夢から醒めて
つめたくなったテディの手を握っていた。
ーーテディが死んだなら、私も。
今まで、自ら命を絶とうとしたことは、なかった。
ーーもう十分生きた。
厨房へ向かう。
「テディ、少しだけ待ってて」
厨房の棚に収められた、包丁を手に取る。
イェルダは使わなかったけれど、テディはいつも料理を作ってくれていた。手入れの行き届いた包丁を持って、戻る。
ーー今、いくから。
最後にテディの頬を撫でる。
少し、躊躇うように息を吸ってから、包丁を胸に突き刺す。膝から崩れ落ちそうになるが、さらに深く刺す。
血が溢れ出してくる。もう立っていることも出来ない。
自分の体にも血が流れていたのかと、場違いな感動を覚える。部屋の絨毯が血で染ってしまうのは残念だと思う。血が口からも溢れ、意識が朦朧とする。
「テディ、貴方は私の幸せよ」
そして、イェルダは意識を手放した。
ーーこんなの、おかしい。
イェルダは傷一つない自分の体を見て思った。血に染った絨毯はまだ湿っていて、それほど時間が経っていないことを示している。
愛しい人の、後追いすら出来ないのか。
テディのもとへ行くことを諦められるはずがない。待っていても、不老不死の体が邪魔をするのだから。
窓を開ける。城の高いところにある部屋だ。下を覗けば、はるか下に岩が見える。
その窓から身を乗り出して、足をかける。ここから落ちれば命はないだろう。
普通の人間なら。
では、イェルダは。自分はどうなのかと考える。刺しても生きていたのだ。死ぬことは出来ないと考えるのが当然だろう。
それでも、もう一度テディの瞳を見たい。
どんな姿でも構わない。
気づいてくれなくてもいい。
もし、天国があるのなら。
自分をこんな体にした神に祈った。
もう一度テディに会わせてくださいと。それが叶わないのなら、死なせてくださいと。
そして、窓の外へと身を投げた。
落ちて、落ちて、落ちてから岩にぶつかり、イェルダの体は潰れて骨は砕けた。
痛いのは一瞬だった。
けれど、気がつけばイェルダは、地面に五体満足で横たわっていた。
それから、ありとあらゆる方法を試した。
舌を噛んだ。猟銃で頭を撃ち抜いた。川へ飛び込んだ。毒を食らった。獣にその身を襲わせた。そして、首を吊った。
苦しい時間だけが続く。息はできないのにもう何日も、苦しいまま生きている。
いい加減、現実を受け入れるべきだった。
それが出来ないのは、テディがくれた日々を愛していたから。もらった言葉を忘れられないから。
彼はいつもイェルダの幸せを願っていた。
今のイェルダの様子を見れば、誰より心を痛めるのは彼だ。それは、本意ではない。身を捩って、時間をかけて縄を噛み切った。
床へどさりと落ちる。
テディを見つめる。いくら泣いても枯れることのない涙が頬をつたう。
「あなたを、きちんと埋葬しなくてはいけないわ。お別れなのよ」
そして、庭へ出た。穴を掘っている。すべて、一人で行いたかった。他の誰にも関わらせたくなかった。
ーー私のテディだから。さいごだから。
墓はテディが育てていた花のそばにした。
いつも花を気にかけていたから。本当は彼は花を贈りたい相手のことを想っていたのだがその事には気づいていない。
しかし、この花たちはイェルダにとって、 テディの象徴のようなものだった。
込められた想いは、届いていた。
「私、テディが寂しくないように花を育ててあげる。毎年咲けば、私も少しは寂しくなくなるかも」
最愛の人へ。
「私は、何年経っても貴方を忘れない」
「さようなら」
春、貴方は芽吹いた花々に顔をほころばせていました。
夏には貴方の誕生日がありました。変わってゆく貴方を美しいと思っていました。
秋は冬を越すための準備に明け暮れましたね。城の周りの木も紅葉して私たちを見守ってくれていました。
冬になれば、どうしても、貴方との別れを思い出してしまいます。けれど、私たちは冬に出会いました。貴方という存在が、私の人生に現れた季節でもあります。
今は、また一人で城にいますが、日々の中で生きていた貴方を思い出します。寂しくはありますが、以前とは違う暖かい寂しさなのです。
もう、独りではないのです。
不老不死の其方 はなえみ とわ @hanaemi0towa
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