分裂

たかさば

 

 世の中に恐ろしい病気が蔓延し始めた。




 ウイルス性、空気感染する病気で、感染率は実に100%。


 世界中の人々が、次から次へと罹患した。




 特効薬はない。


 予防薬は作りようがない。


 かかってしまったら、症状が出る、ただ、それだけの、事。




 だが、かかってしまうと。




「ああー、ついに俺もかかっちまったー!」


「仕方ねえ、まあ、仲良くやるべwww」




 自分が、二人になってしまうのである。








 この、恐ろしい病気…1/10病。




 ある日突然、38度の発熱を起こし、動けなくなる。


 稀に頭痛を伴う事がある。




 動けなくなるのは、きっかり一時間。


 動けなくなる前に、激しく耳鳴りがするのが特徴だ。




 動けなくなっている間、個人差はあるが意識がもうろうとし、前後不覚となる。


 意識が回復する頃、自身が分裂、している。




 分裂体の大きさは、ほぼもとの大きさの1/10。


 180センチの人物であれば、18センチの分裂体が出現する。


 そして分身が発生した時点で、大きさが1/10減少する。


 つまり、162センチになってしまうのだ。




 たった一時間、その間に。


 身が縮み、新たな自身が、発生する。




 露出している部分から、分裂することがほとんどであった。


 例えば、手の甲、首、ほっぺた。


 一部がこぶのように盛り上がり始め、見る見るうちに人の形になってゆく。




 分裂した体には、衣服がない。


 分裂した体は、自身の縮小版である。


 外出先で分裂が始まってしまい、非常に恥ずかしい思いをすることが、たびたびあった。




 街中で分裂が始まった人に、憐みの目を向ける人は多かった。


 いつ、自分もああなるかわからない、皆がそう思ったのかはわからないが、ハンカチの所有率が飛躍的にアップした。


 いつ、自分もああなるかわからない、皆がそう思ったのかはわからないが、倒れ込む人に手を差し伸べる人が増えた。




 この病気は20歳から40歳までの男女のみが、罹患した。


 働き盛りの、脂ののった世代のみが、どんどん罹患し、分裂していった。




 1/10病は、非常に厄介な、病気であった。




 記憶も分裂するため、大きさは違うが、実質自分がもう一人増えた状態になる。


 あくまでも別人なので、意識の共有や意思の疎通は他人同士のコミュニケーションと何ら変わりはない。


 つまり、同じ体組成組織を持ち、同じ記憶を持つ、別の人間がいきなり増えてしまうのである。




 ある日突然、対峙する、見上げなければならない大きな、自分。


 ある日突然、対峙する、手の平にのせることができるほど小さな、自分。




 戸惑うものが、わりといた。


 分裂した自分を疎ましく思うものが、一定数、いた。




 分裂した人間を収容する施設が、出来た。


 のどかな山間部に、分裂した者たちの住む場所ができた。




 毎日を楽しく過ごすものが、わりといた。


 分裂した自分を最大限に生かして活躍するものが、一定数、いた。




 分裂した小さな人間用のグッズが、どんどん量産された。


 街中に、分裂した小さな自分を肩にのせて歩く人を見ることができた。




 分裂した、小さい者を保護する法案ができた。




 ひとつ、勝手に捨ててはならない。


 ひとつ、必要ない場合は施設に入れること。


 ひとつ、小さいからと言って蔑ろにしてはならない。




 身長のある、中年層以降の需要が高まった。


 世界には、分裂していない人用の機器が溢れていたのだ。


 145センチでは動かすことのできない機器が、乗り物が、溢れていたのだ。




 およそ50%の若い世代の分裂を確認したころ、研究機関が未分裂者を集めて調査を開始した。




 今後、全ての子どもたちが成長し、分裂することになるというならば、分裂した者たち専用の機器や工場、乗り物…そういったものを量産していかなければならない。


 だが、もし分裂病をなくすことができるのであれば、今まで使ってきたものをそのまま使い続けることができる。




 討論会が、白熱する。




 分裂したら困るというのか。


 分裂した我々を排除しようというのか。


 分裂した我々にもできる事はある。


 分裂することを止めようというのか。


 分裂は悪なのか。


 分裂した我々は悪なのか。




 分裂を止めることができるのであれば止めた方がいいだろう。


 分裂して人類が小さくなるのは遺憾である。


 分裂により余計な作業が生まれるのは至極無駄な事である。


 分裂がおさまれば一番宜しい。


 分裂が続けばやがて人類は滅亡する。


 分裂することは悪である。




 剣呑な空気が流れるようになってゆく。




 大きな人間による1/10病の研究は、小さな人間を、排除して行う事になった。


 研究機関から排除された小さな人間は、小さな人間たちで集まって研究を始めた。




 大きな人間の研究所に、未分裂の人間が、集められることに、なった。


 未分裂者は、随時研究機関に訪問し、職員との面談をせねばならないと、義務付けられた。




 記念すべき、一人目の面談者は…どこか虚ろな目をした、若い、女性。




「あなたは、どうして分裂しないのでしょうか?」




 女性は、ぼんやりした面持ちで、答えた。




「あたし…リスカしてて。頭、痛くなったから、分裂しそーって思って。でね、ぼーっとしてたら、手の平ふくらんできたから、カッターでぶっ刺したの。それじゃ、ないかなー?」




 顔を、見合わせる、研究者。


 もしや、これは、重大な…証言なのでは?


 続く面談者のほとんどは、特に気になる情報をもたらしてはくれなかったが。




 八人目の、若くて、気弱な、青年が。




「あなたは、どうして分裂しないのですか。」


「…僕は、自分が嫌いで仕方がないので。どうしても、分裂したく、なかったんです。ですから…その。」




 答えにくい部分もあると思った職員は、1/10病の謎を紐解くために、言葉を、紡ぐ。




「あなたの前に面談した女性は、分裂しそうになった時に刃物で削り落としたと言っていました。」


「!!!僕以外にも、そんなことをする人が!!」




 十一人目、中年の、化粧の濃い、女性が。




「あなたは、どうして分裂しないのか、心当たりはありますか。」


「うーん、潰しちゃったからかなー?あたしニキビとか潰したくなるタイプでさ、左腕にプチってできたやつ、どうしても潰さずにいられなかったって言うか!!!」




 三十人目、壮年の、タバコくさい、男性が。




「あなたは、どのように自分の体から分裂する箇所を破壊したのですか。」


「俺はさ、工事中に分裂が始まったんだわ!!驚いて屋根から落っこちちまってよう、まあ二階だったから平気だったんだけど!そん時にさあ、しこたまデコぶつけて!!血が飛び散ってエライ事になっちまった!!!」




 分裂開始直後にダメージを与えることで、分裂を阻止することが可能らしいと分かった。




 面談は、引き続き行われた。


 調査すれば調査するほどに、1/10病で分裂させないためには、分裂開始箇所を傷つけるという行為が有用であるという信ぴょう性が高まってゆく。






 調査を開始して、しばらくたったある日、事件が、起きた。




 自分殺し事件の、発生である。




 犯人は、とある研究者であった。


 分裂体とともに、薬品の研究を行っており、二つの頭脳を生かしてずいぶん画期的な発見をしていたようだ。


 だが、研究内容で激しく口論となり、貴重な研究結果をすべて消してしまった自身の分裂体に腹を立てた犯人は。




 小さな自分の首を絞め、殺害し。




 翌日、小さい研究者がいないことを不審に思った同僚に激しく問い詰められ、自白し、連れ添われて、警察に出頭したので、ある。




 この事件は、大騒動の発端となった。




 犯人の、身長が・・・伸びていたので、ある。




 分裂体を殺せば、元の身長に戻るらしい!


 分裂体が死んでくれれば、背が伸びる!




 分裂体が死亡したのは、この事件が初だった。


 そもそも分裂病にかかるのは、若い世代ばかりである。


 分裂体は保護されてしまえば、普通に暮らすことが可能であった。生活環境さえ整えば、健康な分裂体は死亡することがなかったのである。






 …分裂体が死んだら、背が伸びる?




 …果たして、そうだろうか?




 そんな疑問が、研究機関の職員に芽生えたある日、とある男が、研究施設を訪れた。


 男はその日暮らしをする、路上生活者であった。


 研究機関を訪れることで5000円の協力金を得る事ができると聞き、やってきたのである。




「あなたは、どうやって分裂箇所を…」


「…あのよう、ここで話した事ってよ、警察とかに、言う?」




 職員同士が、顔を見合わせる。


 …なにも言わずに、頷き合った。




「いいえ、言いません。…何が?」


「俺っち、分裂してよ、食うもんもないのにさ、腹減ったってうるせーからよ、潰してやったんだわ。で・・・」




「で?」


「・・・俺っちもさ、腹が減ってたまんなかったんだべ。」




「腹が、減って?」


「うん…茹でて、食っちまった。」




 この、証言を聞いた職員は、件の犯罪者に、面談を希望した。




「ええ…。証拠隠滅に、圧力鍋で煮て…食べ、ました…。」




 犯罪者は、供述では遺体をゴミ袋に入れて捨てたところ烏が持って行ったと話していた。


 だが、実際は…肉を食らい、骨はミキサーで砕いて植木鉢の土に混ぜたらしい。




「これは…エライ事だぞ…!!」




 分裂すれば、1/10サイズに、9/10サイズに、なる。


 分裂した、1/10の自分を補食すれば、元の大きさに、なる。






 この衝撃の事実を、公表するのかしないのか。




 何度も何度も、討論がなされた。




 慎重に、慎重に事をすすめねば、倫理的に、人道的に、騒ぎが大きくなってしまう。




 討論が重ねられる最中、1/10病の分裂阻止の方法が公開されることになった。


 恐ろしい病気の対処方法が判明することで、世間が落ち着くことを狙っての事だった。




 分裂を選択できることが判明し、いくぶん騒ぎは落ち着いたように見えた。


 だが、真夜中、寝ている間に分裂してしまえばどうにも手の打ちようがなかった。






 研究施設の配慮は、ある日突然、打ち砕かれた。




 アンダーグラウンドなサイトで、路上生活者の行いが、大々的に取り上げられたのである。




 腹の減っている者は、あの一人だけでは、なかったのだ。




 連日続く報道。


 暴走する情報。


 白熱する討論。




 やがて、おかしな説が界隈を賑わせるようになる。




 食らう人体は自分のものでなくてもいいらしい。


 余分に食えば大きくなれるらしい。


 食えば食った分だけ頭脳明晰になるらしい。




 暴動が始まる。




 自身を売りに出すものが現れる。




 狩りが始まる。




 正義の味方が現れる。




 おかしな法案が可決される。




 分裂体の立場が悪くなる。




 分裂体の不満が溜まってゆく。




 混沌の時代が始まる。






 皮肉なことに、身売りをした者たちから得た材料で、研究は進んだ。




 他人の分裂体を食べても、大きくなれないことが分かった。


 他人の分裂体を食べても、意味がないことが分かった。




 やがて、1/10病の、二波がやってきた。




 一度分裂した人が、また分裂し始めたのだ。




 二度、三度と分裂するものが現れ始めた。




 働き盛りの世代が、どんどん、小さくなってゆく。




 分裂した者と、分裂していない者の断絶が、どんどん大きくなってゆく。






 分裂体は、大きな人間たちから排除された後、黙々と研究を重ねていた。




 これからおそらく、人類は縮小してゆくはずだと、結論付けていた。




 いずれ、近いうちに、食糧難が起きるだろう。


 作物は、分裂していない人間でなければ、収穫できない。


 収穫できる人間は、やがて加齢により数を減らす。




 分裂前の世代に、労働させなければならない。


 …やがて、身を小さくする、仲間。




 老いた分裂できない世代が、邪魔になる。


 …いつまでたっても、小さくなれない、食料を無駄に消費する、敵。




 小さな体で、収穫できるノウハウを今のうちに培っておかねばなるまい。




 分裂体の二世が、誕生し始めた。




 これから、分裂体の時代が始まる。




 これから、世界を作るのは、自分達だ。




 大きな体など、実に不経済極まりない。


 小さくなれば、実に機能的ではないか。




 大きな人間が、これ以上小さくならぬよう、分裂した自身を喰らおうとしたように。




 小さな人間は…無駄に生きながらえている、大きな人間を喰らってやろうと目論んでいる。




 大きな人間は、小さくならないよう研究を重ねるのに精いっぱいで、小さな人間の目論見に気が付かない。






 小さな人間が、大きな人間を刈り始めるのは、そんなに遠くない、未来の事に、違いない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

分裂 たかさば @TAKASABA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ