第2話 手がかりを求めて
師匠の作る筆は本当に高級品で、一月に一本売れればいい方なんだ。
反対に貸筆業の方は好調で、一週間に十人は新規の客が来店する。
だけど……。
師匠ってどちらかといえば、筆そのものを回収することにこだわっている気がする。回収できなかった筆は、俺が店に来てから一本もない。
筆を回収しない限り、絶対に店に入れてもらえないんだ。
筆匠としては、自分が作った筆がどこかに行ってしまうことに寂しさを感じるのかな。やっぱりそれも考えすぎかな。
◇
筆屋『
大陸の中央に位置する『
木漏れ日の落ちる石畳。涼し気な水音のほとりで咲き誇る季節の花々。清水を溜めて作られた洗い場や水飲み場。小さな石橋。
船着き場で客待ちをしている船頭と
俺の目的地は町の北側に位置する『
彼らの修行場は、まるで皇帝の住まう宮殿のように広い敷地で、寺院のように荘厳で立派だ。
真っ白な外壁に囲まれており、瑠璃色の瓦を
『伽藍』は訓練場である『西翼』という五重の塔と、真ん中に八角型の屋根を持つ大きな講堂がある。俺は講堂の手前、来客の受付をするため事務方が詰める小さな建物に近づいて、引き戸を開けて中に入った。
「お邪魔します」
「はい、こんにちは」
俺の姿を見た四十代の男性が、両手を前に伸ばして
挨拶を受けて、俺も両手の指先を揃えて頭を下げた。
「鳳月庵の者です。師匠の使いで『貸し筆』の回収に来ました。ええと……ここに
「風凛……いやあ懐かしい名前だな。彼女はとっくに修行を終えて出ていったよ」
「えっ、やっぱりそうなの。じゃ、今は何処にいるかご存知ないですか? 筆の貸出期間が過ぎているんです」
事務方の男性がうーんと唸った。
「筆を貸す時に記録しないのか?」
「そうみたいです。師匠、とってもめんどくさがり屋で。そのくせ、筆は絶対に返してもらえ! って言うんです。わがままで俺も泣きそうです」
うるる。
俺は袖で目頭を押さえて、ここぞとばかりに困っている風を演じる。
いや、本当に頼るのはここしかないんだよ。
すると事務方の男性が不意にぽんと両手を打った。
「ああ思い出したよ。風凛の『子供』が修行中でここにいる」
「ほう! じゃ、会わせてくれないかな。お母さんが今どこにいるのか教えてもらいたい!」
「すまん。その子も行方不明だ」
「はあ? ど、どういうこと? あんたさっき修行中だって言ったじゃん!」
「それは間違いじゃない。ちょっとこっちにきて、あれを見てくれ」
「えっ?」
事務方の男が建物から外へ出るように言った。俺は仕方なくその後に続いた。
男は五重の塔を指差した。正確には、その塔の高さを遥かに超えて、空高くそびえ立つ一本の巨大な松の木をだ。
「なんだ? あの大木は……でっかいなあ」
「
いてっ。
木を見上げすぎて首の筋をひねっちまった。
「ええと……風凛の子供っていうのが、その月桂っていうんだね?」
「ああ」
「ふうん。それで月桂は何処に?」
「わからない。訓練場を森に変えたその夜、姿が忽然と消えたのだ」
「行く先に心当たりは?」
事務方の男が肩をすくめて首を横に振った。
「さあ。それがわかれば、行方不明とは言わない」
「探さないのか?」
「修行が厳しくて逃げ出す者もいるからな。それらをいちいち探すほど、こちらは暇じゃないんでね」
「そうなの。じゃあ……月桂の故郷ってどこ? ほら、何か理由があって帰ったのかもしれないだろ」
「ああそれなら知っています。『
◇
マジか。
『
遠い。
徒歩なら余裕で一週間かかる。
早馬を使えば一日で行けるが、あいにく俺は馬に乗れない。
でも。
西陵へ行くにはもう一つ特別な経路がある。
俺しか使えないそれなら、一瞬で西陵に行くことができる。
俺は『
母親が借りた『
「さて……いい具合に日が暮れてきたな」
俺は水城の町にいくつかある『
おっそろしく澄んだこの泉は、飲料には適さず魚も棲めない。よって主に身を清めるために使われる。俺は衣服を着たまましずしずと泉に入った。
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