前は公表されていなかった。
何故こういった性犯罪を犯した教師の名前が公表されないのか?
不思議に思ったことがあるのは、多分私だけじゃないハズ。
しかし、疑問には思いつつも理由を調べたことがある人は、恐らくあまりいないと思う。
私も疑問に思ったことはあるけど、調べようと思ったのは実際に自分が
教師が実名公表されないのは、一応ちゃんとした理由が存在する。
……それは、被害者を特定されないようにするためだ。
意外にも「公務員が優遇されているから」と勘違いされたりすることが多いのだけど、当然そんなことはない。
冷静に考えればわかるが、加害者である教師の名前や学校を公表した場合、被害者の名前はある程度絞り込むことができてしまう。
そしてもし特定されれば、ただでさえ心に傷を負ったであろう被害者を、さらに追い詰める結果になりかねない。
また、仮に絞り込めなかったとしても、多くの無関係の生徒が
完全に
「ただなぁ……、ってうわぁ、やっぱり小田切先生じゃん……」
そんな理由があって教師の名前が伏せられているワケだが、同じ学校の生徒にまで隠すのは流石に無理がある。
突然教師が一人いなくなるのだから、どんなに上手く隠しても気づく生徒は必ずいるハズ。
そして、今の世の中ネットの特定班が動けば、実名どころか顔写真まで晒される可能性が高いため、隠したところで無駄になることも多い。
だから、もう既に特定されてるんじゃ――と思いSNSで検索をかけたら、案の定すぐに先生の名前を見つけることができた。
この男――
教師の中ではそれなりに若手で、当時は多分30代前半位の年齢だったと思う。
まだまだ
……少なくとも最初のうちは、だけど。
中学一年生の頃、私は同級生の男子を彼氏にすることでイジメから身を守ろうとした。
しかし、中学一年の男子というのは本当に役に立たなく、むしろ害になることが多いくらいで、私は早々に見切りをつけることにした。
次にターゲットにしたのは上級生だが、学年が違っても中学生であることは変わらないので、残念ながら同級生と大差なかった。
……いや、むしろ別の学年な分、ボディガードという意味では同級生以上に役に立たなかったと言えるかもしれない。
ついでに、別学年の女子からも敵視されたりしたので良いことがなかった。
中学二年生になり、担任がフェミ女から小田切先生に変わったことで、私はすぐにアプローチを開始した。
元々下心があったためか、少し過剰気味にスキンシップをしただけで小田切先生は簡単に堕ちた。
それだけでは心許なかったので他の男性教諭にもアプローチを試みたが、本気で危ないヤツもいたし、本気で真面目な先生もいたので、そういう意味では小田切先生は非常に扱いやすいバランスだったと言っていいだろう。
……我ながら本当に最低の女だと思う。
でも、当時の私は男に対し本気で利用価値しか見出してなかったのだ。
今思えば、あれも一種の中二病だったのかもしれない。
私は母さんの生き方や、男を手玉に取る手腕に憧れていたので、それを悪い方向に曲解してしまったのだ。
そしてあの頃の私は、あのやり方で母さんのように男を手玉に取れていると勘違いしていたのである。
「はぁ……、ホントバカだったなぁ、私……」
子どもだったと言ってしまえばそれまでだが、あの頃の自分を思い出すたびに溜息が出る。
まあ、去年までの私も大差ないかもしれないけど、少なくともあそこまでは酷くなかったと思う。
いや、度合いの差があるだけで、やってることは同じか……
結局のところ私は、男を手玉になど取れていなかったのである。
私がやっていたのは、ただ自分を安売りしていただけ……
例えるなら、母さんが釣り堀で
自分なりに色々な手段を駆使して回避はしていたけど、いつ食べられてもおかしくない危険な綱渡りだったのは間違いない。
実際に襲われかけたことだって、一度や二度じゃないし……
結局のところ、男はどんなに誠実そうに見えたとしても基本的には獣なのである。
どう見ても人畜無害そうな小田切先生に襲われかけたとき、私はそれを悟った。
稀に「
それでも私が小田切先生達を躾けられたのは、ちゃんとご褒美を与えてあげていたからである。
具体的に言うと、私は粘膜の接触行為を除く全てを許容したのだ。
「それ以外のことであれば、
これは、粘膜の接触にどうしても抵抗があった私が苦肉の策的に言ったセリフである。
正直こんなことを言っても男は止まらないだろうと思っていたのだけど、小田切先生は悩みつつもこの条件を呑んでくれた。
この魔法の言葉は小田切先生に限らず、他の多くの男にも通用した。
私は男ではないので、一体どんな心理が働いたのかはわからない。
同じ男である一誠君に尋ねても正直理解できないと言っていたけど、恐らくは落としどころになったのではないか――とのことだ。
一誠君はあくまでも全て自分の想像だと前置きつつ、自分の見解を述べてくれた。
まず大前提として、普通の人間であれば罪悪感なしで強姦などしないとのこと。
特に相手が未成年――というか中学生で、しかも自分が教師ともなれば、罪悪感なしで手を出すのはほぼありえない、と。
言われてみれば確かに、それに罪悪感を感じない人間が教師になるとは到底思えない気がする。
仮にいたとしたら、そいつは間違いなく異常者だし、私は絶対にもっと酷い目にあっていただろう。
つまり、彼らは罪の意識を感じつつも、それでも我慢ができずに手を出している――と仮定する。
これは決して意志が弱いとかではなく、性欲は三大欲求に数えられるほど強い欲求なので、少なくとも手を出せる状況であれば我慢できる人間の方が少ないからだ。
多くの人が経験していることだと思うけど、「自分はあのとき何故あんなことをしてしまったのだろう?」と後悔することがある。
今の私が正にそうなので、一誠君の仮説は凄く納得ができた。
人は過ちやミス、間違った選択をするとき、大抵の場合正常な判断能力を失っている。
詐欺行為の多くはこういった正常な判断能力が低下した隙を突く仕組みになっており、それは裏を返せば冷静になった相手はほとんどの場合騙せないことを意味する。
小田切先生を始めとする男達は、性的興奮から冷静さを失い、後先考えずに手を出そうとした。
しかし、私の魔法の言葉で少し冷静さを取り戻したのだと思われる。
『余程の異常者じゃなければ、一瞬の快楽のために人生を棒に振る選択はしないだろう』
もし教え子を強姦し、それが世間に露呈すれば、教師生命どころか文字通り人生が終了することになる。
それでも実行する者がいるのが性欲の怖いところだが、問答無用で襲おうとする異常者でなければギリギリまで理性が働いている可能性が高い。
要するに、その状態で「低リスクで継続的に性欲を満たせる条件」を提示された結果、それが落としどころになったというワケだ。
人間は誰しも様々な「自分ルール」を持っているけど、多分一番多いのが許容のラインに関するルールだと思う。
たとえば、このくらいの関係だったら「尻を触る」までなら冗談で済まされるとか、今なら「胸を揉む」も流してくれるハズ、などだ。
こうした「自分ルール」は普通に考えればアウトなことも多いのだけど、何故か自分の中だけで許される判定になっていたりするから不思議だ。
私も人前ではやらないが、3秒ルールくらいだったら割と普通にやってるし……
まあそんな謎の判断基準から設定された「自分ルール」により、本番行為なしで、しかも同意があるのであればセーフかもしれない――という妥協ポイントが生まれたのだろう……、というのが一誠君の仮説である。
一誠君はただの想像に過ぎないと言っていたけど、私としては多少共感できる部分もあったので成程なぁと感心させられた。
流石、私の一誠君!
まあでも、人の頭の中なんて正確にわかるハズないし、本当のところは違うかもしれない。
いずれにしても私が危険な行為をしていたことは間違いないし、処女を守れたのだってほとんど奇跡だったのだと思う。
他にも反省することは多々あるし、私ってホントバカ――
「ただいま」
「っ!? お、おかえりなさい!」
色々と考えこんでたら、いつの間にか一誠君が帰ってきていた。
出迎えもできなかったし、もう最悪だ~
「どうしたんだ? 寒かったのか?」
そう言われ、自分が以前一誠君からプレゼントしてもらった毛布に包まっていることに気付く。
完全に無意識だったけど、やはり心のどこかで怖さを感じていたのかもしれない。
「えっと……、なんと言うか、その、心細くて?」
「……? 何かあったのか」
「い、いや~、あったというか、その、私の過去の過ちが原因というか……」
「よくわからんが、智が不安なら――」
「だ、大丈夫! それより! 一誠君はお仕事お疲れ様! ご飯にす――は、ごめんなさい、ちょっとまだ準備中で……。私の方もその、まだ準備中なので、できれば先にお風呂の方を……」
「……わかった」
◇
一誠君がお風呂に入ってる間に、準備中だった料理を仕上げ、ついでに私の方の準備も完了させる。
少し気を使ってくれたのか、一誠君はいつもより10分程遅く風呂からあがってきた。
「っ! 智、その恰好は……」
「フフ♪ 懐かしいですよね? この
「愚問だな」
「ハァ……、ハァ……、も、もう! 一誠君、激しすぎ! ご飯前の準備運動くらいのつもりだったのに……っ!」
一誠君は大体いつも激しいけど、今日は特別激しかった気がする。
まさか、食事前に5回もすることになるとは思わなかった。
「正直悪かったとは思うが、1年前から我慢してたのだから勘弁してくれ……」
「1年前からって……、もしかしてあの日もムラムラしてたんですか!?」
「当たり前だろう。そんな恰好の智を目の前にしてムラムラしない男などいない」
一誠君は当然のことのように言うけど、少なくとも1年前の一誠君が私に対してそんな感情を抱いていたなんて思いもしなかった。
絶対に僧か何かだと思ってたし……
「……えっと、じゃあ、その、今日は良いクリスマスになりましたか?」
「ああ。だが、まだ今日が終わったワケじゃないからな?」
どうやら一誠君はこの後もヤル気満々らしい……
本当にこの性獣と去年の一誠君は同一人物なのだろうか?
いや、同一人物なのは間違いないけど、であればこそ本当にどんだけ強靭な精神力をしているのやら……
一誠君は武術で鍛えた精神力の賜物だと言っていたけど、それなら世の中の格闘家はみんな自制心の鬼になっているに違いない。
やはり、一誠君は特別な男性なのだと思う。
「……実はですね、さっきニュースで、私の元担任が捕まったって――」
「っ! ……それでか」
「はい。鉄のメンタルを持つ智ちゃんも、流石に罪悪感を感じたというか……」
「……まあ、智のしてきたことは間違いなく危険だし、愚かな行為だとは思うが、結局は手を出した教師の方が一番悪いんだ。気にするなとは言わないが、あまり気に病むなよ」
一誠君はそう言うが、恐らく私が誘わなければ小田切先生は良い先生のまま、手を出してくることもなかったと思う。
捕まったのだって、恐らく私が変に性癖を歪めてしまったせいだし……
「智、前にも言ったが、普通の人間であればたとえ誘われようとも中学生に手は出さない」
「そう思うかもしれませんけど、実際はそうでもないみたいですよ? むしろ、一誠君みたいに我慢できる人はかなり稀少です」
ネットで色々調べると、ニュースになっていないだけでヤヴァイ教師は沢山見つかる。
教師に限定しなくても、私が魔法の言葉を使えば男は必ず胸を揉むくらいの行為はしてきた。
アレが
「……まあ、自制心には自信があるが、その男も人を指導する立場なのだから最低限の我慢はしろと言いたいな」
「それは思いますけど、教師になる人ってそんな聖人みたいな人ばかりじゃないですよ。大学に入るとよくわかるじゃないですか」
「確かにな」
大学に入って初めて知ることになったが、一定数の生徒が就職の保険くらいの気持ちで教育実習を行い教育免許を取得する。
特に中学校くらいの学力であれば、多少勉強が苦手でもなんとかなるだろうと考える人も多い。
そんな滑り止めくらいにしか考えていない者が教師になっても、ほぼ間違いなく誠実な教師にはならないだろう。
「……俺は正直、智に手を出した奴等に嫌悪感を感じているし、嫉妬する気持ちも少なからずある。ただ、同時に少し感謝する気持ちもあるから複雑だ」
「感謝……? それって、私の技術の糧になったからですか?」
「馬鹿を言うな。あんなヘナチョコ技術なんて学ぶ意味なかっただろう」
「んなっ!? ヘナチョコは言い過ぎですよ! っていうか、それなら何に感謝してるんですか!?」
「……あくまで結果的にだが、智とこんな関係になれたワケだからな」
「っ!?」
も、もう一誠君たら!
私のこと好き過ぎでしょ!
キャーーー!
「そ、そうですね。そこは少し感謝ですね! で、でもでも、一誠君、流石に私にハマり過ぎじゃありません?」
「まあ、それは今更否定しない」
くぅっ……、昔の一誠君なら絶対無言を貫いたのに!
ああ、今ならクーデレやツンデレ好きの気持ちがわかってしまう!
「そ、そういえば初めて話しかけてきたのも一誠君からでしたよね!? もしかして、最初から私のこと好きだったんですか?」
「いや? むしろ嫌っていたな」
「グハァッ!」
自分で聞いておいて自分でダメージを受けてしまった。
流石一誠君、私を掻き乱すのはお手の物ってね……
「っん……、じゃ、じゃあ、何で私に声をかけたんですか?」
「……正直記憶が曖昧だが、恐らく智が意外に真面目だったから、だな」
「え、真面目? 私が?」
「自覚はないかもしれないが、なんだかんだ智は真面目だぞ」
「ま、真面目……」
私は一応自分のことを破天荒な性格だと思っているが、それゆえに真面目と言われると逆に少し恥ずかしくなってくる。
「確かあの日も、明らかに遅刻確定なのに走って来ただろ」
「え、だってなるべく早く参加するに越したことないじゃないですか」
「……そういうとこに、少し好感を持ったんだ」
そう言って一誠君は腕枕ごと私を抱き寄せてくる。
それは性欲など一切感じさせず、愛情いっぱいといった感じのハグだった。
そのあまりの多幸感に、顔がだらしなくフニャフニャになってしまう。
よくわからないけど、去年の私グッジョブ!
恐らく私は、もう一誠君なしじゃ生きていけないだろう。
だからこそ失う恐怖というのも感じなくはないけど、幸い私はポジティブ人間なので細かいことは気にせずこの幸せを噛みしめていこうと思う。
「もうっ! 一誠君! ……大好き!」
~おしまい~
学園のマドンナ(死語)が、何故かやたらと俺にちょっかいをかけてくる~無表情男と4人のコミュ障女たち~ 九傷 @Konokizu2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます