触れた想い

 イェルダとテディは、広い城の庭に布を敷いて、昼食をとっていた。


「美味しいわね。一緒にご飯を食べようって言ってくれて、ありがとう。」

そう言って、イェルダはテディの頭を撫でようとする。

 それは、数年前と変わらぬ、親愛をこめた仕草だった。

 しかし、その手を撫でさせまいと、掴んでテディは言う。


「子供扱いすんなよ。俺、もう19だぞ。」


「嫌なら、やめるよう努めるけれど…。

 でも、私はあなたより、もっとずっと年上

 なのよ。」


 9世紀以上、生きる彼女にとって十九歳は、まだまだ幼い。故意にやっている訳では無いのだ。

 それでも、そのことをテディは知らない。

いつまでも想い人に幼い子供と扱われるのは耐えられない。


ーーどうして、苦しそうな顔をしているの?


 テディの手を握る力が強くなっていく。


「テディ、痛いわ。」


 その声は、か細すぎて彼には届かない。


「もう、なんだっていい。」


 苦々しげに、挑戦的に笑う。

イェルダの腕を掴んだ手はそのままに、彼女を押し倒す。頬に手を添え、顔が近づく。

鼻先が触れる。互いの吐息を感じるほどに近い。そして唇が…。


「痛いって言ってるじゃないっ!」


 イェルダの悲痛な叫びに、ようやく我を取り戻す。もう遅かった。


「すまない。俺もう、帰った方がいいな。」

 そう言って、テディは走っていった。


このまま、二度と会えなくなる気がした。

 

「待って!」


 テディはもう見えなくなっていた。仲直りしたいなら、追いかけないといけない。そう思うのに、まだ心臓がうるさい。顔の熱が引いていかない。

 テディの熱を帯びた瞳を、初めて見た。

いつの間に、あんな顔をするようになったのだろう。

 今まで感じたことの無い想いが駆け巡る。胸が弾けそうだった。


 きっと、テディはもうここに来ない。


 熱で膨らんだ気持ちが、しぼんでゆく。二度と会えないと思わせる表情をしていた。

 彼の去ったあとの城は、いつも広すぎて、静かすぎる。

 これからはずっとそうなるのか。

 そんなのは、耐えられない。


ーーひとりに、しないでよ。


 彼が居たからこそ、孤独に打ち勝てた。

また会えると知っていたから。ひとりの日々も永遠ではないと、思えたから。




 後悔したくない。


 街へおりて、探しにいく。ずっと避けてきた街へ。人々が、ずっと歳を取らない自分を見てどう思うか。それを恐れて、白から出たことは無かった。

 街は、溢れんばかりの人がいて、頭がくらくらした。生きている、音がする。

 石畳の上をとにかく進む。彼がどこにいるのか知らないけれど、花屋を見つければきっと大丈夫。


 しばらく歩いていると、日が暮れて、街の人々は家に帰っていった。辺りを夜の静けさが覆う。これではもう、テディを見つけられそうもない。諦めがつかず、座り込む。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


 すぐそこの家から、女の子が声をかけてきた。

 テディとよく似た、黒曜石の瞳を持った、女の子。在りし日の、小さなテディを思い起こさせる。


「…テディ?」

思わず口にしていた。


「え?お兄ちゃんに用事でもあるの?

 こんなに綺麗な人を外にまたせてるの?

 うちの兄。」

 

 耳を疑う。

「テディの妹さん?」


「そうよ。私はマチルダ。お兄ちゃんなら家に

 いるから上がっておいで。」

差し出された手を掴む。


 中に入れてもらうとテディがいた。いつもの明るさが消えてしまったような顔をして。


「お兄ちゃん、お客さんだよ。」

テディがこちらを見る。 するとガタッと音を立てて立上り、目を見開く。


「っ、イェルダ!どうして…」

そう言うテディは、苦しそうな顔をしていた。


「あなたが、もう来ないつもりだろうと思っ

 たからよ。」


「それは…。もう、俺には君と会う資格が、

 ないだろ。」


どうしてそんな突き放すようなことを言うの


「なに言ってるの!私を独りにしないって、

 言ったじゃない!嘘つき!」

彼の胸ぐらをつかんで、叫ぶ。


「私には、テディしかいないのに。わかって

 るくせに。」

両目から、大粒の涙がこぼれる。もう言葉にならなくて、彼の胸を力なく叩く。


 テディの手が涙を拭う。そして、優しく抱きしめてイェルダの肩に顔を埋める。

「ごめん、ごめんね。本当に俺が馬鹿だっ

 た。もし、許してくれるなら、君を二度と

 離したくない。」


 ずっと、そう言って欲しかった。

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