第18話


「こーら!何言ってるの!!」


突然のリアンお姉ちゃんの声で現実に戻される。

2人の精霊はお姉ちゃんに首根っこを掴まれしくしくと泣いている。


「そんなに可愛らしく泣いたって駄目だからね」

「女王様もわっちらの花嫁様になれば幸せですよ~」

「そうですよ~。辛いことも苦しいこともない、夢の世界でして~」

「馬鹿なこと言わないで。うちたちは吸血鬼との契約を違反したら死んじゃうの」


お姉ちゃんは少し怒った様子で言い放つ。

すると2人の精霊は顔を見合わせた後、私に向き直って両手を握ってくる。


「わっちらがついていれば幸福で生きられますよ~」

「姿が変われば人間よりももっともっと長く生きられます~」


2人の精霊はここぞとばかりにプレゼンをしてくる。

この子たちが言うように姿形が変わってしまえば……


あの人と離れることができる。

あの人に怯えなくて済むようになる。

あの人を……忘れてしまうことができる。


半年も経っていないこの生活にもう音を上げている。

戦争で苦労していた時の方が生を実感していた気がする。


「…そっか。クロエはあの時いなかったね」

「いつ?」

「レオルさんに精霊_本来人間には見えないものが見えることを追及されたの。はぐらかしたけどきっと時間の問題だと思う」

「バレたらだめなの?」

「極力隠しておきたかったね。…あ、クロエ。時間大丈夫?」

「え?」

「クロエはツィガさんの部屋に戻らないといけないんじゃないの?」


時計を確認すれば確かに長いしすぎた。


「ごめんね、話聞けなくて。部屋近いし、またおいで」

「うん、元気出た!ありがとうお姉ちゃん!」


そう言って急いで部屋に戻る。

再び部屋に1人になったリアンはまだ開いている窓に気づいた。

「あれ、あの精霊たち帰ったのかな?」






酷いことをされたくない。

お姉ちゃんを殺されたくない。

そんな気持ちに突き動かされて部屋に戻るために冷たい廊下を走っていれば耳元で声をかけられた。


「不幸な花嫁様~」

「なぜそんなに慌てているのです?」


いつの間にかリアンお姉ちゃんの部屋から精霊がついてきていたようだ。

しかしそんなことに構っていられない。


「わっちらの世界ではそんなに怯えることもないのに~」

「契約も今すぐ結ぶことが出来るのに~」

「……本当に、できるの?」


気づけば口が勝手に動いていた。

それに反するように足は止まっていた。


「できまっせ~」

「今すぐにでも~!」


嬉しそうな2人の精霊の顔を見て、心が揺れる。

私がここで決断すれば、あの人から離れられる。


「痛いこと、しない?」

「勿論ですとも~」

「花嫁様を傷つける方がおかしいですよ~」

「それに~」

「「契約なら、花嫁様の首から流れるその純血で十分です~」」


首に手を当ててみると多少乾いた血が着いた。

そうだ。嚙まれた後止血していなかった。


「さぁ、行きましょう~」

「わっちらの花嫁様に~」


2人の精霊があたしの手を引いてバルコニーに誘導する。

屋敷を囲むように広がる森は美しい。

オーブのようなものも飛んでいる。


「ほら、皆も歓迎していますよ~」

「幸せになりましょう~」


そう言われてみれば森の中にも人影が見える気がする。

その人たちはこちらに手を振っているように見える。


「不幸な花嫁様は幸せにはなりたくないのですか~」

「…幸せって何だろうね」

「それはこれから見つければ良いんですよ~」

「でもここにいては幸せを見つけることもできません~」


2人の精霊はまるで洗脳するように囁く。


「わっちらはあなたを幸せにすることができます~」

「あなたの望む世界へお連れします~」

「「だから、わっちらと契約を~」」


差し出された2つの手を、あたしは迷うことなく取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る