第41話 眠り姫
「ゼクエス様も国王様も言っていた、城の地下……ここが」
地下に到着したツクモは、広さに驚いていた。王城に地下が存在していることは一般人はまず知らない。地下の運用方法は代々の国王の考え方により異なっているそうだ。
戦を第一に考えていた王は、騎士兵団同士を闘わせる闘技場として。また違う王のときはタールマイナ内で悪事を働いた者の処刑スペースとして。
そして、現在タールマイナを統治しているモルファルト国王も今までの国王とも違った使い方をしている。
国王は戦について重要視してはおらず、隣国への圧力や、領土拡大といった行為は無縁だった。
その為、この地下には現在、使わない武器や食料を貯蔵する場所として活用されていた。多くの武器や食料が種類ごとに整然と保管されているが、俺達は先を急いだ。
処刑するための人間を留めておく為の牢屋が続いている。
奥に進めば進む程、想像してしまう光景が俺達を出迎えた。牢屋内に拡がる黒ずんだ液体の跡。恐らくこの場所で無惨に殺された者がいたのであろう。良く見れば拷問する為の機器やアイテムが転がっているのに俺達は気づいた。
「あまり見ていて、いい気分にはならないわね」
「そうだな。国王がこの場所に連れて来られていなくて安心した。ヒュノも……」
『ヒュノもこの場所に連れて来られていなければいいな』
そう願っていた瞬間、俺は自分の眼を疑った。牢屋内にヒュノが横たわっていた。
「ヒュ……おい、ヒュノ!!」
「あの娘よ!!」
俺達は鉄格子からヒュノの姿を必死に覗く。ピクリとも動いていない様子に動揺する。
殺された……のか。酷い拷問を受けたのか?
脚は切り落とされてはいないか、腕は?
焦る俺。格子には鍵がかかっており、中へ入れない。鍵を壊す為、おもいっきり蹴ろうとしたが、ツクモに静止するように腕を捕まれた。
「落ち着いて。こんなところで大きな音を立てて、騎士兵団に気づかれたらどうするのよ」
「すまない。でもヒュノが、中には鍵が」
「安心しなさい。簡易錠のようだから私の魔法で開くかもしれないわ」
『アンロック』
歯車のような幾何学模様が簡易錠の前に小さく現れた。藍色の光を放ちながらツクモの声と共にゆっくりと回転したときカチッと乾いた金属音がした。
「解除できたわ」
鉄格子の扉が開くなり俺は一心不乱でヒュノに掛けよった。
「おい、ヒュノ、ヒュノ!!」
どうやら腕や脚は斬られていない。見えていなかった腹部や肩にも出血の跡もない。着衣の乱れもなく、ヒュノの顔も穏やかそうにスヤスヤと寝息をたてていた。
そう、眠っていたのである。
「んにゃ……神獣って、意外に淡白かも~」
ヒュノめ。夢の中で神獣を喰っているらしい。夢が叶って良かったじゃないか、
所詮、それは夢の中限定ではあるがな。
心配してかけつけた俺達がマヌケのように思えて仕方ない。ヒュノが平和呆けしているのか、それとも俺やツクモが戦闘脳なのかは知らないが、少なくとも今はもっと緊迫した場面であってほしかった。
このままでは、意識不明の重体だった国王が不憫でならない。
仮に、このままお亡くなりになったら、ヒュノは祟られそうだな。
そして、祟ろうと近寄った瞬間にヒュノに『わぁ~ゴーストモンスターってどんな味がするんだろう~』とか言われながら食べられちゃうのだろうな。
そんな事はさせない。
俺はこれ以上事態をややこしくさせないよう、ヒュノの身体を揺すった。
「おい、ヒュノ起きてくれ。このまま寝ていたらツクモに噛みつかれるぞ?」
「それは嫌ぁ……あれ? ライくんにつくもん、おはよ、ふぁあ~~」
食事の夢の途中に起こしてすまないな。でも今は現実世界の方が緊急事態なんだ。
「現実世……ふぁあ! そうだ~大変っ。街が消えちゃう」
起きるなりイソイソと心配事があるのか慌て始めたヒュノ。取り敢えずヒュノが何故この牢屋で独り寝ていたのかを尋ねると「オクトーと地下に隔離されていた神獣を眠らせていたら、用済みだ」と言われたらしい。
殺される可能性もあったので自ら牢屋に入り鍵をした後、握りしめたまま寝ていたそうだ。
「ま、ヒュノが無事で居てくれたからそれでよしとす……」
無事を知るなりツクモは無言でヒュノに抱きついていた。ヒュノも何かを察したのか何も話さずツクモの頭を撫でている。
ヒュノと知り合い、お互い言葉を交わしてきた事でヒュノの人柄に触れてきたツクモ。
母がのめり込んだ宗教の教祖もヒュノ。
様々な感情が入り交じりながらも最終的にはヒュノを助けるという選択肢を自ら選んだ。そこに言葉なんてものは必要ないのだろう。
俺もそう。ドルミーラ教により親父の名誉は塵と化し、息子である俺も不遇な人生となった。だからと言って、ヒュノを嫌う理由にはならなかった。
「さ、再会出来たから帰ろうかと言いたいところだが、俺達にはまだやらないといけない事があるらしいな」
「そうなの!! 街が消えちゃう。早く何とかしないとっ」
「街ねぇ……。街の人間はドルミーラ教の事を良く思っていなかったり、怖い存在だと認識している者が多い。それでも、この街を何とかしたいって思ってくれるのか?」
我ながら意地悪な質問だと思う。ヒュノの力さえあれば、この街の者を眠らせて支配することも出来るし、直接手を汚したくなければ、このまま逃げるという手段も残されている。
実際、俺はヒュノを救出したあとはタールマイナを離れ違う土地まで逃がすことになるだろうと思っていた。ヒュノを拐う者がいる街に留まる理由なんて何一つないからだ。
それでも彼女は……
「もちろんっ! 神獣を大人しくさせて、また不定期市でライくんの商品を売らないとっ!!」
「売りたい? 俺が徹夜で作ったB級品をか?」
「うんっ! 誰でも使えて、効果があって、何の分け隔てもなく皆が平等に幸せになれるんだよ。そんな幸せな商品は他に見たことがないよ」
妙な光景だった。これまで俺は何者にも成れずにいた。憧れだった親父のように、俺も街を護りたいと願い鍛えてきた。
だが、ドルミーラ教を庇う言動をした事で俺は騎士兵団と疎遠になってしまった。亡くなった母親が残してくれた工房で誰もが認める鍛冶屋になろうと意気込んだが、俺が作る物は必要とされなかった。
嘘偽りのない笑顔で俺の商品を良いものだと後押ししてくれる。ヒュノのそんな表情を疑いつつ受け流しているときもあったが、今は心の底からありがたいと受け止められる。
1人でも俺の作った
ヒュノの話ではこの奥にオクトー達と神獣がいてサフデリカ国を侵略しに行く準備をしているとのこと。
神獣を止める? 俺達が?
良いじゃないか。大好きだった親父みたいで血が騒ぐ。
「さぁ、ヒュノ、ツクモ。神獣を攻略しに行きますか」
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