第二十四話 PvP①
運の良さと仲間の力だけでここまで来た、どこにでもいる凡夫。
フェリクスにとって、ハルなどその程度の存在だった。
第二階層ではハルは偶然ミオと出会い、彼女からもらった大河の雫を使うことで生き延びることができた。
次の第三階層でも、おそらく強引にミオを仲間に入れて彼女の力を利用し、たまたま持っていたアイテムを水に変え、攻略することができたのだ。
この階層では、フェリクス自身の目で逐一彼らを観察していた。その結果、やはり彼の認識が大きく変わることはなかった。
フェリクスは蝿型のモンスターや蛇型のモンスターを誘引剤でおびき出し、何度もハルにけしかけた。一度は蛇をハルの足に噛み付かせることに成功したが、その際もミオの魔法で助けられていた。
キーアイテムとなるアンブロシアを手に入れたのは、言うまでもなくアイの力だった。
ただ、例えアンブロシアを渡そうとも、館の主であるエリュトーンは満足しない。結局デーモンシープの肉が必要であり、それはギルドが全て押さえていた。だからこそ、フェリクスはじわじわと心ゆくまでハルをいたぶることができるはずだった。
だが、結果はなぜかエリュトーンがモンスターの素材を喰らい始め、最終的に自身がモンスターに変身してしまった。
通常、デーモンシープの肉を正しく納品すれば、そのままクエストクリアで次の階層に進むことができる。なのに、ハルにだけおかしな攻略ルートが発生したのだ。これを運と呼ばず何と言うのか。
まさに、運と仲間に救われるだけの凡夫でしかないではないか。
しかしそう考えるフェリクスも、ハルの忍耐力だけは認めざるを得なかった。満腹度が0%になると、飢餓状態による胃の捩れ、身体の疲労、継続ダメージが発生し、普通のプレイヤーならばそれ以上冒険を続けることなどできないのだ。
まるでゴキブリ並みのしぶとさだ。とはいえそのお陰で、苦しみに必死に耐えている無様な姿を見ることができたのは最高だった。あとはゆっくりと時間をかけて苦しめ、最後には部下に命じて弄んだあと、命を奪ってやろうと思っていたのだ。
エリュトーン変身後の戦闘シーンは見ることができなかった。ボス戦の際、メタマイスでは侵入不可領域が展開され、他のパーティーが侵入することはできないのだ。
──ふん。どうせ、いつもの幸運とミオの力に頼ってやり過ごしたのでしょうけど。
毎度のごとく、ミオの回復魔法でハルの傷は癒される。
「フェリクス……!」
ハルは立ち上がると、フェリクスに鋭い視線を送る。
「こんなことをして、自分がどうなるか分かっているのか?」
「ククッ、プレイヤーがプレイヤーを攻撃したことでしょうか? 確かに、今クナイを投げた者にはペナルティがあるかも知れませんねぇ」
「じ、自分の手は汚さないということか……!」
ハルは声を荒げるが、超飢餓状態で満身創痍の冒険者の怒りなど、フェリクスには少しも響くものがない。
「さて、あなたはエリュトーンを倒しました。その際に、何かアイテムをドロップしませんでしたか?」
すると、ハルは強張った表情になり眉を寄せる。
「だとしたら何だと言うんだ?」
「それを私によこしなさい。そうすれば、特別に今後あなたの邪魔はしないことを約束しましょう」
「……いい加減にしろ。お前の話など信じられるわけがないだろう」
ハルが拒否するだろうことは想定内。フェリクスは事前に準備していた次の手を打つ。
「マツリ、シルキー。頼みます」
『はっ!』
フェリクスのパーティーメンバーであるアサシンとウォーリアの二人は、素早い動きで無防備な館の執事とメイドの一人の背後に周り、首元にナイフを突きつけた。
「ひっ!?」
「きゃあ!?」
ナイフの刃が首に当てられ、二人は小さく悲鳴を上げる。他のメイドは恐怖で震えている。
「ど、どういうつもりだ!?」
案の定、フェリクスには理解できないほどにハルが狼狽する。
NPCの命。そんなものはプレイヤーにとって何の意味もない。なぜなら、NPCが完全に消えてしまうとゲームに支障をきたすので、しばらくすれば復活する仕組みになっているから、いくら死のうが問題ないのだ。
しかし、先ほどボスとの戦闘後にある言葉が耳に入った。使用人が『命を救っていただき、ありがとうございました』などと口にしていたのだ。
NPCの命を救うなどフェリクスには全くもって理解できないが、ハルはどうやらそれをしたらしい。ならばと考え、この策を考えたのだ。
「このNPCがどうなっても良いのですか? 私の提案を飲まなければ、あなたのせいでこの人たちはひどい拷問の末、死ぬことになるでしょう」
「な、なんだと!?」
使用人は「助けて!」などと、思い思いに救いを求める言葉を口にしている。
よくできたAIだ。そのせいでハルが追い詰められていくのは、もはや滑稽ですらある。
「……わ、分かった。だがこちらの望みも聞いてもらう。でなければ、彼らが殺されようと、俺が殺されようと、お前には何も渡さない」
取引などと、凡夫ごときが面倒なものだ。フェリクスは小さな苛立ちを覚える。
「ちっ。その要求とやらを言ってみなさい」
「俺とのPvPを受けろ」
『ええっ!?』
マツリとシルキーだけでなく、ミオまでもが素っ頓狂な声を出す。
PvP。プレイヤー同士がある条件の元に決闘をする仕組みのことだ。お互いがPvPを受け入れれば、その間だけはプレイヤーがプレイヤーを傷つけることが許される。
メタマイスでは過去に
当時はまだ罰則がなかったため、たった一週間で一万人以上のプレイヤーがPKの餌食になったのだ。
その時期に多くのプレイヤーを救う活躍をしたため、ギルドは今の地位を築いた。
その後、PK行為は厳しい罰則が課せられるようになり、その存在は著しく減った。
しかし、プレイヤー同士の戦闘行為自体は、プレイヤースキルの向上やエンターテイメント性の観点から人気があった。そのためメタマイスの運営に対し、冒険者から一定の許可を求めるリクエストが相次いだ。
それに答える形で生まれたのがこのPvPと呼ばれる制度だ。
ハルの要求は、率直に言って面倒だった。
しかし、フェリクスにとって最も気がかりなのはエリュトーンのドロップ品だ。もしこれが大迷宮攻略のもう一つの手がかりだとしたら……。
自分の才覚であれば将来はギルド長も夢ではないと思ってはいたが、今がそれを叶えるチャンスかも知れない。
ここでその手がかりを入手し、ギルド長のブライにではなく、ギルドを経営する本体の企業へ自分の価値を売り込むのだ。
そうすれば、目の上のたんこぶであるブライを蹴落とし、自分がギルド長になるのも現実味を帯びてくる。
ゆえに、考えてみればPvPを利用するのは悪くない。PvPには勝敗が存在し、勝者は要求を敗者に突きつけることができるのだ。もちろん、要求は事前にお互いが納得したものでなければならない。
ここでハルにごねられ、ドロップ品が手に入らないことの方が都合が悪い。
それに、すでに満身創痍の二人を相手に負けるはずはないし、なによりフェリクスには必勝の算段があった。
「仕方がありませんねぇ。では、こちらの要求はエリュトーンのドロップ品を渡すこととします。そちらは?」
「その人たちを解放してもらおう」
ばかな。なんと下らない要求なのか。これだから凡夫は凡夫のままなのだ。
「ククッ、いいでしょう。人数は二対二。条件はノーマルでいいですね?」
「ああ、構わない」
「ハルさん、本気ですか!? PvPだとしても、何をされるか分かりませんよ!?」
ミオが青ざめた表情でハルに不満を訴えている。
彼女の予想は正しい。もう二度と歯向かうことがないよう、フェリクスは二人を徹底的にいたぶるつもりだった。
「ミオ、すまない。だが、俺を信じてくれないか?」
「ハルさん……。分かりました!」
フェリクスがこれまで見たことがないほど弾けるような笑顔をミオが見せている。
──腹立たしい人たちです。まあ、これから楽しませてもらいましょう。
「さて、早速はじめましょうか」
「……待て、もう一人はどっちなんだ? アサシンだろうがウォーリアだろうが、喜んで受けて立つぞ」
「おっと失礼。お待たせしました、出てきて下さい、ケント」
『え?』
フェリクスの後方から、ケントが姿を現す。
彼は元々ギルドメンバーの幹部の一人で、上層の町ステュクスではメンバー以外の冒険者が訪れた場合に、懐柔と排除の役割を担う人物だった。
だが、ハルの迷宮攻略を妨げることができず降格になり、今は中層の町オリンポスでモンスター狩りの業務に従事している。
「な、なぜケントが……? それに、その装備は……?」
今ケントはフルプレートメイルに大盾を装備しており、以前のような軽装とはだいぶ異なっている。
「やあハル、また会ったね。この格好のことかい? 僕は元々重戦士でね。今日はフェリクスさんの前衛を務めるために呼ばれたんだよ」
「……いや鎧ではなく、その盾に彫られた紋章だ。まさか
ケントが左手に構えた大盾の中央には、死神の鎌から滴る赤い血を杯が受けるデザインの紋章が刻まれていた。
「……へえ、さすがハル。良く知ってるね」
「ま、まだ存在したというのか……」
「ケントさんは、その一員……?」
ハルとミオは顔を青くして言葉を失っている。
それも仕方がないだろう。PK集団
「……ということは、それをギルドが匿っていた?
「クククッ、勘が良い人間は悪い人間と同じくらい嫌われるものです。ハルさんも今後気をつけた方がいいですよ? まあ、それほど先が長いとは思えませんが」
レンズの細長いメガネをクイッとあげると、フェリクスは言葉を続ける。
「ケントは対人戦のプロフェッショナルだから来てもらったのですよ。さあ、始めましょう」
「行くぞ、ミオ!」
「はい!」
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