第二十五話 PvP②

次の瞬間、PvPの参加者は全員が専用の闘技場へと飛ばされた。


そこは、他のプレイヤーもNPCも存在しない空間だった。巨大なドーム型の空間で、大地は土と岩で構成されている。


「ケント。君は彼らに接近戦を挑んでください。間合いに入ってしまえば前衛のあなたが勝つのは間違いありません」

「ええ。それで……殺してもいいのですか?」


ケントがいつもたたえる優しげな笑顔は消えていた。今や口角は吊り上がり、目には暗い光が宿っている。


彼は人殺しが好きだった。特に大盾で人間を押し潰して殺すのが一番好きだという。


「ハルは私が殺します。ミオの方は差し上げますよ」

「フヒッ! 興奮するなぁ!」


息を荒くして獲物に狙いを定めると、ケントは走り出した。


──気色の悪い男だ。


こうして邪魔者をいたぶる際よくケントを呼んでいたが、毎度その豹変ぶりには辟易していた。だからこそフェリクスは、有能な彼を側に置いておくことはしなかった。


だがPKだったこともあり、そこらの冒険者よりもPvPの経験が豊富なため、こういう場面での利用価値が高い。


「ケント! なぜこんなことをする!」

「ハル、君はまだ僕が親切な人間だと思っているのかい? そんなに間抜けだから、こうやって死ぬんだよ。シールド・バッシュ!」


ケントの大盾が高速で前進し、距離を一気に詰めるとハルを吹き飛ばした。


「ぐあぁ!」

「なんだ、もう死ぬ寸前じゃないか。だが、君を殺すのはフェリクスさんだ。仲間がミンチにされるのを、黙って見てなよ」


次にケントは視線をミオへと移す。そして全速力で駆け出した。


「ディバイン・ウィンド!」


ケントを吹き飛ばそうと、ミオは聖なる暴風を巻き起こした。


「マジック・リフレクション」


しかし、ケントはスキルでその魔法を正確に弾き返した。


「きゃあ!?」


ミオの華奢な体は、軽々と後方へ吹き飛ばされる。


「さて、この娘を潰すとどんな音が鳴るのかなぁ! シールドプレス!」


ケントの体はノーモーションで上空に飛び上がると、ミオの元に凄まじい勢いで落下する。


「フヒャア!」

「きゃああぁぁああ!」


ボギボギッ!


「あなたが私の言うことを聞かないのが悪いのですよ、ミオ」


フェリクスは挽き肉になったであろうミオへと視線を向ける。


しかし、そこに彼女の姿はなかった。


「うぎゃああぁぁああ!」


ミオを押し潰したはずのケントが喚き声を上げ、地面の上でのたうち回っている。よく見ると、盾を持っていた左腕があらぬ方向へ曲がっている。


「大丈夫か、ミオ?」

「ハルさん!」


──チッ、トランスファー・ホールか。


フェリクスは姑息な手段に歯噛みする。


トランスファー・ホールは地面に異空間を作り出し、対象と他の物体の位置を瞬時に交換する魔法だ。どうやら地面にゴロゴロ落ちている岩とミオの位置を交換したらしい。


対象に動かれると魔法の発動に失敗するが、倒れているミオならば成功も難しくはない。そして岩は破壊不可能なオブジェクトであり、ケントのように正面衝突すれば無傷ではすまない。


トランスファー・ホールは闇属性の上位魔法で、かなり高い知力がないと発動できない。残念ながら、レベルが48のフェリクスでも知力が足りないほどだ。


おそらくは、ハルのフィロソファーズ・ロングスタッフが持つ知力ボーナスのおかげだろう。実力のない男にはお似合いの装備だと思われた。


「何をやっているんです、ケント。早く立ちなさい!」


フェリクスは未だに腕を押さえて呻めき声を上げているケントに声を張り上げた。彼には十分な量の回復用ポーションを渡している。


「君はここにいてくれ」


ハルはミオへそう言い残すと、ケントに向かい走り出した。


「……は?」


その速度はフェリクスのパーティーにいたアサシンよりも圧倒的に早く、フェリクスは呆気に取られる。


「ツイン・サンダーボルト」


フルプレートメイルは鋼でできており雷の伝導率が高い。二本の雷撃は鎧を伝って、装備者にまで瞬時に到達した。


「が、が、が、が、が、が、が!」


感電したことによる痙攣で、全身を震わすケント。雷撃は体内を余す所なく巡ると、満足したように消失した。


「残念だよ、ケント。……PKは全て排除する」

「……あ、ああああああっ!? き、君はまさか!?」


ハルはインベントリから全体に雷が迸る長剣を取り出した。


それを右手に握り、横に素早く振るう。すると雷を帯びた黄色い閃光が放たれ、ケントの首を刎ねた。


剣はパキィンと音を立てて粉々になった。


──い、今のはなんだ!? ウィザードの動きじゃないだろう!?


「さて、最後はお前だな」


次にハルがインベントリから取り出したのは、刀身が青く光るダガーだった。


なぜこいつはそんなものを握っているのか。


魔剣とはメタマイスにおいては単なるネタ武器だ。ウィザードが剣を使っても大した殺傷力は生まれず、魔力を使用するため効率も悪く、身体能力が低いためそもそも剣撃を当てることができない。


そして、なぜ接近戦を嫌うはずの魔法使いが凄まじい速度で地を駆け、こちらに迫っているのか。


「わぁあああ! この私に近づくなぁ! ロック・クリフ! ロック・クリフ! ロック・クリフっ!」


地面から岩壁が迫り出し、フェリクスの周囲を守る。


「ブーム・ブラスト・ボム」

「は?」


前方の岩壁が突如爆発し、根元から倒れる。


すると、前方にはまるで表情がない、冷たい目をした男が立っていた。


「ひい!?」


これほどまで相手に接近を許したことなど、フェリクスには記憶がなかった。


その危険性を鋭敏に感じ取り、彼は後ろを振り返ると、脱兎の如く逃げ出した。


フェリクスも敏捷性には自信がある。十分な距離をとって、魔法で攻撃を仕掛ければいいのだ。


……グサッ!


胸に焼けるような痛みを感じ目を向けると、青白い刃がちょうど心臓の辺りから飛び出している。


「がばぁっ!?」


口から飛び出す大量の血液で息が止まりそうになる。


──し、死ぬ! 死んでしまう!


なぜ私がこんな目に会うのか。


ミオが裏切らなければ、こんなことにはならなかった。


ケントが強ければ、こんなことにはならなかった。


ズルッ!


フェリクスの頭部が首から離れ、地面に落下していく。


彼の瞳に映った男の姿は、まるで悪魔の如く静かに嗤っていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



PvPが終了し、ハルとミオだけが元の世界に戻ってきた。


「な、なんであんたたちが……?」

「フェリクスさんはどうしたのよ……?」


フェリクスのパーティーメンバーであるアサシンとウォーリアの二人は、呆然とした表情で立ち尽くしている。


その隙に彼女らの手を振り払うと、執事とメイドたちはその場を逃げ出し、ハルとミオの背後に隠れた。


「俺たちが勝ち、奴らは死んだ。それだけだ」

「う、嘘を吐くんじゃないわよ!」

「本当です、マツリさん」


ミオは冷静な態度で首を振る。


「そ、そんな……」


ウォーリアの女は手からナイフを落とし、膝から崩れ落ちた。


「シルキーさん……」

「フェリクスとの約束だ。ここは引いてもらうぞ」

「……分かっているわ」


マツリもまた打ちのめされたように暗い表情だ。シルキーの手を引いて立たせると、部屋から出ていった。


「ぐうっ!」

「ハルさん!?」


先ほどまでは気を張り忘れていたのだが、突然ハルの全身が痛みで悲鳴を上げ始めた。これまでの疲労とダメージが蓄積していたらしい。


ミオはすぐさま回復呪文を唱え、ハルの体力を回復した。


「大丈夫ですか?」

「す、すまない。……でも、ようやくこれで終わったな」

「はい、終わりましたね……」


二人は小さく息を吐くと、少しの間勝利の余韻に浸っていた。


「ハル様、ミオ様。このたびは何度も命を救っていただき、感謝の言葉もございません」


静かに二人を見守っていた執事のNPCが口を開いた。


「そのお礼と言ってはなんですが、どうかこちらをお持ちになってください」


そう言って差し出された両手には、白く光る木の枝らしきものが乗っていた。


そのアイテムの説明を見てみると、ドリュアスの枝という名称で、エリュトーンが神の命に背き伐採した神木の枝らしい。


「いいのか?」

「はい。ご主人様はこの木がお嫌いでしたので、全く問題ございません。いずれ必ずハル様のお役に立つと思います」

「そうか。ありがたく受け取るよ」


これもミシック級のアーティファクトNFTだが、使用方法には「?」としか記載されていない。


「疲れたな。一旦ログアウトして、また明日ここから始めるか」

「はい、そうしましょう!」


二人は部屋の奥にあるセーフティーゾーンに行き、お互い一時の別れを告げるとメタマイスからログアウトした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


作者の深海生です。


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Meta Myth 〜 現代の冒険者と大迷宮と新世界の神々 〜 深海生 @fukamisei

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