第54話 決着
槍隊の攻撃が続くこと
「頭領、義親砲の準備ができたばい!」
その額には玉のような汗。職人と共に数人がかりで巨大弩の準備にかかりきりだったのだ。
これを聞いて義親は命を発する。
「よし! 待ちかねたぞ。銅鑼を鳴らせ。力の限り乱打せよ!」
すぐさま、周囲に据えられた十あまりの銅鑼が叩かれる。
これを聞くや松浦党の軍は左右二つに割れる。かねてから打ち合わせていた通りの素早い挙動である。
義親の眼前には大宰府軍の諸隊と、その先に控える宗頼の本隊のみ。
「撃てい!」
短く鋭いその声と同時に巨大弩から矢が放たれる。開戦に際して大宰府軍の心胆を寒からしめたものと同じ、あの化物のような矢が唸りを挙げて坂道に沿って飛び、先頭の馬と武者を一撃で粉砕した。
貫いたのではない。その衝撃により、馬の首と鎧武者の胴は文字通り無数の肉片となって弾け飛んだのだ。
なおも巨大矢の威力は衰えず、その後に続く馬と武者を爆砕、その次、更にその次と数十騎を餌食にし、坂の登り口にいた武者と愛馬を串刺しにしたまま、麓の平坦な地面に斜めに突き刺さった。
全ては一瞬の出来事である。あまりの驚きに大宰府軍の動きが止まる。
間隙を縫って義親がまた命を発する。
「騎馬隊、出よ!」
号令一下、総勢五百の騎馬隊が地響きを立てて坂を駆け下る。
先頭に立って隊を率いるのは後藤助明。馬を操る巧みさと指揮力を買われて抜擢されたのだ。その郎党百余騎も、白縫姫と侍女七人も騎馬隊の中にある。
白縫の今日の出で立ちは、紫と赤の糸で威した鎧に、兜は被らず額には鉢金をつけ、手には愛用の薙刀を持って白馬に跨るという姫武者姿。侍女たちもまた今日は巫女衣装ではなく、姫と同様の鎧をつけ、得物を抱え、そしてやはり白馬を駆っていた。
八郎はまだ動かない。ただひとり、じっと戦況を見つめながら自分が出るべき時を待っている。それはまさに、一撃を放つ機を静かに狙う猛虎のよう。
騎馬隊は坂を駆け下りるその勢いのままに、縦長の鋒矢の陣形で敵に突っ込んだ。
突破力に優れた鋒矢の形であるうえに、速度の乗った突撃である。巨大な矢によって引き裂かれた傷口を、みるみるうちに
そこを太刀や薙刀が襲う。敵は真っ向から斬られ、あるいは背後から突かれ、血潮をまき散らして落命した。
駿馬を駆った白縫が隊の先頭に出ようとする。そこを侍女のひとり、例の長身の巫女が追い越し、前を塞ぐ一人を薙刀で貫いた。
「
「獲物とは下品な。姫の御言葉とも思えませぬ」
「上品下品など、どうでもよい。ここは戦場ぞ」
「なればこそ、姫をお守りするのが、この八代の勤めでございましょう」
この短い言葉のやりとりの間にも、八代と呼ばれた侍女は敵を更に二人、姫も一人を斬り捨てている。
八代はあらんかぎりの声を張り、呼ばわった。
「我らは白蛇団! 黒髪山に住む大蛇の化身ぞ!」
澄んだその声は喚声の渦巻く戦場に聞こえ渡った。
後に続く他の巫女たちもまた甲高い声を上げる。
「その七本の角が姿を変えたものこそ我らなり!」
「神獣の怒りを恐れよ!」
「邪魔する者は、ことごとく黄泉に送ってみせよう!」
これを聞き、助明もまた太刀の二振りで左右の敵を一瞬にして屠るや、大喝した。
「神獣の加護ある我らに恐れるべきもの無し! 敵は脆いぞ。一気に攻め崩せ!」
大宰府の兵は恐慌状態に陥った。普段ならば鼻で笑って信じぬような大蛇云々の
そこへ更に、左右に分かれていた槍隊と遊撃隊が攻め掛かった。
重季が馬を乗り回し隊を督励する。
「突きまくれ! 勝利は目前ぞ!」
弁慶は薙刀を水車のように振り回し、瞬く間に数人を冥途送りにする。
時葉が兵を鼓舞し、自らも次々と敵を斬り捨てる。
前からは騎馬隊の突進、両翼からは徒歩部隊の再度の猛攻に、大宰府軍の中衛も遂に壊滅の様相を呈した。残るのは馬から転げ落ち逃げ惑う惨めな武士や、主を討たれ茫然と立ち尽くす従者ばかり。
それらは追わず、いよいよ宗頼の本隊に挑む。
騎馬隊がまず敵陣に迫る。だが、さすがは宗頼の直臣、大宰府軍の中核を成す精鋭部隊である。この混乱のなか微動だにせず、整然として攻撃を受けて立つ堅固な構え。
こういう敵には掛かりにくいものである。騎馬隊は逡巡し、その速度は鈍った。
すると今だ続く豪雨の中、敵は至近距離から激しく矢を射かけてきた。
騎馬隊は僅かに怯んだ。その隙を見逃さず敵の騎馬武者たちが飛び出して、太刀や薙刀を縦横に振るいながら、松浦党の騎馬隊の形作る縦列の中を走り回っては翻弄し、さっと自軍に引き上げる。
そしてまた弓隊が矢を射かけ、再び騎馬武者が松浦党を攪乱する。
鋒矢の陣形は乱れ、前進は止まりかけた。
(これまでか。後は俺の仕事だな)
味方の騎馬隊の動揺を遠望した八郎が矢を放った。
大雁股の鏃を備えたその鏑矢は敵味方の頭上を越え、戦慣れした鎮西の
藤原家の家紋である「下り藤」をあしらった旗が地面に落ちて泥土に汚れる。
全ての者の視線が矢の放たれたであろう砦の方向に集中した。そこには白と銀の鎧を纏った際立って長身の武者がひとり。
戦場は一瞬、虚脱状態に陥った。喚声が止み、皆が思わず戦いを中断する。
「月影、行くぞ」
八郎が静かに言うや、月影は凄まじい速度で坂を駆け下りた。人馬一体のその姿は、さながら不吉な流星が白光の尾を引いて迫り来るが如し。
そしてあろうことか、味方はもとより敵である大宰府の兵までが、否応なしに沸き起こる恐懼ゆえに八郎と月影に道を開けたのである。
宗頼にとっては白昼の凶夢であった。かろうじて我を取り戻し、
「何をしておる! 一騎駆けなど許すでない!」
絶叫した。
慌てて左右から矢が放たれるが、一矢たりとも八郎を捉えることはない。あまりの速度に狙いが定まらないのだ。
右往左往する多数の雑兵を月影は高く跳躍して軽々と跳び越えた。
その蹄が地に降り立ちざま、八郎は方天戟を横薙ぎに振るった。三日月形の白刃が煌めき、仰天する武者が一度に三人、騎乗のまま首を飛ばされる。
側面から襲い来た大兵の武者の巨馬に月影が体当たりを喰らわせる。馬は横転し、地に投げ出された武者の身体を月影が前足で踏み潰せば、哀れ巨漢は血反吐を吐いて悶絶した。
一方的な殺戮である。右手に方天戟、左手に長剣を持つ八郎の前進を邪魔する者は、全て胸板を突かれ、堅牢な鎧ごと胴を両断され、あるいは兜を割られて落命した。
月影の馬蹄に蹴散らされ倒れた者も数知れず。
宗頼を護る兵はみるみるその数を減らした。もはや八郎と宗頼の間を隔てる者は近習とおぼしき数名のみ。
「源八郎為朝、推参なり!」
雷喝と同時に方天戟と長剣が踊り、二人を左右に切って落とした。残る近習たちが怯むところを疾風のように駆け抜け宗頼に突進する。
馬上の宗頼の顔は蒼白であった。その顔めがけて方天戟を鋭く突き出すと、宗頼はこれを薙刀で払う。
(ほう、俵藤太の裔と誇るだけあって、少しはやるではないか)
八郎は楽し気に口元を
「くそっ、小僧めが!」
宗頼が憤怒の声を漏らし、腰に下げた太刀を抜き払った。両者は馬首を転じて再び交差する。
八郎が空気を裂いて戟を繰り出す。宗頼が太刀を振り下ろす。八郎為朝が肩口から胸から血潮を噴き出して愛馬の背に倒れ伏す……
その幻が鮮やかに見えた刹那、宗頼の思考は永遠に停止した。
眉間には方天戟の穂先が深々と突き刺さっている。
八郎が戟を引き抜いた。宗頼の脳漿と血が噴出する。太刀を握ったままの上体がゆっくりと前に傾き、どさりと地面に落ちた。
雨は尚も激しく降り続く。
それは幾多の
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