第43話 愛している
「それじゃあ、かんぱ~い!」
「乾杯」
柏木が乾杯の音頭を取り、二人だけでささやかに祝杯を挙げる。
俺の部屋でのサシ飲みではあるが、実質的には今回の件の祝勝会のようなものである。
あれから数日後、主犯である楠木は退学となった。
被害者である柏木は驚いていたが、あの女のやった行為はれっきとしたプライバシーの侵害であり、それに含まれる肖像権の侵害である。
貼り紙程度では成立しないと思うかもしれないが、情報は既に多くの生徒の間で共有されており、ネットにも流れた痕跡があった(学校からの連絡があってから投稿主は即消したようだが)。
現代の情報拡散の速度はこういう面でも恐ろしい。
プライバシーの侵害について柏木は「でもまあ、教師の家に行ったのは事実ですし」と言っていたが、実際は事実かどうかは重要なポイントではなく、事実と受け取られる可能性がある時点で成立する侵害行為である。
現状では刑法で罰する規定は存在しないが、民法ではしっかりと賠償請求をすることができる。
また、今回柏木が晒されたようなセンシティブな写真であれば、名誉棄損罪に該当する可能性もあるだろう。
名誉棄損罪は親告罪であるため柏木が告訴する必要はあるが、刑法なので警察沙汰にすることも可能だ。
……まあ、柏木は賠償請求するつもりも告訴するつもりもないようだが。
一応楠木の持つ画像データは削除させたが、大元となるデータの所持者については残念ながら特定できなかった。
楠木はSNSで柏木の地元の人間に手あたり次第声をかけデータの所持者と接触したようだが、そのアカウントは既に削除されており、データのやり取りも捨てアカウントで行っていたようだ。
弁護士を通して開示請求すれば見つかる可能性もあるが、それにはかなりの資金と時間を要するため困難と言わざるを得ない。
……それになんとなくだが、ここまで慎重なヤツがこの程度で尻尾を出すとは思えなかった。
個人的に勝利には程遠い内容ではあるが、柏木としては満足しているようなのでわざわざ水を差すこともないだろう。
この祝勝会には一応嶋崎先輩も誘いはしたのだが、「どうせまた俺を出しにしてイチャつくのだろう!」と言われ断られてしまった。
柏木は「きっと空気を読んでくれたんですよ♪」と言っていたが、嶋崎先輩の場合本気で言ってそうなので判断しづらい。
ある意味では、俺や柏木以上に真意を読み取り難い人である。
まあ、そんなワケで二人きりなら居酒屋ではなく部屋飲みでいいだろうという話になり、今に至ったワケだ。
ちなみに、渡瀬については予定があるとのことだったので誘っていない――と柏木は言っていた。
俺から確認したワケではないので事実はわからないが、渡瀬こそ空気を読んで誘いを断ったのではないかと思う。
いや、そもそも空気を読むとか関係なく、自分をフッた男とそれに選ばれた女が一緒にいる地獄のような場所になど、行きたくなかったのかもしれない。
渡瀬とはあの一件以降も先輩後輩の間柄として良好な関係を築けているが、流石にどこか一線を引いたような距離感を保っている。
あれからまだ一週間程度しか経っていないことを考えると、いきなり元通りというのは無理があるし、互いのメンタル的に今後も他人以上友達未満くらいの距離感が恐らくベストだろう。
変な気を持たせるような曖昧な態度は、全員にとって良くない結果をもたらすことになるからな……
「む、一誠先輩、また何か難しいこと考えてませんか?」
「……表情を変えたつもりはないが、そう見えるか?」
「ふふ~ん♪ なんだかんだ一誠先輩のことず~っと見てたんで、些細な変化にも気付けるようになったんですよ~♪」
「……柏木、まさかもう酔ってるのか?」
「酔ってませんよ!
今までも好意自体は隠していなかったが、流石にこうも直接的な言い方をすることはなかったような気がする。
少なくとも柏木は「ずっとアナタのことを見ていました」なんて乙女チックなことを言うようなヤツではなかったと思うのだが、これが好意をフルオープンにした本来の状態なのであれば、
「そうか。ならば、今確認しておこう。柏木、今日帰る気はあるか?」
「え……、えぇっ!? い、一誠先輩、一体何を言って――」
「そのままの意味だ。どうなんだ? 帰る気はあるか、それとも泊っていく気か、どっちだ?」
俺がやや圧迫気味に迫ると、柏木は目を逸らしてうろたえ始める。
これで今まで百戦錬磨のような態度をとっていたのだから、中々に笑わせてくれるな。
「っ!? そ、そんなの、泊っていく気に決まってるじゃないですか! ホラ、ちゃんと用意もしてきましたしぃ?」
そう言って柏木は、恐らくここに来る途中のコンビニで買ったと思われるビニール袋を見せてくる。
飲み物やお菓子など色々な物を買ってカモフラージュしているようだが、十中八九そこにコンドームも含まれているのだろう。
処女のくせに大した度胸だが、態度から判断するにそれなりに恥ずかしかったようだ。
「覚悟はできている、ということだな?」
「も、もちろんですよ! というか、私がリードする気満々ですからね!? 一誠先輩に天国を体験させてあげますから!」
「それは楽しみだ。しかし、その前に手順を踏んでおこう」
「て、手順!?」
柏木が怯んだ隙を突くように素早く隣に回り込み、なるべく力を入れずに抱きしめる。
「あとで酔っていたなどと言い訳したくないから、先に言っておく。俺は柏木のことを好いている」
「~~~~~!?」
「愛しているという言葉は難しすぎてまだイマイチ理解できていないが、少なくとも柏木のことを愛おしく感じているのは間違いない」
「い、一誠、先輩……」
「ある程度は行動で示せたと思うが、これからは俺が柏木のことを守ってやる。だから、もう他の男に色目は使うな。他の大勢の男に頼っていた分は、全て俺が補ってやる」
「は、は、は、はいぃ! もう一生、一誠先輩しか見ません!」
柏木は交差した状態で頭を縦にブンブンと振りながら答える。
耳がこすれて少し痛いが、それすらも柏木らしくて微笑ましく感じてしまう。
こういうのを『
これからも色々と苦労させられることが目に見えているというのに、今からそれに対するやる気さえ芽生えつつあった。
……そんな気持ちとは裏腹に、なんだか妙に悔しい気持ちもあるので、今日は目いっぱい柏木に
「言質は取ったぞ」
「っっっっっ!!!??」
言うと同時に、回避できないよう頭を固定したうえで唇を奪う。
ムードも何もなく、ただ乱暴に唇を
「……ふぅ、よし、今からお前を完全に俺のモノにする。いいな?」
「ハァっ……、ハァっ……、い、一誠先輩、いきなり強引過ぎません? ていうか、祝勝会は――」
「言っただろ。酔っていたなどと言い訳するつもりはないと。素面で抱くから、柏木も素面で抱かれろ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私、本当に初心者なんですよ!? せめてお酒の力を――」
「今更そんな可愛げのあることを言っても、
俺はそのまま柏木を抱き上げてベッドに連れ込み、持ち得る全てのマッサージテクニックをブレンドした不健全な指圧を施す。
そして、柏木が完全に無抵抗になった辺りで自分の準備を開始する。
「ひぁ、は、はれ? い、一誠先輩、その大きな箱は?」
「ん? ゴムだが?」
「ふぇ? ゴムはさっき私が買って――」
「ああ、柏木は知らんのか。コンビニで買えるゴムは、大体一箱3個入りか6個入りしかない」
「……そ、それの、何が問題で?」
「……柏木、まさか、それで足りるとでも思ってるのか?」
「ひ、ひぃ!?」
さあ、夜は長いぞ?
……………………………………………………
…………………………………………
………………………………
カーテンの隙間から差し込む光で、いつの間にか朝になっていたことに気付く。
「……ふむ、流石に少しやり過ぎたか?」
「うぅ……、一誠先輩の、ケダモノォ……」
◇
それからというもの、柏木は毎日のように俺の部屋に入り浸るようになり、事実上の同棲生活が始まった。
ある程度予想していたことだが、柏木はやはりファッションビッチだったらしく(本人には本当に自覚がなかったようが)、毎晩勝負を挑んできては凄惨な敗北を喫している。
柏木はこっちに引っ越してくる気満々らしく、講義のない日などは家に帰って少しずつ断捨離を進めているらしい。
俺の住むアパートは入居人数など制限が色々と緩いため、大家に相談したところあっさりと契約の変更は認められた。
問題は柏木の所有する大量の衣類だが、それは断捨離で大半を処分することにしたのだそうだ。
誘惑する男が一人になったのでいらなくなったと言っていたが、考え方によっては軽視されているとも捉えられるので中々に反応が難しかった。
まあ、あの柏木の懐きっぷりを見る限りでは、軽視されてるなんてことはないと思うが……
「一誠君♪ 一緒にかえろ♪」
「……智、今日は渡瀬と一緒に遊ぶんじゃなかったのか?」
「それが准ちゃん、今日は推しのゲリラ配信があるからって速攻で帰っちゃって……」
柏木の話では、最近渡瀬は配信活動にハマっているらしい。
人見知りの改善とトーク力を鍛えるために始めたようだが、その過程で見つけた執事風配信者相手に推し活をしているのだとか。
色々と複雑な気持ちはあるが、まあ本人が楽しんでいるのであればそれが一番だろう。
「そうか。じゃあ今日は、俺が智を独り占めできるワケだな」
「やだもう! いつも夜は独り占めしてるじゃない♪」
楠木が退学となり、学校側から説明があったあとも、柏木の周囲に男が戻ってくることはなかった。
柏木自身があの件について何も弁解していないというのもあるが、風の噂ではどうにも今の柏木には近寄りがたいということらしい。
それは俺という存在が抑止力になっているからというワケではなく(一部にはなっているようだが)、柏木自身が放つ雰囲気が今までとは全く異なっているからなのだそうだ。
正直、これには俺も心当たりがある。
柏木は以前から美しかったし、人を惹きつける魅力のある笑顔が得意だったが、今はそれとは別ベクトルの魅力を放っている。
調子に乗るため本人の前では絶対に言わないが、言葉にするのであれば『太陽の小町』が一番近いイメージのように思う。
今まで妖艶な魅力を放っていた女性が、いきなり純粋で太陽のように輝き始めたら、眩しくて近寄りがたいものがあるだろう。
……だから、俺がこんなバカップルのようなやり取りをできるようになってしまったのも仕方がないことなのだ。
「じゃあ、今から早速始めるか?」
「っ!? そ、それはちょっと……」
「冗談だ。今から始めたら、智は間違いなく日が沈む前に力尽きるだろうしな」
「んなっ!? じょ、上等です! 今からとか望むところですよ! 今日こそは絶対負けないんですからね!?」
相変わらず操りやすいヤツである。
そして、俺はそんな
――愛している……か。
この分なら、そう遠くないうちに言えるようになりそうだな……
~おしまい~
↓↓↓↓↓↓↓以下あとがき↓↓↓↓↓↓↓
これにて本編完結となります。
皆様、長い間お付き合いいただきありがとうございました。
一応柏木編は完結となりますが、この作品はシリーズモノとして作られた作品で、サブタイトル部分が真のタイトルとなっている感じですね。
柏木編がメインストーリーだとして、その中のとある部分で分岐するようになっており、全4パターンのマルチエンディングゲームのような構成となっております。
少しお休みしてから、別ヒロインのシナリオを開始予定です。
本編では少し謎のまま終わってしまった部分が補完される……と思います。
また、それとは別に柏木編の番外編を投稿予定です。
それについては、なるべく早めに投稿できたらなと思っています。
それでは改めまして、お読みいただきありがとうございました!
<(_ _)>
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