第42話 チグハグだから
ヒュノを助けた後、先を進んでいると広い空間へたどり着いた。長方形型のブロックが綺麗に敷き詰められており、観覧する席や豪華な席まで用意されていた。
「ここが旧闘技場跡か……」
「闘技場として使われていた年代もあったが、もっと昔は演劇鑑賞や音楽鑑賞といった国王の道楽にも使われていた時代もあったようだ。どうだ、気に入ったかい?」
淡々と俺達に話しかけてきたオクトー。穏やかな笑みを浮かべながら紳士的な振る舞いを見せてきた。
ただ、周りに転がっている騎士兵団の負傷者がたくさんいるにも関わらず平然と案内をしてくれている様子に異常さを感じずにはいられなかった。
彼等はこの旧闘技場で武芸を研いていたわけでも稽古に励んでいたわけでもない。オクトーのすぐ後ろにいる禍々しい黒いオーラを放っていた化物にやられたであろうことは容易に想像がついた。
化物はボロボロではあるが翼もある。龍としては骨格が細いような印象を受けるが、城に来る前と対戦した神獣とはまた違った驚異を俺は感じていた。
「いや、俺は気に入らないな」
「おやライザ君、それは心外だ。この場所はね、地下にありながら、そとの光や空気も取り込めるように天井が開いているのだよ。開放的だろ?」
嬉しいそうに紹介を続けていた。確かに、地下にありながら採光を考えた設計にしているのは見事だった。閉塞感を一切感じない。
しかも、城内からはこの空間が一切見えないような造りにしているのは流石だ。通りで城通の俺でもこの場所を知らなかったわけだ。
だが、気に入らないのは事実。
「ヒュノを拐うような真似をし、お仲間さんの騎士達を傷つけて、王まで襲って……一体何がしたかったんだ」
「おや? モルファルトにお会いになられましたか。彼は実に
「それで? 後ろにいるペットがいると、そこまで強気でいられ……」
俺がそう発言したときに急に意識が低迷し膝から崩れ落ちそうになった。酔いとは違う。眠気でもない。だが急に意識が朦朧としてしまった。ヒュノとツクモは心配して掛けよってくれていた。
「どうですか私のペットの力は?」
「ラ、ライくん、あれは神獣オネイロス。意識を奪う能力があるの。この地下にずっと眠っていたんだけど、私の力で起きたの」
「そう!! この悪魔じみた能力のあるコイツは鎖に繋がれたままずっとこの地下牢に幽閉されていたのさ」
神獣オネイロスは意識を操る神獣でずっと眠りの状態で長い年月を過ごしてきたらしい。タールマイナの騎士兵団が過去に捕え、そしてこの場所で封印していたのだろう。
「……なる程な。神獣を操る首輪でオネイロスを操作する為には1度起こす必要があった。だからヒュノを連れ去ったというわけだな」
「ご明察。オネイロスの個体そのものは弱い。現に昔の騎士兵団で捕縛に成功したくらいだからな。ただ、能力は素晴らしい」
「オネイロスは、相手の意識を減らす技『ゲイン』と相手の意識を食べる技『バイト』があって、食べちゃうとその分強くなっちゃうの~」
流石ドルミーラ教のヒュノさん。神獣には詳しいな。
「だが、誤算もあったさ。ドルミーラ教の人間にオネイロスを起こしたいから協力してくれと村に頼みに行ったが、顔色を変えて頑なに拒否をされてねぇ……」
「まさか……お前がヒュノの村を……」
「えぇ。脅せば神獣を起こせるクラスの人間をこちら側に渡してくれると思ったが抵抗されてねぇ。オネイロスの件も知られたわけだし、彼等がオネイロスを操りでもしたら不利になる。だから」
「……だから何だ。オネイロスを奪われる前に村を襲って全員を殺したって言うんじゃないだろうな? お前がドルミーラ教の根も葉もない噂を流したんじゃないだろうな?」
俺は怒りに我を忘れそうになる。ドルミーラ教が一体何をしたっていうのか。
彼等は神獣を眠らせ操ることができる。神獣が活動を活発したことに伴う他のモンスターのスタンピードを発生させない為に、彼等は力を行使してきてくれた。
ただ、ここ数年。間違った解釈による歪んだ認識が広まったことで、ドルミーラ教に恐怖していた人間がいたのも事実。
だからって、殺していいはずがない。
「それがどうしたのかね。過ぎた事に執着するのは弱い証だライザ君。たとえ始まりが嘘だったとしても、後に大多数が認識すればそれこそが今の正であり、これからの正義だ」
オクトーはオネイロスに乗り大空へ飛び立った。
「ヒュノ、行こう! ヒュ……ノ?」
ヒュノはいつも笑顔の絶えない子だ。
寝起きてすぐの時もそう。
なかなか売れなくて困ったときもそう。
調理に失敗して丸焦げになったマンドラゴラを申し訳なさそうに摘まんでいたときもそう。
いつもいつも絶えず笑顔のまま俺に話しかけてくれていたヒュノ。そんな彼女の目に涙がつたっているのは許しがたい光景だった。
「私……村を襲った人を助けちゃったの?」
俺は無言で抱き寄せた。どんな言葉をかけたところでヒュノを笑顔に変えるような魔法の言葉を思い付かなかったからだ。
俺は……嘘が苦手だ。
「止めよう……アイツを。ヒュノはここで待っていてほしい。ドルミーラ教が悪いのではなく、オクトーが大悪党だったって事はこの城内にいる騎士兵団のみんな全員が気づいてくれたはずだ。誰ももうヒュノを拘束したりしようとは思わない。ツクモ、ヒュノに傍にいてやってくれないか?」
「貴方は本当に行くの?」
「あぁ、生きている限りな。親父の名誉もドルミーラ教も全て奪ったアイツを許すわけにはいかない」
「では、俺様も同行させてもらうことにしよう。君1人で神獣狩りは心細かろう」
俺達の背後からファゼックの声がした。
「良いのかよ。表舞台には立たないって言って勇退した元騎士兵団のあんたが現騎士兵団側に歯向かって大丈夫なのかよ?それにその腕……」
違う。本当はそんな綺麗な幕切れではないことくらい俺はしっている。ファゼックは俺の親父を慕ってくれていた。
いつも困難な局面であっても親父と切磋琢磨して剣の技術を磨いていた彼。これからファゼックが騎士兵団を牽引するであろう未来が直ぐそこまでやってきていたのに突然辞めたのだった。
恐らく理由は親父だ。あの日、当時の王の忠告を聞かず兵を集めドルミーラ教について調査へ行き、親父以外が亡くなって帰ってきたときからファゼックの様子はガラリと変わってしまった。
「何だ、俺様程の加勢はそうそうに見つからないぞ?それに……」
「それに?」
「んや、何でもねぇ。さぁ、勝てる見込みなんてねぇが、ヤギー・アロンサードノイルドの倅をみすみす殺すのも腑に落ちねぇしな」
「そう簡単に死にはしないさ。さぁ行こ」
「待って」
「どうしたヒュノ」
「……私も連れて行って」
「いや、それは出来ない」
「どうして、ライくん」
真っ直ぐな瞳が俺を見つめる。俺の心の中まで浸透してきてしまいそうなくらいだ。
「ヒュノを失いたくないからだ」
寝ている間に何度も何度も俺の心に侵入してきているヒュノ。彼女に対する気持ちなんて本人に気づかれていることは言うまでもないだろう。
俺はヒュノを悪者だとは思っていない。ドルミーラ教も悪だとは思っていない。だからこそ失いたくない。ここで死んでほしくないからだ。
「俺はまだドルミーラ教が何なのかを正確には理解していない。ただオクトーのせいでドルミーラ教が消滅するのは避けたい。ヒュノが生きていてくれさえすれば、きっといつかは……」
そのとき……
俺はヒュノに優しく抱きしめられた。
「そう言って私を助けてくれたのに、私を置いてライくんが死んじゃったらどうするの?……幼かった私を神獣から救ってくれた貴方のお父さんのように」
世界の音が消滅し、ヒュノの口から出た言葉だけが俺の体内へ侵入してきた。
俺の親父はヒュノと会ったことかある。そしてヒュノを助けたことがある。そんな俺の知らない事実を突きつけられた俺は、ヒュノの抱擁の本当の意味を少しずつ理解していった。
親父はヒュノを助けていたって事は、俺がヒュノを匿っていた事が間違いじゃなかったって事だったんだ。
歴史を跨ぎ、世代を通して、真に護りたいモノが共通していることが今繋がった。
見えない糸だ。か細く、いつでも切れそうだった。だが、決して自ら切ろうとは思わなかった。何に繋がっているかもわならない。
だが、繋がっていたのは、大好きだった親父が命をかけて護ろうとしたモノだった。
「お願いライくん、私も連れて行って。私が生きているのは、こうしてドルミーラ教が存続していたのはライくんとお父さんのお蔭なの。だから、私の全てを貴方に捧げたいの。一番近くで、貴方を見ていたいの。だから……」
「……わかった。行こうか!!」
「すぐに向かいましょう! グズグズしていたら街の商業が駄目になっちゃうわ」
「ツクモも来てくれるのか?」
「当たり前でしょ? あんたたち2人を野放しにしたら、また変なオカルトグッズが街に蔓延するじゃない。私が強く監視していないと」
ツクモも何かがふっきれたようで、ヒュノの手を握り2人で見つめあって頷いていた。
「追いかけよう。街は俺達で救おう」
街中で恐れられているドルミーラ教の教祖と、街中で嘘つき呼ばわりされていた俺。そして、神獣狩りを得意としていた片腕の無い元最強騎士兵団と、街の商業の要である商工会の会長の娘。
これから神獣狩りを行うギルドとしてはチグハグすぎる面々ではあるが、一切の迷いは無い。
俺達4人は無心で城内から飛び出し神獣を追った。
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