第14話 新しい仲間1

 さて、ネマコン部の存続には多くの問題点を抱えている。

 もはや問題点だけで十割埋まっていると言っても過言ではない。

 現在、制作に当たって使える人員は、わたし、日芽香、そして監督の明珍先輩だけだ。


 三人? はは。冗談でしょ。何年かかるっちゅうねん。


 明珍先輩のシナリオはアニ祭で区分けされている短編部門と長編部門でいうところの短編部門を想定した30分尺のものだった。ちなみに長編はおおよそ120分で、ひっくりかえっても今から作るのは間に合わない。そういう意味では、明珍先輩のシナリオは尺の都合からもちょうどよかった。

 事前に日芽香にも明珍先輩のシナリオを見せたところ、魔法少女が出てくるということでいたく気に入り、アクションシーンも多く、日芽香向きの作風でもあった。ただし、かなり陰鬱なシーンがちりばめられており、感情の機微を表現する技術も必要で、その辺りは日芽香に不向きで、感情描写が得意な専門のアニメーターを探す必要があった。

 というよりも、なによりも。


「圧倒的に、人手不足ッ!」


 登校途中、バス停で待っている間に叫び散らしたわたしの横で、なぜか嬉しそうにしている日芽香がぱちぱちと拍手する。制服姿の日芽香を久々に見たせいか、妙にノスタルジックさを感じた。


「大変そうだねぇ、アンちゃん」


 めちゃくちゃ幸せそうな表情で、日芽香がへらへらしている。

 なんとなく腹が立ったので、額にチョップをかました。


「人手不足をどうにかしないと、ネマコン部に未来はない!」


 そんなことあたしに言われてもねぇ、と額を赤くした日芽香が呑気にスマホでSNSの巡回を始めている。わたしはそれを素早く取り上げた。


「あたしの生活必需品っ!」

「聞けぃ! これはあんたの問題でもある! ――というか、元々はあんたの問題よ!」

「そんなこと言われたってー。あたし、知り合い、アンちゃんしかいないよ?」


 ……そうだった。

 こいつ友達作るどころか、今朝まで不登校だったんだ。


「憂鬱だなぁー。ねえ、クラス替えっていつかな?」


 随分と気の早いぼやきだ。少なくとも一年はこのままだろう。

 ていうか、入学式の次の日から不登校だなんて、クラスで浮かないかしら?

 この子、虐められたりしないかしら!?


「ま、友達なんていらないけど」

「また、あんたって子は!」

「アンちゃんはあたしのお母さん?」

「あんたを生んだ覚えはないよ!」


 わたしがプンプンと腹を立てていると、そそくさとバスが停まり、扉が開いた。睨んでやると、心なしかバスが遠ざかるように傾いた気がした、のは気のせいだろう。

 車内は初日に比べて随分と空いており、まだ一週間も経っていないと言うのに、一年生は少しずつ後ろの時間帯にずらして登校しているらしい。精神的余裕は遅刻の原因になりかねないが、比較的快適に通学できるようになったことは素直に喜ばしい。


「おー、バス、初めて乗ったかも」

「初日にも乗ったっつーの」


 言いながら、わたしは車内をざっと見回す。

 すると、後部座席の方からにょきっと、綺麗な腕が伸びた。


「いたいた」

「およ?」


 日芽香を連れて、手を振ってくれた人の元まで行く。


「おはようございます、杏さん」

「おはよ、鈴々」


 出迎えてくれたのは、今日も朗らかな笑みを振りまいてくれる、瑠々川鈴々。今となってはわたしの一番の友人と言っても過言ではない。親友だ。うん。マイ天使。シー・イズ・マイン。

 ったく、今日も可愛いなこの子は。


「杏さん、お隣どうぞ」

「うん、ありがと」


 わたしは鈴々が確保してくれていた隣の席に座る。


「いつも助かるよ」

「いえ、空いてましたから」


 すると日芽香がぐいっとわたしの裾を引っ張っり、胡乱な目で見つめてきた。


「誰この美人」


 わたしは成長中の胸を張って言う。


「わたしの、だいしんゆうっ!」

「へー」


 疑いの眼で日芽香が見遣る。

 あー、てめー、信じてねーな。もう鈴々とはマブなんだぞ!


「は、はじめまして。お話には伺っていました、久留生さん。瑠々川鈴々と申します」

「うん! あたし、久留生日芽香! ね、『すず』って、どんな字書くの?」


 すると鈴々は空に指を動かして、「えっと」と、滑らかな動きで鈴の字を描いた。たぶんそれじゃ日芽香には伝わらないだろうが、可愛いので黙って見守った。


「鈴がふたつで、そのまま『鈴々』です――」

「りんりんだー!」


 突然の大声に、わたしと鈴々は一緒にぎょっとなった。


「りんりん! 『魔女っ子まじょりてぃ☆サンドイッチマインマイン!』に出てくるキャラクターと同じ名前! ね、りんりんってよんでいい!?」

「ちょっと、ヒメ。流石に初対面で失礼よ」

「い、いえ、大丈夫です。むしろ愛称があるほうが、嬉しいです」


 そう言われて、思わず鈴々の方を見てしまった。もしかして、鈴々よりニックネームで呼んであげたほうがうれしかったの!?

 するとわたしの言わんとしていることを察したのか、慌てて鈴々が言葉を付け足す。


「あ、あの。杏さんには、その、名前のままで呼んでほしくて」

「いいの? ニックネームをつけられるのが好きなら、いくらでもつけてあげるけど」


 ハニーとか、エンジェルとか、すずたんとか、るるちーとか。

 すると鈴々は顔を赤らめて、ボソボソと言った。


「杏さんにだけは、むしろ、名前で、呼んでほしい、と、言いますか、その……」

「そう? ならいいけど」


 るるちーも結構可愛いと思うけどな。ま、本人の要望ならそれでいい。


「あ、あのっ、ちなみにりんりんって、どんなキャラクターなんですか?」


 鈴々は話をごまかすみたいに強引に話題を変えた。そんなに触れられたくない話題だったのだろうか。いかんいかん、反省反省。

 問いに対して日芽香が、呑気な声で答える。


「えっとね、主人公の魔法少女マリマリーの親友ポジションの子でね!」

「はい」

「りんりんは、実は主人公のことが大大大好きで恋心を抱いている、とってもえっちな女の子なの! 毎日枕元にマリマリーの写真を飾ってて、時々それを見つめながらおふとんの中で恍惚と自慰に――」

「すとおおおおおおっぷ!!!」


 わたしはすかさず日芽香の口を鷲掴みした。


「きさま! 急に何をのたうちまわってやがる!?」

「むぐっ! ――っぷはぁ! だってりんりんがどんなキャラクターか聞くんだもん!」

「ちょっと待て! もしかして、そんなハレンチアニメを今の今までわたしの部屋で見てたの!?」

「うん。あ、でもアンちゃんこういうの好きじゃないと思って、アンちゃんがおトイレとかお風呂に行ってる間とかにこっそり見てたよ。ちょうどその時おばさんがお菓子持ってきてくれてね、二人でドキドキしながら見ちゃった! だって、りんりんってば、すっごいエッチなんだよ! 学校でも机の角で――」

「しゃあらっっぷ! っておい! ママも一緒に見たの!?」

「杏もこういうのが好きなのね、って言ってたよ。もちろんあたしも、きっと気にいるはずだよ! って返しておいた! なにせ『魔女っ子まじょりてぃ☆サンドイッチマインマイン』は名作だからね!」

「ああ、だからか! だから、最近ママと親父が食卓で百合についての話題をわざとらしく出していたのか! くそっ、わたし言っちゃったじゃん! 女の子同士だって、ちゃんと認められるべきだよね、って! そのあとママ、ゆっくりと深く頷いていたけど、あれはそういう意味だったのか!」

「仲良しだね、六路家」


 もはや、怒る気力すら湧かなかった。

 とりあえず家に帰ったら迅速にママに説明しなきゃ。……クソ親父はいいや。話したくもないし。けっ。

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