絵本風物語『なぜ雪は白いの?』

ヒニヨル

『なぜ雪は白いの?』

 今日はクリスマスイブ。家の庭には、夜のうちに積もった雪が残っている。

 犬のシュトレンは、垂れた茶色い耳をふって雪をはらった。冷たくなった指先に、温かい息をはく。

 去年の冬サンタクロースにもらった赤い手ぶくろは、朝からひとりで作った、雪だるまに貸してあげた。


「ぼくのお気に入りだぞ」


 シュトレンがそう言うと、雪だるまの“人参でできた細い鼻”が、ずるっと下がって、返事をしたように見えた。


「ぼくたちは友達さ」


 雪だるまの“枝でできた長い腕”に、小鳥が一羽とまる。枝がずるっと下がって、手をふったように見えた。


「こんにちは、シュトレン」


 庭に白ウサギのベラベッカがやって来た。近所に住んでいる女の子だ。


「何をしているの、何を作っているの?」

「雪だるまを作っていたんだ。ぼくの友達さ」


 シュトレンは青い目を輝かせて、得意気に答えた。ベラベッカは、白くて長い耳と、眉を寄せた。


「雪だるまが友達ですって!」

「そうだよ」


 嬉しそうなシュトレンを見て、ベラベッカは怒った顔をした。


「そう、わかったわ。シュトレン、なら答えられるわね。どうしてそのお友達は白いの?」


 シュトレンにはその答えも、ベラベッカが怒っている理由もわからなかった。

 垂れた茶色い両耳のはしを持って、シュトレンは考える。

 なかなか答えられずにいると、ベラベッカは言った。


「シュトレン。わたしの事ならわかるでしょ。わたしはどうして白いの?」

「それは君のパパとママが、白ウサギだからさ」


 シュトレンの言葉に、ベラベッカは満足そうにうなずいた。


「そのとおりよ! シュトレン、わたしと一緒に公園へ行きましょ」

「今日は雪だるまと遊びたいんだ」


 ベラベッカはまた白い頬を赤くした。


「そう、わかったわ。さようなら」

「ごめんね」


 シュトレンは悲しくなって、あしもとを見つめていたので——ベラベッカと入れ違いにやってきた、猫のパネトーネに気がついていなかった。

 パネトーネは隣の家に住んでいる、猫のお兄さんだ。本を読むのが好きで、今日も斜めにかけた鞄には本が入っている。

 シュトレンはスノーブーツのつま先を見つめたまま言った。


「雪だるま、ぼくは君がどうして白いのか、答えられなかったよ」

「どうして雪だるまが白いのか、知りたいのかい?」


 パネトーネは雪だるまの横にしゃがみ込むと、縞のあるシッポを腰に巻いた。そして鞄から一冊の本を取り出した。

 本の表紙には『光の三原色』と書かれていた。書き込みがされた付せんが、いくつも貼られている。パネトーネは一つ目の付せんのページをめくった。


「まず君に、教えてあげよう。雪は、氷の粒が集まってできている。“氷のかたまり”なんだ」

「寒い日に、水たまりがカチカチになっているのと、同じなの?」

「そうだよ」


 うなずくと、パネトーネは二つ目の付せんのページをめくる。頬の毛並みを触って、少し考えるような仕草をしてから、こう言った。


「君に一つ、問題だ。お日さまの光は何色に見える?」


 シュトレンはよく晴れた空を見上げた。


「うーん。まぶしくて、よく見えないけれど。白色かな」

「正解。だけど不正解、でもある」


 そう言って、パネトーネはシュトレンの姿をちらりと見た。シュトレンは空を見上げたままだ。


「お日さまの光はね、虹みたいに、いくつもの色が重なっているんだ。全ての色が合わさると、光は白く見えるんだよ」

「虹の色は見えないけれど」


 シュトレンは両方の目をこすった。パネトーネは、三つ目の付せんのページをめくった。


「雪だるまも、手ぶくろの赤色、もみの木の緑色、シュトレンの目の青色、大きくこの三つが合わさって白く見えるんだ」

「君って、実はとてもカラフルだったんだね」


 茶色いしっぽをふるシュトレンを見て、パネトーネはふふっと笑った。

 その時、家の扉が開いた。お母さんが呼んでいる。


「教えてくれてありがとう。またね!」


 シュトレンはそう言うと、家の中へと入っていった。

 パネトーネは、満足そうに立ち上がると、本を丁寧に鞄にしまった。そしてその場を立ち去った。


 クリスマスイブは、あちらこちらで温かいにおいがする。それはお日さまが沈んで、夜空にお月さまとお星さまが輝く頃になっても変わらない。


 雪だるまの赤い手ぶくろが、ひとつ、風でぽたりと落ちた。通りすがりの誰かが、それを見つけて、雪をはらって、つけ直してくれた。


「雪だるまくん、メリークリスマス」


 そう言って、通りすがりの誰かは、雪だるまに毛糸の帽子をかぶせた。


 ※


 翌朝、勢いよく家の扉をあけて、シュトレンが飛び出した。


「雪だるま、おはよう!」


 シュトレンの右手には、“そり”の紐が握られている。


「ぼくはクリスマスのプレゼントに、そりをもらったよ。そりすべりに行きたいな!」


 その時、家のそばを白ウサギのベラベッカが通るのが見えた。今朝は、頭と耳をすっぽりと覆ったモコモコ帽子をかぶっている。


「ベラベッカ 、メリークリスマス!」

「シュトレン! えっと、メリークリスマス」


 ベラベッカは、昨日とは違って、少し落ち着いた様子で庭に入ってきた。

 

「その帽子、とても似合っているよ」


 シュトレンがそう言うと、ベラベッカは頬を赤らめて、くるりと一回りしてみせた。


「クリスマスプレゼントにもらったの」


 嬉しそうなベラベッカは、雪だるまを見た。


「あなたも帽子をもらったのね。素敵だわ」

「よかったね、雪だるま」


 ふたりの言葉に、雪だるまが笑ったように見えた。


「ベラベッカ、そりすべりをして遊ぼうよ!」

「うん。公園に行きましょう」


 ふたりは手をつないで歩き始めた。


 その後ろ姿を見つめていた雪だるまの“右腕”に、小鳥が一羽やってきて、ぴょんぴょんと跳ねた。



     Fin.





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