それからふたりは
時を経て、イェルダとテディは、夫婦になった。古城で過ごす穏やかな日々は、イェルダが得た、つかの間の幸せだった。
だが、問題は残っている。
イェルダは不老不死であることを明かしていなかった。自身を化け物だと思っているのだから、言えるわけが無い。嫌われてしまったら生きていけないのだから。
月日は、無情にも過ぎてゆく。
テディは少女の姿から変わらないイェルダに、違和感を覚え始めていた。
「イェルダ、君は“変わらず”綺麗だ。どうして、少女の姿から変わらないんだ?」
ゾッとした。背筋が凍りつく。ついにばれてしまうのだろうか。
けれど、もう隠せなかった。
「私は、あなたより昔から生きてる。老いることなく、よ。どういう事かと言うと、不老不死なのよ」
テディから目を逸らしながら言う。
「そんなこと、あるのか?」
信じられないのだろう。無理もない。
「あなたは、私を、化け物と思うかしら」
もう、終わりね。
イェルダにとって、1秒とも、永遠とも思える時間が流れる。
テディが唾を飲む音がする。
「不老不死…。信じられないけど、君を見ていれば納得せざるを得ない。それに、これだけは言える。何があろうと俺は、君を想っている」
そう言ってテディは笑った。彼が一番素敵に見える時の笑顔で。
碧色の瞳から、大粒の水滴がこぼれる。
「君は、化け物なんかじゃないよ。化け物だったとしても、愛してる。信じて欲しい」
テディはイェルダの涙を拭い、抱きしめる。
嗚呼、どうしてこの人は欲しい言葉をくれるのだろう。いつか、離れてしまう日が来るのに耐えられなくなってしまうじゃないか。
「あなたに出逢えたことが、私が不老不死になったことの、意味かもしれないわ」
年月は過ぎてゆく。今をここに留めておきたくても、誰にも止めることはできない。
八十年あまりがたった。季節は冬。変わったことといえば、テディの顔の皺、古城の庭に咲き誇る彼が育てた花々だろう。雪の中でも咲く花はある。
ふたりとも、テディの寿命が尽きかけていることに気づいていた。しかし、イェルダは見ないふりをしていた。
「テディ、来年は何をしようかしら。私、春になったら植えたい花があるの」
来年がテディにあるかはもう、わからない。
「そうかい。じゃあ、マチルダに種を貰っておこう」
この時既に、テディはほとんどベッドから起き上がることの出来ない日々を送っていた
イェルダとテディ。ふたりは、与えられた時間が違う。だが、テディはイェルダを悲しませたまま、終わるような人では無い。
「イェルダ、俺はもう長くない。きっと、君を一人遺してしまう。」
「そんな事、言わないで!」
見たくない現実に向き合うのは辛い。
「けれど、聞いてほしい。君が寂しくなったら、どうか思い出して。今まで贈った花を。
俺の事を。花は、枯れても次の年に、また咲く。寂し、く、ない、よ」
もう、話すことも辛いだろうに。イェルダに伝えたいことがまだあるから。
「いや、嫌よ。貴方がずっとそばにいて」
この幸せを、終わらせないで。テディの手を握る。離さない、と。
「それ、が出来たら、いい、のにな」
「イェルダ、綺麗だ。君を、誰、より、あいしてる。ずっと」
黒曜石の瞳は閉じられた。もう二度と開くことは無い。
掴んでいた手の力が無くなる。
「いや、いかないで…」
私をおいていかないで。
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