11 コマは回るか

「そうか。関根は総理大臣になったんだね」

 夏屋はしみじみと言った。その言葉の端には少し、誇らしさが滲むようだった。

「最初の所信表明演説に遅刻してきたよ。まさに若者世代の人って感じだね」

 有栖はアクリル板越しに新聞を見せながら言った。以前は遅刻や寝坊など、仕事に対する表面的な態度の問題から、あまり活躍することができなかったが、いざ総理大臣という大役を任せて見た途端、そのカリスマ性とリーダーシップを発揮し、また、新しく斬新な政策をまだ就任して日が浅いというのに、すでにいくつも提案している。まさに、『真に実力のあるものが実力を発揮できる国作り』を体現するかのようだ。

 夏屋はあの夜の後、夢の操作によって他人を狂わせたことを自首し、刑務所に送られた。新技術によるまったく新しい殺人未遂事件だったため、判決は難航したが、夏屋の希望により、最初に提示された年数より少し長く禁固刑に服すことになった。アクリル板の向こうで囚人服を着て丸坊主になった夏屋だが、その落ち着いた喋り方と、内側からあふれるような自身や才覚のせいか、以前とまるで変わらない様子に有栖には思えた。

「新聞はここでも読めるからそれは知っているよ。このことは八雲さんとも話した?」

 八雲は銃の所持、発砲、殺人などの罪に問われ、禁固刑に服している。関根が総理大臣になったのは、八雲の頭突きで記憶を失った白間が関根を次の総理に推したためであった。ある意味、八雲は一部復讐を遂げたことになるのだろうか。

「ううん、これから面会にいくつもり」

「そうか」

「ああ、そういえば数日前、羽柴さんと吉原さんが退院したよ」

「脳科学の研究は残ったメンバーで続けるのか?」

「うーん、どうだろう。研究室も研究設備も全部なくなっちゃったからね。私は今実家に帰ってフリーターしてる」

 ヤクザが持って来た手りゅう弾により、ビルのあのフロアは壊滅的に壊れた。

「白間元首相の記憶喪失のメカニズムを探ってみるっていうのも、新たな研究テーマとして面白いと思うけど」

 有栖は少し笑う。

「もうしばらくは人の頭の中を覗いたりすることからは距離を置いておこうかな」

「そう。じゃあ、元気で」

 有栖は新聞をバッグにしまい、立ち上がる。

「これは夢か、現実か?」

 有栖の背中に、どこか愉快そうな独り言を歌うような夏屋の声が届く。



 <終わり>

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コマは回る 岡倉桜紅 @okakura_miku

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