第16話 新しい仲間3
今朝のバスの一件を経て、わたしは日暮先輩にショートメッセージを送った。もちろん、可愛い友人の脇腹を堪能したことではない。――初日に入部届を出した女子生徒、
すると日暮先輩から「いたよ」と返ってきた。廃部を告げるために一度会いに行ったらしい。その際に直接謝罪し、入部が不可能であることを話したという。
名前は
ひとまず昼休みに定番となっている食堂に連れてきてもらうよう頼んで、わたしは交渉する際の要件をノートにまとめた。授業中、一度だけそれがバレて、先生に頭を叩かれたのは余談である。
話し合いにはわたしと鹿ノ瀬さんの他に、日芽香も参加することになった。監督の明珍先輩にも声をかけようかと思ったが、会わせるとかえって悪印象になるかもしれない。なにせあの風貌だ。事後報告で済ませるに越したことはない。
それからなぜか鈴々も同席することになった。お昼休みに一人ぼっちになってしまうので、冗談で「一緒に来る?」と聞いたら、「ぜひお供させてください」ときた。興味のない話だろうに一緒にいたいとは、可愛いことを言ってくれるじゃないか。頭をわしわしと撫でてやったら、恥ずかしそうに俯いていた。
そうして昼休み。
鹿ノ瀬さんはわたし達を見つけるや否や、最初にこう言葉を放った。
「ウチも、入れてほしい」
随分の低音の効いた、かっこいい声だった。
以前すれ違った際と同じく黒のマスクは着用しており、隙間ないピアスの数と、派手な青のインナーカラーの髪が学食内でもかなり目立つ。わたしが彼女の渋めなハスキーボイスに驚き、協力要請をする前に承諾してくれた都合の良い展開にもっと驚いていると、静けさに不安を感じたのか、鹿ノ瀬さんがもう一度口を開いた。
「……ネマコン部。制作班に入部希望、なんだけど」
「あ、はい! じゃ、じゃあ、よろしく」
交渉成立。……いやいやいや。
話も聞かず、即決過ぎるだろ!
「あの、鹿ノ瀬さん。めちゃくちゃありがたい返答なんだけど、こっちの事情分かって言ってる?」
というか、まだ自己紹介もしていないゾ。
「ネマコン部、再建させるって聞いてる」
再建って、まだ廃部になってないけど。
まあ、似たようなもんか。
「ウチ、入学理由が、ネマコン部だから」
言葉少なく、簡潔に鹿ノ瀬さんは言った。
「あたしも、あたしも!」
まさか日芽香と同類がここにいたとは。
言っておくが、高校は部活をするところじゃなくて、勉強するところだからな!
「えーっと、鹿ノ瀬さん?」
「呼び捨てでいい。鹿ノ瀬セラ」
お辞儀のつもりなのか、鹿ノ瀬さんは目線を軽く下げた。
「はい! 久留生日芽香!」
「あ、瑠々川鈴々です」
「うん、よろしく」
鹿ノ瀬さんは淡々と返事をする。見た目通り、かなりクール系だ。
あまり関わりの無いタイプにしどろもどろしているわたしとは対照的に、日芽香は随分と鹿ノ瀬さんを気に入った様子で、
「ねえねえ! のせちゃんって呼んでいい!?」
「好きに呼んで」
「アンちゃん、友達できたぁー!」
よかったねー、少し黙ってよーね。
「鹿ノ瀬さんは、アニメの制作経験は?」
「ない。です」
まあ、普通ないわな。
「六路、さんはあるの。――じゃない。あ、あるんですか」
「まあ、ぼちぼち、ね。――敬語はいいよ」
「アンちゃん、めっちゃすごいんだよ!」
ふうん、と鹿ノ瀬さんがそっけなさそうに呟く。
「その話は、今はいいから」
「えー?」
日芽香が不満げに言う。
わたしの眉間にシワが寄っていたのか、まあまあと鈴々が宥めてくれた。
「鹿ノ瀬さんは、前はなんか部活入ってたの?」
「呼び捨てでいい。慣れない、し」
ぶっきらぼうに言った後、鹿ノ瀬さんは視線を逸らした。
「シカノセも、長くて面倒」
「いや、別にそんなことはないけど……」
「……好きに呼んでいいから」
まあ、本人がそういうなら、従いますけども。
「――ソフトボール部」
鹿ノ瀬さん、もといセラが直球で言葉を投げつけてきた。
一体、何を言っているのかと思ったが、そういえば部活の話をしていたのをすぐに思い出した。なんというか、会話のテンポが独特な子だな。……制作って人とコミュニケーション取りまくるんだけど、その辺、大丈夫かなぁ。
っていうか、ソフトボール部って嘘だろ。その見た目でか?
「成績は―?」
「一応、全国まで」
その言葉で、わたし達は絶句した。
ぜ、全国?
わたしは思わず彼女の耳で煌いているピアスの数々を見た。それから派手な髪色に、チェーンの付いた黒のチョーカー、濃いめのアイシャドウ。……いやいや、ダウナー系とソフトボール部って真反対じゃないの!? ギャルが東大に行くようなもんでしょ!?
「昔の話、だから」
見た目とのギャップに驚きが隠せないものの、下手に謙遜することもなく、さらっと答えたのには好感が持てた。接した感じ、まどろっこしいやり取りは嫌いそうだし、細かな気を使わなくてよさそうなので、意外と一緒に仕事しやすいかもしれない。
それにしても、全国まで活躍したスポ根女子が、今更アニメの制作部の門を叩くだろうか。同じことを思ったのか、鈴々がそのことを訊いた。
するとセラは自分の右肩をトントンと叩いた。
「肩を。無理が祟って、ボール、投げられなくなった。あ、でも、今はもう物を持つとかは普通にできるから。大丈夫だから」
大丈夫と、もう一度付け足したセラ。これが理由でネマコン部入部を断られると思ったのだろうか。そもそも入部の権限はわたしにはないからね。でも、手は借りるからね。絶対。
肩。なるほど、それで辞めざるを得なかったのか。もしも肩の怪我がなければソフトボール部を続けていたのではないだろうか。なにせ全国大会にまで出場していたような子だ。それなりに抱えているものはあるのだろう。黒マスクをつけているせいで、実際には何を考えているかはわからないのだけれど。
「ちなみに、その見た目の、なんというか、ファッション性は、その反動で?」
「もとから」
ぴしゃりと言い切るセラ。
「……似合わない?」
それから肩を小さくして、伺うように、セラが上目遣いをする。
「い、いやいや。似合ってるよ。めっちゃ」
見た目だけで言ったら、どう考えても軽音楽部に入ってそうだけど。
「ウチ、不採用……?」
まさか。即決で採用よ。
なにせ人手不足だからね。
こちとら、どんな人間だろうと手を借りたいのよ。
そういう意味では、真面目に頑張ってくれそうな人で、とても助かる。
「これから、宜しく」
話がまとまったので、わたしはこれまでの事情を詳しくセラに話した。おおよそ30日間でアニメを一本作らないと廃部になること。今現在、死ぬほど人手が足りないこと。あとは、――これから百パーセント地獄を見ること。
セラはしきりに「体力だけは自信があるから」と力説していた。まあ元運動部、特に全国に行くような部活に所属していたならその点はプライドもあるだろう。
実際「体力だけはあります」なんて言って業界の門を叩いてくる人は多いが、セラはホンモノだろう。まあ本当に必要なのは体力よりも精神的な持久力なのだけれど。
その辺の心配をいましても仕方ない。それよりも晴れて仲間が増えたことを今は祝おうか。
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