第3話 出会い
ヒヤリとした水がしっとりと肌になじむ。気持ちよくて懐かしい感覚だ。
俺は白い光に包まれて、人間だった形が水のように溶けて本来の姿へと戻っていく。
体は薄緑がかった淡い金色。お腹は絹のような光沢があり白くてつるつるしている。胸鰭や背鰭も光に透ける金色で、唯一口が――親指を二つ縦に並べたように分厚い。
俺の姿は、ぷるんとした桃色の大きな唇を持つ魚となった。
元々は仙人や神々が住まう【
けれど俺はまだ未熟で人間に化けるのがへただ。魚の姿で地べたにひっくり返っていた所を、
『
『命水』の中を泳いで半刻がすぎたかな。
前方の視界が明るくなってきた。
おや? えっ? 水が……水が、ない?
「うええっっぷ!」
なんだなんだ。西陵の『命水』の泉が枯れかけてる!
水がほとんどなくなって、お湿り程度になった泉の底で俺は腹ばいになった。
「ごほっ……なんだ……ここの空気……」
カラッカラに乾いた風が吹いていて、それを吸い込むと胸がきゅうっと痛くなった。
「やべ……皮膚が乾いてきた。息苦し……」
そういえば西陵って、水城と違って緑が乏しい土地なんだ。
草木が何故か育たなくて岩と砂しかないらしい。
「えっ、さかな……?」
その時、誰かが俺の体をそっと持ち上げた。
大きな翡翠色の瞳。肩甲骨を覆うぐらいの長さの黒髪の少年。
そして何よりも感じる――
「お前、月桂だな!」
俺は意識を集中させて、少年の手のひらから飛び出した。
ぱっと白い光に包まれた俺は、瞬く間に人間の姿で立ち上がる。
「さか、魚が人になった!?」
「そうだよ! 俺は
「お魚さんがどうして私の名前を知っているんだ?」
「魚、さかなってうるさいなあ。俺は今人間だろ? 見ろよこの美しい銀色の髪。
「うっ……よくわからないけど。九仙郷――仙界の眷属というのは理解した。そのお魚――
俺はがしっと月桂の肩を両手で掴んだ。
やっと見つけたんだ。絶対に逃さねぇ。
「筆を返してもらいに来たんだ。お前の母、
「……」
月桂が不意に黙り込んでうつむいた。
緑の瞳にみるみる涙が滲んできて、小さな拳が溢れてきたそれを拭っている。
「おい、どうしたんだ」
月桂はうつむいたまま囁くように呟いた。
「母さんは……死んじゃった」
「なんだって?」
「私は、間に合わなかった……グスッ……後一週間早く、西陵にたどり着ければよかったのに。母さん、西陵に緑をもたらしたいって言ってて……でも体を壊してずっと臥せってたんだ」
「月桂」
月桂の涙が止まらない。拭っても拭ってもそれは溢れ出てくる。
俺は黙ったまま月桂の着物を掴む力を緩めて、そっと頭を抱えこんだ。
「思い出したぜ。西陵は……生気を吸い取る『
肩を貸してやったら気持ちが落ち着いたのか、月桂の頭が小さく縦に頷いた。
「母さんが……それを望んでいたんだ。緑の力を司る『
月桂が俺から体を放して懐に手を入れた。
そこには淡緑色に光る一本の命数筆が握られていた。
「うお! それは『翠星』だな! よかった~筆が見つからなかったら、俺は一生店に戻れない所だったぜ」
「そ、そうなの。それは申し訳ない。これは母さんのお気に入りの『命数筆』だったんだ」
「そうかそうか。じゃ、返してくれ」
「あ、返すけどちょっと見て。この地の呪われた様を……」
俺は月桂から筆を取り上げようと思ったが、彼が
『翠星』がきらきらと輝きを増している。
月桂が体内にある生気を筆先に集めているからだ。
「我願う。【一つ】日輪降り注ぎ、【三つ】水脈合わさりて――」
月桂が手にした命数筆――『翠星』の筆先を、手にした短冊へ押し付け数字の一と三を書いていく。数字の【一】は黄色の光。【三】は青い光を放ちながら、それらはぐるぐると回って重なった。
「【四つ】大地に萌ゆる緑とならん!」
黄色と青色の数字は重なって、ぱっと鮮やかな緑色に輝いた。
そこには数字の【四】が浮かび上がっていた。
これが『色命数術』。眼の前で見るのは初めてだけど。
月桂はえいやとばかりに短冊を足元へ投げつけた。
ぱあっと真昼の太陽が雲間から射したような光と共に、地面の黒い石ころの合間から、小さな草が芽吹いている。
それらはみるみる成長して茂みとなり、そして一本の
「すごいなあ……」
成長した木は枝先にいくつもの葉を茂らせていく。
月桂はそれを微動だにせず見つめていた。
なんて子供だ。
植物が育たないという土地で、緑を生み出すことができるなんて。
まあそれを可能にしているのは、師匠の作った命数筆『翠星』の性能もあるんだろうけど。
「すげえよ月桂!」
月桂もまた自分が生み出した大木を見上げていた。が、不意にその体がぐらりと前に傾いだ。
「おい、大丈夫か?」
地面に倒れる前にその体を捕まえる。
顔が真っ青だ。命数筆をぐっと握りしめている手も冷たくて震えている。
閉じられたまぶたがぴくりと動いて、月桂が薄っすらと目を開けた。
「あ、涛淳さん……」
「無理するなよ。お前がすごい『四緑』の使い手っていうのは、ちゃんと見せてもらったからさ」
「ううん。そんなことない。私の力なんて……ほら……」
俺に体を支えられながら、月桂が右手を前に伸ばした。
「なっ!」
眼の前に広がっていた草原はいつの間にか茶色くなっていて、それも黒く染まってしわしわになり、乾いた風に吹かれて散り散りになっていた。あの桂の大樹も、新緑色に輝いていた葉がすべて枯れて地に落ちて、残った幹は老木と化していく……。
「何度やっても枯れてしまう。西陵の大地が命を吸い取ってしまうんです。その原因を突き止めない限り……緑をもたらすことなんてできない。私が色命数術で生み出しても、全く意味がないんです。それに気づいたから、もう
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