第17話 新しい仲間4

「これからの予定を、教えてほしい」


 セラがメモを手に、意欲満々っぽい雰囲気でそう訊いた。っぽい、というのは彼女が黒マスクをしたままで口元が見えないせいで察するしかないからだ。まあ、目が真剣なので、あながち間違ってはいないだろう。

 そうだなぁと、わたしは学校から配られたプリントを引っ張り出して、裏にしてメモ代わりした。シャープペンシルのお尻をトントンと叩いて、芯を引っ張り出す。


「今、監督の明珍先輩は元々作っていた絵コンテの調整作業に取り掛かってるから、その裏でできることをしよう。――っと、それよりもまずアニメの知識がどれくらいあるか共有しておきたいんだけど、セラはどれくらいアニメの作り方について知ってる?」


 するとセラは首を横に振った。


「知らない」


 りょーかい。ま、そんなことだろうと思ったさ。

 わたしは紙にアニメの工程を書き連ねていった。ラフ原画やら演出修やら動画やら仕上げやら。セラの顔をちらと伺うと、一文字も意味が分からない、と言わんばかりの眉をしかめていた。ちょっとかわいかった。


「アニメはね、パラパラ漫画でできてるんだよー」


 わたしが書いている横で、日芽香が補足説明を始めてくれた。


「パラパラ漫画って、教科書の端でやるような、あれ?」

「そーそ。一枚一枚画を描いて、それを順々に画面に表示して動いているように見せるんだよ」


 日芽香ながら、いい例えだと思った。アニメが好きな人でも意外とこのことを知らない人が多い。パソコン上のソフトやらCGやらで作業してるんだと思っていたりする。まああれも結局はパラパラ漫画と同じ原理なのだけど。

 日本のアニメが全部3DとかCGでできていると思っている人は意外と結構多い。アメリカの某アニメ作品群に印象が引っ張られているんだろう。素人には作画とCGの見分けもつかないだろうから、仕方ないといえば仕方ない。


「じゃ、セラ。詳しい話をしていくね。たぶんすぐには覚えられないと思うけど、やっていくうちにいやでも覚えられるから安心して」


 わたしは書きたての紙をセラのほうに向けて見せた。

 アニメの制作手順。ものすごく細かい内容は省いて、大まかな部分だけ記載してある。


 『脚本』。アニメはここから始まる。脚本は文字だけで構成されたアニメ全体の設計図だ。今回の場合はすでに明珍先輩が書き終えているから、作業の必要はない。

 続いて『絵コンテ』。これはセラも言葉だけ聞いたことがあると反応していたが、詳しい中身は知らなかった。絵コンテとは簡単に言えば脚本をさらにわかりやすくした設計図・改だ。この設計図・改には画が足され、セリフ、効果音、カットごとの尺が秒・コマ単位で書かれている。この絵コンテが現場で最も使い回される重要資料となり、以降脚本はお役御免となる。

 絵コンテが出来上がると、次にアニメ現場の花形『作画作業』に取り掛かる。ここで登場するのがアニメーターだ。彼らは絵コンテに描かれた芝居を、A4程度の大きさの用紙に描いていく。その絵の描かれた紙――つまりは『原画』を三十分アニメだとだいたい五千枚から一万枚描いて、それをパラパラ漫画みたいにデジタル上で繋げて映像にしていくのだ。


「ご、五千枚……?」


 黒マスクで半分顔が隠れていても、セラがドン引きしているには手に取るように分かった。


「最近の深夜アニメだと、一万どころか二万枚オーバーのやつとかあるよね」

「バケモンよね。ほんと」


 日芽香の感心とわたしのぼやきに、セラと隣にいた鈴々が引いていた。


「アニメって、実は原始的……」


 言われて確かに。超原始的だ。正直、紙とペンとスキャナーとパソコン一台あれば、アニメなんて作れてしまう。そんな原始的なエンタメが今や日本中を席巻しているのだから驚きだ。


「さて、この作画作業をもう少し切り開いていくよ」


 セラが息を飲み込み、メモを手に取った。

 アニメ現場はとにかく分業で事が進む。編集、録音、音楽、声優などなど。それは作画作業でも同じだ。作画作業では絵コンテを元に原画を描き起こすと説明したが、厳密にいうと多くのチェック工程を経て原画が作成される。


「チェック工程?」

「その前に作画作業に関わる役職を挙げていくね」


 まずは花形『原画マン』。キャラクターの大元の動きを作る、いわば役者的存在。

 『演出』。監督の片腕となって、芝居などの指示や調整などを行う。テレビアニメにおいては、手の回らない監督に代わって一話数全体の管理監督を任されることが多く、話数監督とも称される。

 『作画監督』。原画マンの描いた芝居をさらにブラッシュアップする存在。

 『総作画監督』。作画監督の上位職のようなもので、作画の出来を管理する総責任者にして超絶苦労人枠。キャラクターデザインと兼任されることが多く、作品内で最も画のうまい人だけが抜擢される。

 そして『監督』。すべてを統括する指揮者。画のうまい監督だと指示だけでなく作画に関して直接修正を入れる場合がある。


「主にこの五つの役職が作画作業のメインになるよ」

「原画マン、演出、作画監督、総作画監督……。原画マン以外、初めて聞いた」


 セラのメモが終わったところで、わたしはさきほど書いた紙を指し示す。

 ラフ原画→演出チェック→監督チェック→作画監督チェック→総作画監督チェック→原画→演出チェック→作画監督チェック。

 この言葉の羅列を見て、またセラが首を傾げた。


「実際にモノがあったら分かりやすいよねー」


 そう言って、日芽香が紙に一枚の画を描いてくれた。

 描かれたのは線の荒い女の子の画だ。言葉の通り、まだラフな仕上がりで、完成というにはほど遠い。地味にわたしに似ている気がするのは気のせいだろうか。


「これがラフ原画だよ! まだおおざっぱにしか描かれてないの。別の言い方で第一原画とか、レイアウトとか色々呼ばれるんだけどー、今回はラフ原画で統一したほうがわかりやすいよね?」


 横で鈴々が「うまいですね……」と日芽香のラフを見て感心している。

 日芽香が満足そうにニヤける。


「このラフ原画をね、各役職がチェックしていくの!」

「まず初めは……、演出チェック」


 セラがメモを見返して呟いた。

 演出チェックでは主に芝居が絵コンテ通りに、監督の注文通りになっているか確認していく。問題があれば透かしができる色付きの用紙を上に重ねて、その指示を書く。

 実際にと、日芽香が学食においてあったチラシを何枚かくすねてきて、一枚を重ねて、上から赤鉛筆で何か描き始めた。


「ほんとは透かせる色つきの紙がベストなんだけどねー。……ん、と、はい! これがぁ、演出修正! のせちゃん、見て見て」


 紙にはさきほど描いた日芽香の画を元に、キャラクターの目線をもっと上にするように、と赤鉛筆で指示が描き足されていた。

 なるほど、とセラが数度頷く。


「このあとに監督チェックが続くんだけど、これは演出が描いた指示が正しいか、または他に補足があればそれを足していく作業だね」

「演出の上司、みたいな感じ?」

「そうそう。そんで、次の作画監督チェックも似たような感じ」


 そう言って日芽香に目配せすると、日芽香がサムズアップして、別の紙をさらに重ねて、画を描き始めた。演出指示を反映した上で、一番最初のラフ原画をさらに綺麗に整えたものが描かれていく。


「日芽香ちゃん、うまいね」

「ほんとです。とってもお上手で……」

「えへへ」


 セラと鈴々に褒められてご満悦の日芽香。

 その笑顔をわたしにも向けてくる。面倒なので愛想笑いでいなした。


「総作画監督チェックはさらにこれに修正を重ねていく。さきほどの言い方で言えば、総作画監督は作画監督の上司、ってところかな」

「ふむふむ!」

「さ、ようやく説明も折り返しだね」

「次は、えと、原画。 ……あ、もしかしてこれが、俗にいう原画なんだ」


 原画展、とかレアな原画資料集とか、世間では広く知られている言葉ではあり、それ故に『原画』がアニメに使われる画を総称して使われているように思うが、実際はそうではない。


「原画というのは、いうなれば清書、かな」

「清書?」

「ラフ原画がラフなら、原画は清書。これまで演出、監督、作画監督、総作画監督がラフの画に対し、いろいろ修正指示を描きこんだよね? それを原画マンに返して、全ての指示に合わせて最初の画を清書してもらう。これが原画作業になるの」

「第二原画、なんて言い方もするよー」


 わたしの説明の横で、日芽香が清書した画をセラに見せた。


「これに色を付けたのが、テレビで流れるアニメになるの! だから原画はとってもきれいに描かなきゃだめってこと!」


 セセラが聞きながら、日芽香の描いた清書に目を奪われている。


「こ、これ、ほしい」

「こんな落書きならいくらでもー」

「ありがと。……かわいい」

「えへへー。こんな素直に褒められるのは久しぶりかもー」


 悪かったわね。わたしは簡単に褒めませんよって。


「ひとまず流れは、うん。この清書された原画に対して、さらに演出と作画監督がチェックをして、原画が完成される。……合ってるよね?」

「そういうことっ」

「……あの」


 鈴々がおずおずと手を挙げた。

 日芽香がない髭を撫でながら、鈴々を促す。


「りんりん、どうぞ!」

「は、はい。どうして原画の後、チェック工程が減るのですか? 監督と総作画監督がいないように思うのですが」

「簡単だよ。忙しすぎて。あとはラフの時に出すべき指示は出しているから、それらに関しては演出と作画監督が代わりに見てくれるの」

「予算もスケジュールも潤沢なアニメ映画作品とかなら、もしかしたら総作監たちもチェックしてるかもだけどね!」

「作業の短縮、……なるほど」


 実際、監督も総作画監督もめちゃくちゃ忙しいからね。……ほとんど家に帰れないくらい。


「さて、これで色なしの原画が完成されました」

「そういえば、まだ白黒の画、かも」


 ここからさらに動画・仕上げという作業が続く。

 動画とはムービー、という意味ではなく、アニメ業界では『動きの画』という意味合いで使われる。


「動きの、画?」

「原画ではね、動きの要所部分だけ描いて、その隙間の部分はあとで動画作業者にお願いするの」

「原画が『原(元)の画』、動画が『動きの画』って感じ!」


 わたしはペンを手に取った。


「例えばペンを手に取って、このペンを耳にかける、という芝居があったとする。その場合、原画ではペンを手に取った時と、ペンを耳に掛けた瞬間、その二枚だけを描くの」


 実際には中割りの画を補完することもあるが、今のセラにはちんぷんかんぷんだろうから、その辺は省く。


「この二枚だけをパラパラ漫画にすると、画が飛んで見えちゃうよね?」

「たしかに、ペンと手に取った後、高速で耳元まで瞬間移動したように、見える」

「そ。実際にはペンを持った後、耳まで運ぶ道中の芝居の画も描かないと滑らかな動きにならないの」


 すると鈴々が「あっ」と声をあげた。


「それが、動画、ですか?」


 ご明察。わたしのかわいい親友は理解が速くて偉い偉い。


「ペンを持つ、ペンを耳にかける、の二枚の画があれば、その間の画って、二人でもなんとなくわかるよね? ペンを持って耳まで運んでいく途中の画を描けばいいだけ。そういう部分の作業を別の人間にお願いするの。それが動画作業ってこと」

「全部描いてたら原画マンがパンクしちゃうからねー」

「ふうん。パラパラ漫画を分業して作る、ってこと、なんだ」


 そうして出来上がった動画素材に、今度はパソコン上で色を付けていくことを『仕上げ』という。それが終わったらようやく色のついた画が完成する。


「……思ったよりも、大変そう」


 セラは身体が凝ったのか、首をこきこきと鳴らした。

 だいぶ脳みそが疲弊しているようなので、作業工程の話はここで切り上げた。実際にはラフ原画をもとに作業を並行する『背景』、その背景と仕上げ済みの動画素材を組み合わせてエフェクト処理を足す『撮影』、カットとカットの尺を切り詰めていく『編集』、声優による芝居を収録する『アフレコ』、SEや音楽などを収録する『ダビング』などがある。この辺はおいおい説明するとしよう。

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