第15話 新しい仲間2

「…………えと」


 ふと、隣を見やると、鈴々がゆでダコのように顔を真つ赤にして俯いていた。初心なところも可愛いが、変な誤解をしていなきゃいいが。


「あ、あの、杏さん!」


 鈴々が珍しく声を荒げて、可愛い顔で接近してきた。


「わ、私は違いますからね! あ、杏さんでその、変な妄想とか、お風呂で写真を眺めたり、寝る前にその日の会話とか思い出したり、そんなことはしてないですからね!」

「うん? 分かってるよ、そんなこと。これでもわたし、結構鈴々のことは理解してるつもりだからサッ」


 わたしが自信たっぷりの笑みでそう言うと、日芽香がぼそり、


「たらし」


 と一言つぶやいた。たらし? なんのことだ?


「ねえ、そんなとこよりさー」

「なによ」

「アンちゃん。あたし座れないんだけど」

「後ろの席空いてるでしょ」

「やだ」


 日芽香がケツを突き出して、無理やりわたしの隣に押し入ってきた。


「ぎゃあ! きついきつい! 三人は無理だって!」

「大丈夫。アンちゃん、チビだから」

「てめー! なんつったー!」

「杏さんは細身で可愛らしいですよ」


 鈴々が一生懸命フォローしてくれる。

 ふふふ。ありがと。

 でも、鈴々もわたしがチビなのは否定しないのね。


「すーずー?」

「は、はい。何でしょう?」

「わたしはチビじゃない、よねー?」

「へ?」


 わたしはすかさず鈴々の脇に手を滑り込ませて、一番くすぐったいであろう部分をこねくり回してやった。スベスベ肌だった。癖になりそうな手触りだった。

 鈴々が、はわっ!? と可愛らしい声をあげて、ひ、ひひひ……! と魔女みたいな笑い声を漏らしながら、わたしの手を退けようとする。


「あ、杏、さん! ひひ、っひひひひ……、しゃ、車内ですから!」

「少しばかり、お身長が高くて、御足が長いようで。ええ、ええ、それに比べればわたしはミジンコみたいなものですよ。……え? 誰がチビだって?」

「言って、ひひひ、ないです……!」


 笑いを堪える鈴々相手に容赦なく、くすぐりの計を続ける。

 それを日芽香が白けた目で見ていた。


「なによ」 

「アンちゃん、随分と仲良くなってる」

「そりゃ、入学して五日も経ったのよ」

「あたしまだ三日目」

「はっ、三日もありゃ十分よ。三日坊主だって友達くらいできるわ」

「三日坊主でもそんなに仲良くならないよ」

「男子、三日会わざれば刮目して見よ、っていうじゃない」

「ま、アンちゃんは体だけは男子で坊主みたいだけど――、ふぎっ!」


 日芽香に拳骨をかます。

 理不尽だよぉ、と嘆く日芽香。


「そもそも! ふつーの人は部活とか始めてから仲良くなるもんなんだよ!」

「あんたに普通を諭される日が来るなんてね」

「勉強になったね、アンちゃん」

「てめー」


 すると、突然日芽香が「あっ!」と声を荒げた。話を逸らそうとした、というよりは、本当に何かに気がついたみたいな反応だった。


「アンちゃん! そうだよ!」

「あん?」

「一人いたよ! お手伝い候補! 部活だよ! 初日、初日! 廊下ですれ違った子!」


 廊下ですれ違った?

 初日といえば、初めてネマコン部の部室を訪れた時のこと。

 そういえばあの時、扉の勢いで風が舞って、それで日芽香がくしゃみしていたのは、煙草の煙に反応してたんだろうな。

 なんて思い返していると。


「覚えてないの? あたし達より先に、話をしていた女の子いたじゃん! あの子、制作班の人と話していたし、制作志望なんじゃないのかな?」

「……あー!」


 そういえば、いた!

 随分と嬉しそうに通り過ぎていったギャルの子が。

 リボンの色からして一年生だったと思い出した。


「でかした日芽香! たしかにあの子なら勧誘できるかも!」

「あ、でも、ネマコン部が廃部になったと思って、ショックで寝込んでるんじゃないかなぁ。学校来てないかも」

「そんなことで入学翌日からバッくれるのはあんたくらいだわ」

「え、そうかなぁ~?」


 なぜか日芽香は照れた。


「それよりもアンちゃん」

「なによ」

「さっきから言いたかったんだけど、……みんな、すっごい見てるよ」


 日芽香の指さす方を見遣ると、車内の男子生徒が全員わたしを見ていた。……というよりも色っぽい声を漏らしながら、わたしの方へよれよれとしな垂れている鈴々を下心満載の下卑た瞳でチラ見していた。

 チッ、見せもんじゃないよ! 金取るぞ! ……金払っても見せてやらんわ!


「ったく。わかったわよ」


 くすぐりをやめると、鈴々が「ふ、ふう」と疲れたように一息ついた。

 息と身だしなみを整えて、二度とくすぐられないようにか、わたしの右手にそっと手を重ねて、おずおずと口を開いた。


「あ、あの、ネマコン部の話ですよね?」

「うん、そうだよ!」


 日芽香が頭を突き出して言った。加えてわたしが補足する。


「廃部をどうにか回避しなくちゃいけなくてね」

「条件がなにか、あるですか?」

「そーいうハナシ、二人でしてないの?」


 きょとんと日芽香が訊く。

 鈴々が、訊いてもあまり教えてもらえなくて、と申し訳なさそうに微笑んだので、肩にぐりぐりと頭を擦り付けてやった。

 当たり前だ! 誰が好き好んでアニメの、――しかも廃部になる部活の話をこんな可愛い友人とするもんか! お昼ご飯が不味くなるでしょーが! 


「前部長が退部届を遅らせて出してくれることになったから、期限は五月の一週目まで、――つまりは約一ヶ月で三十分作品を一本作らないといけなくなったのよ」

「今、アンちゃんね、人手不足なの」


 また他人事みたいに。


「そう、だったんですか……」

「二、三年生がほとんど、というか全員やめちゃったからね。今日から営業開始よ。はー、憂鬱」

「一年生で手伝ってくれる子がもっといればいいのにねー」


 日芽香がわたしの膝に手をついて、ぐっと鈴々へ身を乗り出した。


「ねえ、りんりんも一緒にどう? ネマコン部入ろうよ!」


 すると鈴々が「あ、えと」と言葉を濁す。


「そ、その話なんですけれど……」

「こら、ヒメ。状況にかこつけて無茶言わないの」

「えー、でも、アンちゃんも知っている人がいると、助かるんじゃないの?」

「えと、実は、その話で……」

「人の都合も聞かずに勧誘するなって言ってんの! 鈴々は優しいんだから、あんまり言うと困っちゃうでしょうが!」

「えー、そーかなー?」

「あの……」


 すると日芽香がわたしの膝に生意気な胸ごと乗っかって、鈴々を上目遣いで見た。


「ね、りんりん。今ネマコン部に入ったら、アンちゃんが何でもしてくれるよ~?」

「え、……え!?」


 妙に食い気味の鈴々。


「な、なんでも?」

「そう、なんでも~。例えばね~」


 すると、おもむろに日芽香がわたしのスカートを指でつまんで、スッと上に持ち上げた。

 ツーっと指で太ももを這わせてくる。サブイボが立った。さらには下着に風が吹き込んで、ぞわぞわっと身震いがした。


「てめーっ! 何しやがる!」


 拳骨をすかさず食らわせた。


「いたぁぁ! ほんきで殴り過ぎー! 冗談だってばー」

「冗談になってないわ! バスで人様のスカート捲んな!」


 ったく。この女、わたしの貞操を何だと思ってやがる。見せるなら自分の見せろ! なんでわざわざ、貧相なわたしの方を――、誰が貧相な豆粒女じゃゴラァ!!

 それからふと。

 鈴々の方を見遣ると、鈴々が手で顔を覆いながら、窓の外を向いていた。耳は先程以上に真っ赤だった。


「鈴々?」

「な、なんでも……、してくれる……」


 さきほどから同じ言葉を繰り返している。

 変な様子の鈴々の肩を軽く叩く。


「鈴々」


 は、はいっ、とおっかなびっくりな様子で、鈴々が振り向く。目が泳ぎまくって、全くわたしの顔を捉えていない。むしろ、チラチラとわたしの腿のあたりを見遣っている。

 ……さては。


「―――下着、見たでしょ」

「み、見てないです」

「ほんとに?」

「ほんとう、です」


 鈴々は顔まで朱に染めて、縦に頷いた。

 わたしが、やれやれと溜息をつくと、ほっとしたように鈴々が肩の力を抜く。のを見逃さず、わたしはもう一度、鈴々の脇に手を潜り込ませた。

 セット完了。スベスベ肌を確認。発射準備、オールグリーン。


「色は?」

「……黒色、でした」


 言葉とは真逆に、真っ赤になりながら白状する鈴々。観念したのか、シスターみたいに両手を胸の前で組んで祈るようなポーズを取ると、目をきゅっと強く結んだのち、僅かに脇をわたしの方へ差し出した。

 いや、待て。

 ここで罰するは、本当に彼女か。

 わたしは笑顔で日芽香の方を振り返った。

 日芽香は引きつった笑みを作った。


「あ、あれ~? アンちゃ~ん?」

「――天誅」


 バスに、日芽香の悲鳴が響き渡った。

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