しゅうまつぶいあーる

和扇

楽しい世界

 この世界を教えられたのは何時いつだっただろうか。もう覚えてもいないが、とても感謝している。何故なら今の自分にとっては、これだけが唯一の楽しみだと言える位には気に入っているからだ。


 なんと言うんだったか。ああそうだ、ふるだいぶ式ぶいあーるえむえむおー?だったかな?横文字とかアルファベットには弱いんだよなぁ、昔から。


 この世界で色々とやってきたが、小さな家を持ってからはのんびり過ごしている。掘っ立て小屋と言われても仕方が無いような出来だが自作した家、愛着溢れる我が城だ。


 朝起きてゆっくり身支度を整え、軽い朝食をとって家の周りを散歩する。街で買った菓子を供にして、採取した茶葉を使って淹れた茶を啜る。夕食はちょっとだけ豪勢に、日課で得た魔物モンスターの肉を使ったステーキだ。


 ゲーム世界なのに味が分かって、腹が膨れる感覚があるのは何とも凄い。昔はこんな技術が出来るなんて、思いもしなかったなぁ。技術者たちの努力に感服の一言である。


 今日も日課を始めますかね。得物を手にして家の外へ、いざ出陣。簡易な木の柵で囲った敷地には小さくはあるけど畑があって、寛ぐ用の揺り椅子も設置済み。最期まで面倒見切れないだろうから動物は飼ってないけど、従魔を連れてる人を見ると良いなぁと思うよね。


 背もたれの無い四つ足の木椅子を柵の前に置いて、そこに座る。どっこいしょ。いやぁ、この世界では歳なんて関係ないのに言っちゃうなぁ、コレ。よっこいせ、とかも言っちゃう。野郎でも歳は取りたくないよね~。


 さぁて、じゃあやりますか。左手で支えるように得物の胴を持ち、右肩にそれの尻を付ける。右手の人差し指で舌を引くと、相棒は口から火を噴いて目標を捉えるのだ。


ダァン!


 という音と共に。


ジャキッ

キンッ

ジャッ

ガキンッ


 右手で得物の側面から伸びる棒状のハンドルを握って起こし、手前へ引いて空になった薬莢やっきょうを外へ吐かせる。今度は奥へと押し込んで弾を込め、右へ倒してハンドルを固定。


ダァン!


 小銃ライフル鎖閂式ささんしき、いわゆるボルトアクション式の。説明するなら、引き金引いてれば弾を吐き出し続けるような銃じゃなくて、ガチャガチャ操作しないと次が撃てない面倒な銃、って感じで良いのかな?


 面倒臭さが良いのよ、味があるというか、なんというか。うん、まあ浪漫って奴だね。この感覚、分かる人いるのかな?


ダァン!


 よし、三匹目。百発百中、やっぱり慣れた銃は使いやすいね。あんまり強くない兎の魔物だから一発で倒せる。お茶菓子代くらいの売価にはなるから、こつこつ日課として毎日やってくならちょうど良し。感覚もなまらないしね。


 お、あれは!前に一緒に迷宮ダンジョンに遊びに行った冒険者くんじゃないか!おーい、ちょっとお茶していかないか~!


 ふー、友人とお茶するのは良いねぇ。気軽な話し相手がいるのは本当に良い事だ、普段は相手がいないからなー。


 さてさて今日のお昼は彼から貰った、おーく肉で角煮でも作ろうかな。妻がいてくれれば、普段も作ってくれたりして……。ひとり者としては寂しいばかりである、今時は『じぇんだーナンタラ』でこういう考え方は良くないと聞くが。それでも願うのは仕方のない事だと思う、これも一つの価値観なのだから。


 とと、そんな事を考えてたら湯が噴きこぼれてるじゃないか、いかんいかん。この世界に来るようになってからだものなぁ、料理なんて。やってみると結構楽しい、もっと早く気付けていればよかったな~。


 さぁてと、煮込んでいる間に別の事をしておこう。時間は有限、有意義に過ごさなくては。なにせ、楽しい時間はすぐに終わりが来てしまうのだから。


 よーし、兎の皮を加工して靴とかジャケットとか作ってみよう。材料は低品質だけど、熟練すればそんな物でも凄い物が作れるようになるって聞くから練習だ。とはいえ裁縫なんかは初心者、マニュアルを参考に忠実にやっていくとするか。


 どうせしゅうまつ、他にやる事なんて無いのだから。










 白くて落ち着いた場所。

 ちょっと不思議な匂いがして、少しだけ寂しい雰囲気もある。でも働く人たちはみんな優しいし朗らか。私としては、ココはあんまり嫌いじゃない。


「こっちだよね」

「ええ、走らないようにね」


 私が先導して分かれ道の一方を指さす。お母さんが一つ頷いて私に注意を促した。……前に走って転んで怒られたのを思い出す。走らないよ、絶対に。


 少し行ったら到着。扉をガラッ!と、いやいやスーッと静かに開く。


 広い部屋、一つだけのベッド。当然、そこに寝ているのも一人だけ。


 その人は私の―――


「遊びに来たよ、ひいひいおじいちゃん」


 目を瞑って横たわっているのは、私のお父さんのお父さんのお父さんのお父さん。おじいちゃんのおじいちゃん。ええっと、ひいひいおじいちゃんから見ると私は~~……玄孫やしゃご??


 とっても長生きで、なんと今年で110歳!私の十倍!


 すごーく小さい頃に遊んでもらった記憶があるけど、今は寝たきり。病気とかじゃなくて老衰、自然な事らしい。そしてそれは年を取ったひいひいおじいちゃんが死んじゃうまで、あと少しだって事。


 だからお父さんもお母さんも、叔父さん叔母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、来られる時に遊びに来てるんだって。


そう祖父がお世話になっております」


 お父さんがお医者さんと話をしてる。なんだか難しい言葉で一杯だ。


「終末期医療、曾祖父から聞いた時はどうなるかと思っていましたが、今は従って良かったと思っています」


 意識が無くなる前にひいひいおじいちゃんは無理な治療をして欲しくない、って言ってたらしい。だから終末期医療?ってやつをする事になったんだって。


「それに、これ。まさかゲーム機が役に立つなんて知りませんでした」


 ひいひいおじいちゃんの頭をすっぽり覆う形で被せられた灰色のそれ。私の友達や親戚のお兄ちゃんも持ってる、フルダイブ式VR装置だ。つまりはゲームをするための機械。


「まだまだ始まったばかりの実験的な試みですが、山県ヤマガタさんに事前にご承諾を頂けていたのは良かった。脳に問題が無いのであれば、VR世界なら会話や交流も可能でしょう」

「そうですね、実は先程も話をしてきたばかりでして。今日も使い慣れた三八サンパチ式で兎狩りしてましたよ。昔取った杵柄きねづかは凄いです、百発百中」


 お父さんは指で鉄砲を作って、パンパンと撃った。


「お年を召した方は、近い記憶よりも遠い記憶の方が鮮明な場合もあります。青春時代、二十代三十代、そういった記憶が蘇っていらっしゃるのでしょう。たとえ私達が辛く苦しい時代だと学んだとしても、山県さんにとってはそれが青春だった」


 今から110年前、そこから二十年?三十年?後。ええっと、ええと、うーん、1940年くらい?その時って何があったんだっけ、まだ習ってないから分かんないや……。


「終末期のVR医療、おそらくはこれから、より広く使われていく事でしょう。山県さんの事例は良い形で残るはずです」


 そう言って、お医者さんはひいひいおじいちゃんを見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しゅうまつぶいあーる 和扇 @wasen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説