第10話
「よし。今日はこの辺にしておこう」
「はい……」
「つ、疲れた……」
「うぅ……」
あれから1カ月が経った。
今では談話室が私たちの勉強部屋と化していた。
レオルさんの教え方はすごく分かりやすかったし楽しかった。
文字の読み方を教えてもらったあと基本的な文法や単語などを学び、今は簡単な文章ならうまく書けるようになった。
「しかしまさか1カ月で読み書きが出来るようになるとは……驚いた」
レオルさんが言うには、私もリアンも読み書きに関してはかなり早いらしい。
そして何より驚いたのがクロエの学習能力が高かったことだ。
「あたしも文字読めるようになった!」
今まで文字に全く触れてこなかったわけではないし、話すこともできるから最初からというわけではないがそれでも十分早い。
「うん。クロエが頑張ったからだね」
「えへへ……」
「うちらも嬉しいよ」
2人で頭を撫でているとレオルさんが話しかけてきた。
「ではそろそろローエンとツィガが帰ってくるから本格的に仕事をしてもらうことにしようか」
「仕事ですか?」
「掃除や洗濯などの家事だ。まぁ心配はいらないさ」
「でも私たち掃除をしたことないどころか家もなかったんですよ…?」
「多分今のスキルでもツィガよりは上手いと思うぞ。アイツは家事に関しては絶望的だからな」
そう言って苦笑いを浮かべる。
その表情には過去の苦労が滲んでいた。
「アイツ等な…色々な面でなかなかの曲者なんだ。こんなことを言うと不安に思うかもしれないが困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。私はあなた達の味方だ」
「は、はい……」
先程まで笑顔だったのに無表情になってしまうリアンと怯えた様に下を向いてしまうクロエ。
2人に相当なストレスがかかっていることは一目瞭然だが私にできることは何もできない。
できることとしたら2人を匿うことぐらいだ。
「…話は変わるが、あなた方食事はちゃんと摂っているか?食事をしているところを見たことがないから疑問だったのだが」
思い出したようにレオルさんが私たちの体を見てきた。
不快な視線ではないものの、何となく気まずい。
「棚に置いてあったパンをいただきました」
「パン?そんなに量があった記憶はないが…」
「皆で分けたので大丈夫ですよ。硬くなくとても美味しかったです」
私の答えにレオルさんは首を傾げる。
口元に手を寄せて考えるその姿は一種の芸術作品のようで惚れ惚れしてしまう。
「格好いいね」
「レオルさん?」
「うん」
「確かに。うちも今までの相手がレオルさんみたいな美形だったら嬉しかったな~」
「これだけ美形はあんなところにいないよ」
「確かにそうだね」
過去のことを思い出して表情を曇らせる2人を安心させるために優しく頭を撫でてやる。
すると無意識なのか猫のように擦り寄ってくる。
その姿が可愛くて何度も撫でていれば急にレオルさんが声をあげた。
「待て。まさか1つあったパンのことではないか?あれしか食べていないのか!?」
「はい…私たちにはあれぐらいで十分ですし」
「風呂は?」
「入り方が分からないので桶に水を張って体を拭きました」
そういうとレオルさんは天井を仰いでしまった。
何かまずかっただろうか。
彼は大きなため息をつくと私たちに向き直った。
その瞳に怒りが宿っていた。
怖い…
体が震えて上手く声が出ない。
すると、彼の手が私に伸びてきた。
叩かれると思い目を瞑ったが予想に反してその手は優しく私の頬に触れた。
目を開けるとレオルさんは優しい眼差しを向けていた。
肩の力が抜けた。
「…そうか。ちゃんと説明してやれなくてすまなかった」
「え?」
「今度からは3食きちんと食べてくれ。前にも言ったが、金ならあるから食費とかは気にするな」
「さ、3食!?そんなに食べられませんよ!」
「初めは辛いかもしれないが無理のない程度に慣れていってほしい。今の細さでは死んでしまうぞ」
死ぬと言われ、ゾッとした。確かにあの時よりは恵まれた環境だろうが、このままだと餓死してしまうだろう。
でもいきなり3食は厳しい。
「明日から少しずつ食べる量を増やそうか。あと風呂は…うーん、どう教えようか」
「えっと……レオルさんが良ければ一緒に入ってもらえれば」
「それは流石にダメだろう。吸血鬼と言えど私が男だと忘れていないだろうな?」
「あっ……ご、ごめんなさい!」
自分の体に視線を落とす。
この人は私を女として見てくれているんだ。
それが何となくくすぐったくて嬉しく感じた。
「ははっ、冗談だ。では、明日は風呂の使い方を教えよう。勿論、服は着ておけよ」
「あの、仕事は?」
「風呂の使い方を説明した後に簡単に教えよう。そろそろ2人も帰ってくるだろう。今日は部屋でゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます」
「いいさ。文字についてもまだ学んでもらうからな。色々やることは増えるがゆっくりやってもらえばいいさ」
私たちは彼に頭を下げ、部屋に戻った。
部屋に戻るとクロエはすぐにベッドに飛び込んだ。疲れたんだろう。私もソファーに座って一休みすることにした。
この1カ月、本当に充実していた。
こんな日々が続けばいいな、なんて淡い幻想を抱いてしまうほどに幸せだった。
しかしそんな日常も続くはずなく。
その夜、あの2人の曲者吸血鬼が帰ってきたのだった。
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