ふたりの関係

「あら、また来たの?」

 

 イェルダとテディが出会った日から、十年が経っていた。


「またって、前来た時から1年はたってんだけど…」


 イェルダは相変わらず一面の冬景色のような髪と、深い海の色の瞳を真っ白なまつ毛が囲っている。

 

 テディのほうは、すっかり成長して初めて会った時の子供らしさは消え、背も今ではイェルダより高くなった。

 それでも笑顔は変わっていないことは、イェルダにとってこの上なく嬉しいことであった。


 あの日から、テディは年に数回イェルダのもとを訪ねていた。

 テディはたまにしか来れないことを申し訳なく思っていたが、イェルダの時間感覚では、毎日来られるのと変わらなかった。

 

 彼の家は、街で花屋をしており、その手伝いに忙しくしていた。

 けれど、余裕があるときは決まって、その時一番綺麗に咲いている花を持ってイェルダの古城へ行く。


「今日は竜胆の花を持ってきたんだ。

 イェルダの瞳と同じ色で綺麗だろ?」

 

 少年は恋をしていた。

 

 出会った時から、このひどく大人びた少女の優しく微笑む瞳に魅せられ、苦しいほどに愛おしかった。

 どうにか喜ばせたいと、育てた花を贈る。


 高嶺の花の彼女に喜んでもらう方法を、

他に思いつかなかった。だからテディは花屋の手伝いを毎日頑張った。

 イェルダに綺麗な花を送りたい、と。

 

「そうね、枯れてしまうのがもったいないくらい。私、テディがくれる花をいつも楽しみにしてるの。」


 イェルダは、ほくほくと笑った。人に懐かない猫が、近付いてきてくれたときのようなそんな笑顔。


  息が、とまる。

今までの全てが報われる気がした。

 口角がほんの少し動くだけで、心を奪われ、体温が上がる。愛おしさが、込み上げてくる。


ーーここまで、長かったな。


 イェルダは出会った日に微笑んだきり、滅多に表情を変えなかった。共にすごしていくうちに、些細な表情の変化でも感情を見分けられるようになったが、笑って欲しかった。

 

 心を許して貰えるように、時間をかけた。

その甲斐あって、少しだけ表情に変化が見えるようになっていった。

 あなたと会うと表情筋が痛くなる。と言われた時には、心底驚いた。

 テディに警戒してポーカーフェイスを保っていた訳ではなく、あまりに長い間一人でいたから、顔の使い方を忘れてしまっていただけだった。


「やっぱり、笑ってる方がかわいい。」


 思わず口からこぼれた。


「バカにしてるわね?私だって練習したの  よ。テディがあんまりからかうから。」

 

 むくれているが、すごいことを言った自覚はないのだろうか。

 どんな理由であれ、自分がきっかけで好きな子が、笑顔の練習をしていたかと思うと、胸が熱くなる。


ーー俺のためって思ってもいいのか?


 それは思い上がりすぎだろうか。

 


「昼ごはん持ってきたから、食べようぜ。

 母さんがイェルダのとこに行くなら持って

 けって。」

 

 いい匂いのするバスケットを差し出す。


「テディのお母さんの料理好きよ。

 今日は気持ちいい風が吹いてるから、この

 まま外で食べましょう。」


 彼と過した数十年間は、イェルダの終わることの無い人生の中で、最も幸せだった時だろう。

 あとになって彼女はそう思うことになる。

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