カチカチという音が聞こえたら近づくな
神楽堂
カチカチ
この村が、これからもずっとずっと優しい村であり続けますように……
俺たちは夏の間だけ、この山村に帰る。
懐かしい家族や親戚に会うために。
ここにいれるのは夏の間だけ……
それはなんとも寂しい話だが、こればかりは仕方ない。
村の人達は、いろいろな物を用意し、俺たちの里帰りを待っていてくれた。
なんともありがたい話だ。
やはり、ふるさとは温かい。
そして、優しい。
この村が、これからもずっとずっと優しい村であり続けますように……
夏がくるたび、俺はそう願っている。
山村の道は、暗くて怖い。
それはそうだ。
都会とは違って、街灯なんてものは山の中にはない。
暗闇というものは、さまざまな想像をかき立てられる。
何も見えないところに何かあるかも知れない。
そう考えてしまうのも不思議ではない。
一足先に里帰りしていた仲間から、こんな話を聞いた。
「あの山道で、夜、カチ……カチ……って音が聞こえてきたら、絶対に見に行ってはいけないぞ」
「なんだよ、そんな話、俺は聞いたことないぞ」
「あぁ、今年からの話だ。俺もさっき聞いた話だ。だから、お前もこの話を、これから里帰りしてくる仲間たちに広めてくれ」
「なんで、そんな話を広めなきゃいけないんだ?」
「……いいじゃないか。あまり、細かいことは聞かないでくれ」
まったく、こんな話を聞かされたら、ますます気になるじゃないか。
するな! と言われればしたくなるのがサガってもんだ。
夜の山道で、カチカチと音が聞こえてきたら近づくな。
これは、見に行けと言っているようなものだ。
俺たちが里帰りできるのは、この短い夏の間だけ。
夏の終わりには、ふるさとから帰らねばならない。
よし! この夏の思い出に、カチカチの正体を確かめてやる!
* * *
夜道を歩くのは得意な俺は、こっそり、その噂のある山道へと向かった。
街灯のない山道を、夜に通行する者はさすがにいなかった。
この道は、舗装もされておらず、道幅も狭いので、車で通ることはできない。
途中で石段などもあるので、自転車で通るのも難しい。
石がゴロゴロ転がっているので、転倒したりパンクしたりしてしまうだろう。
ということで、この道は歩いて通るしかないのだ。
しばらく待ってみたが、カチカチなんて音は聞こえてこない。
やっぱり噂は噂でしかない。
この村にも怪談が欲しいと考えた酔狂な村人による、作り話なんだろうな。
その時、背後から、俺の肩に手を置いた者がいた。
ギャアアアアアアア!!!!!
俺は叫んだ。
振り向くと、青白い顔の男がそこに……
「俺だよ俺、静かにしろ」
そこに立っていたのは、この話を教えてくれた仲間だった。
「なんだよもう、びっくりさせるなよ!」
「なんでおまえ、ここにいるんだ?」
「え? いや……ちょっと……」
行くなと言われていたこともあり、俺はしどろもどろになってしまった。
仲間は言った。
「おおかた、俺が行くなって言ったから、逆に行きたくなった。そんなところだろ?」
「あははは……まぁ、そういうことだ」
俺は笑って誤魔化した。
けれど、仲間は厳しい口調で言ってきた。
「だろうと思って見に来たら、案の定、おまえがいるとは……いいか、今日はカチカチの音がなかったからいいものの、とにかく、この山道に夜に行くのだけは絶対にやめてくれ。お願いだ」
「理由を教えてくれよ」
「……カチカチと音を鳴らしながらこの山道を歩いてくる者がいる。それでな、俺たちは絶対にその者に会ってはいけないんだ。分かってくれ」
「妖怪か?」
「いや、人間だ」
「なら、凶暴なやつで、襲われるとかか?」
「……いや。その逆だ。襲われることはないだろう」
「なら、会ってもいいじゃないか。悪いやつじゃないなら、挨拶でも交わして通り過ぎればいいだろ?」
「……そういうわけにはいかんのだ。なぁ、分かってくれよ」
納得できなかった。
夜道を歩いてくるのは、妖怪ではなく、人間。
そして、そいつが襲ってくることはないだろうと。
だったら、カチカチの正体を見たっていいじゃないか。
どうして、カチカチに会ってはいけないのだろう。
夏も終わりに近づいてきた。
せめて、この謎だけは解き明かしてから帰りたい。
* * *
翌晩も、俺は山道に潜入することにした。
仲間に出会ってしまうと、また連れ戻されてしまう。
仲間にも、そして、歩いてくるカチカチにも見つからないような場所を探し出し、俺はそこに潜んだ。
夏の夜は静かだった。
時折、風が吹いて草木が揺れる音がした。
街灯のない山道は、やはり真っ暗だった。
しかし、今日は満月。
うっすらと、月明かりが山道を照らしていた。
カチ……カチ……
聞こえた!!
カチ……カチ……
確かに聞こえる。
なにやら、木の棒を叩いているような音だ。
お芝居が始まる時に鳴らすような木の音に似ている。
俺は振り返った。
誰もいない。
ここに隠れていることは、誰にも気がつかれていないはず。
物音を立てずに潜むのは、俺は得意だ。
きっと、歩いてくるやつにだって気づかれないだろう。
会わなきゃいいんだよな。
ということは、見るだけならいいだろう。
そんな勝手な理屈で、俺は今やっていることを正当化していた。
カチ……カチ……
だんだん、音がはっきり聞こえるようになってきた。
こちらに近づいてきているのだろう。
俺は、物音を立てずに、道の脇に隠れ続けた。
カチ……カチ……
音を鳴らしながら近づいてくる人影が見えた。
妖怪ではない。
確かに人間だ。
カチ……カチ……
俺は、その人物の姿をはっきりと見た。
カチ……カチ……
木の棒を叩きながら歩いているのは、小さな女の子だった。
村に住んでいる女の子だ。
昨日も村で遊んでいた子だ。
カチ……カチ……
女の子は、俺の存在にはまったく気づかず、そのまま通り過ぎていった。
カチ……カチ……
木の棒を叩く音は、だんだんと小さくなり、そして、音も姿も消えていった。
* * *
翌日、俺はその子が住んでいる家の近くまで、こっそり見に行ってみた。
普通に、お友達と遊んでいた。
ちゃんと生きている。
俺は幻を見たわけではなく、その子が山道を歩いているのを見ただけだったのだ。
俺は、仲間に言った。
「すまん、カチカチの正体、確かめてしまった」
「え? まさか、会ってないだろうな?」
「会ってはいない。陰からこっそり見ていただけだ。大丈夫だ。あの子は俺がいることには気づいていなかった」
「ふぅ……」
「でさ、どうして会ったらいけないんだ?」
「……おまえはとことん、空気を読めないやつだな。村の連中ならあの子に会ってもいいだろう。けれどな、俺たちは会ってはいけないんだ」
「……あ、そういうことか」
「やっと気がついたのか。そういうことだ。とにかく、おまえはこの話を仲間に広めろ。いいな!」
女の子は、病弱な家族の代わりに、山の向こうの街にお使いに行っていたのだった。
帰りは日没後に、山道を歩かないといけない。
まっくらな道が怖くて、それで、音を鳴らしながら歩いていたのだった。
だから、俺たち里帰りしている連中に、こういう話が回ってきた。
夜の山道で、カチカチという音が聞こえたら近づくな。
「そうだよな。俺たちに会ってしまったら、女の子、怖がって泣いちゃうだろうな」
「今頃気づいたのかよ! おまえ、もういっぺん死んでこい!」
「いやぁ、すまんすまん。ついうっかり……」
俺たちがふるさとにいられるのは、夏の間だけ。
夏の終わりとともに、あの世に帰らないといけない。
だって、俺たちは幽霊だから。
『カチカチと音が聞こえたら近づくな』
俺たち幽霊は、そんなところで姿を現してはいけない。
夜道を歩いて家族のために頑張っている女の子を、怖がらせてはいけないからだ。
俺はこの話を
* * *
何度目の夏だろう。
女の子は成長し、やがて母になった。
そして、自分の子供にこう言って聞かせた。
「お化けが出てきそうな道を歩く時はね、木の棒をカチカチと鳴らしなさい。そうするとね、お化けのほうがちゃんと隠れてくれるからね」
俺たち幽霊は、この教えを守った。
何年も何年も、
今年も夏が終わる。
ふるさとのみんなの笑顔を見届け、そして、あの世へと帰る。
この村が、これからもずっとずっと優しい村であり続けますように……
< 了 >
カチカチという音が聞こえたら近づくな 神楽堂 @haiho_
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