第40話 再会と窮地

「チェック……また、クリアだわ」


 静まり返った王城内でツクモの声が響く。大きな声を出しているわけではない。俺達の足音さえ聞こえてくる程の静寂に俺達はポツンと存在している。


 ツクモは近辺に敵や生物の気配がないか索敵魔法を使用してくれている。


 だが、色々な場所で何度使用しても反応はなかった。索敵魔法は殺傷能力はないが立派な魔法だ。使用すればする程魔力は消耗する。出来れば無駄打ちは避けたいところではあるのだが、潜入しているという立場上優位性は担保しておきたい。


 タールマイナの騎士兵団は2000人を越える。全員が上級冒険者と同等の強さとまではいかないが、全体の4分の1くらいは手練れと呼べる程の強さを兼ね備えている。


 俺の親父やファゼックことファ・ゼック・エスパールドが騎士兵団に所属していたときが騎士兵団史上最強だったことは言うまでもない。


 騎士兵団で異彩を放っていた猛者達が牽引していた時、いわゆる黄金時代って奴だ。それを束ねる者として俺の親父は騎士兵団の長を務めていた。


 親父達の世代に憧れて次の世代の若者達が多く入隊したのは言うまでもない。


 だが、今は誰1人として遭遇しない。静けさだけが支配していた。


 騎士兵団だけでない。王城にいる筈のお世話係や料理人、王都関係の役人の姿もなければ、王様さえいない。


「玉座も誰もいない。どうなっている、この城は」


 王が不在の城という異常な状態。陥落した城を見学しに来たような気分にさせられる。


「ゼクエス様が嘘をついたという線は無いの?」

「んや、ファゼックが冗談好きだが嘘はつかない」


「嘘つきライザって呼ばれている貴方が言うのだから間違いないわね」

「おいおい。皮肉が過ぎるぞ?」


「疑ってはないわ。貴方の言葉に嘘は無い。貴方が言った『お母様がドルミーラ教に出逢えた事で救われた』って言葉を嘘にはしたくない」


 ツクモの表情に迷いは無かった。ヒュノを助ける事に何の躊躇いもない真っ直ぐな瞳を向けていた。


 実直であり素直であり、少し頑固なところはツクモの良いところである。


「ゼクエス様は王城の地下へ行きなさいって仰っていたわ。貴方はヤギー・アロンサードノイルドの息子なんでしょ? 行き方はわからないの?」


 なかなか無理難題を俺にぶつけてくるツクモさん。俺が王城へ遊びに来ていたのは身長が今より半分くらいの幼かった頃だぞ。記憶がないわけではない。


 内装は少し変わっているような印象を受けるが、構造事態は大きく変化していない。俺が小さい頃、城内を走り回って遊ばせてもらっていた時に偶然見つけたルートがあった筈だ。


「ツクモ。ここから行くぞ」

「何行ってるの。ここ普通に壁よ?」


「大丈夫。一番したの窪みをゆっくり押せば、ほら……」

「……あはは。えっと……冗談で言ったつもりだったんだけどな」


 ロックが外れた壁は可動式の回転壁へと様変りし、人1人分が通れるくらいの僅かな隙間が出現した。


「このルートは俺か国王くらいしか知らない国王専用の裏ルート。かくれんぼしていた時に偶然見つけてしまってな。国王に後で謝りに言ったら許す変わりに秘密にしとくようにと忠告されている。だから、ツクモも内緒にしておいてくれると助かる」

「『城内でかくれんぼ』ってあんた、ヒュノに似て、なかなかぶっ飛んでいるわよ?」


「いやいや、止してくれ。あの規格外の教祖さんと一緒にされては困る」

「どっちもどっちよ……」


 国王のみが知っている裏ルート。代々、旧国王から新国王へ口伝により密かに受け継がれていた秘密の隠し通路とのこと。ツクモに事情を話したところで呆れてばかりいた。


「国王同士しか知らないって、それ逆に危ないわよね」

「ん、何故だ?」


「だって、旧国王が知っているのであれば、国の一大事の時に国王がこのルートを使用していたら、旧国王から命を狙われかねないじゃない」


 ま、仰る通りで。この通路内で寝ていたり発作が起きたとしても誰も助けには来てくれないからな。


(ライザっ! 誰かいるわ)


 声量を落としつつも俺の袖を引っ張り隠れることを促したツクモ。ツクモが唱えてくれた視力強化魔法の恩恵を受けている俺だったが、まだ確認できずにいた。


 様子から察するにツクモには本当に見えているようだ。同じバフ魔法を受けていたとしても、元々の能力値に差があったようだ。俺も視力や索敵範囲には自信があったが、ツクモは俺よりも優れているらしい。さすが上級冒険者の器といったところだ。


(ツクモ。これから徐々に近寄って確認しようと思う。背後……頼めるか?)

(頼まれなくても勝手にそうするわよ)


 頼もしい返事でありがたい。ここは隠し通路。通常の通路と違い大人5人が横並びに歩けるくらいの幅しかない。高さも3メートルあるか無いかといったところだ。


 王独りが緊急用に使うルートという点では全く狭いとは感じないだろう。


 だが、今は違う。こんな場所で戦闘となれば狭いと感じる程の空間だ。隠し扉以外に窓も無く、突き当たりの出口である隠し扉までは一直線。


 敵に挟みうちにされれば逃げ場所はなく、高火力の魔法を発動された際には避ける空間だってない。


 遭遇すれば即終わりの状況。ツクモを捲き込んでしまっている後悔の念が自分自身を責め立てているが、今は冷静に考える事だけに集中するように必死に言い聞かす。


 ただならぬ緊張感に押し潰されないように歩みを徐々に進める。僅かではあるが俺の眼でも人らしき物体があることに気づけるようになった。


 俺の脈を動かす音がやけに大きく伝わってくる。『沈まれ』だなんて都合のいいお願いを俺はしない。嘆願1つでコントロールできるのであればそもそも悩んだりもしない。最大の警戒の中、近づくと眼を疑いたくなるような状況が起きていた。


「こ、国王。モルファルト国王!!」


 弱り果てた国王の姿がそこにはあった。


「ラ、ライザ君か……そうか、この通路は私と君との……ゴッフォッ……」


 かなり弱っている様子に俺は取り乱した。


 モルファルト国王は何者にも屈せず何事にも動じない姿が印象的なお方だ。まさに、この国の象徴を体現するような人物だ。そんな国王が今まさに俺の前で弱り果てていたからだ。


「彼等を……騎士兵団を……止めてくれぬか。地下だ。頼……」


 虫の息なのは言うまでもない。腹部の傷が重症であり、ここから移動させようにもこれ以上負荷をかけられない。


「ライザっ……どうするの……」


 ツクモの言いたいことはわかっている。俺やツクモは回復術師でもなければ、医術を修得した者でもない。ただの下級錬金術師と商工会長の娘にできる事なんて何もない。視線を落とし、項垂れた。


 そのとき……


 俺はアイテムバックの膨らみに気がつく。いつもとは違う。普段ならここまで膨らむような収納を俺はしたまま出歩くことはない。この膨らみは、ここへ来る途中に生じたもの。


 予期せぬタイミングで渡されたモノがこの中にしまわれていた。


「そうだ、薬だっ!!」


 高濃度の回復薬は市場には出回らない。生成するための上級素材の確保が難しい点と、何より生成が成功する確率が極めて低い点の2点が大きな要因だ。


 その為、高濃度の回復薬は高額で取引される事が多く、一般的な市場で販売されているのを見た事が1度あるか無いかくらいの頻度だ。


 ファゼックから貰った餞別。もう助かる見込みがあるのかも未知数だが、ここで出し渋れば一生後悔しそうだと思ったおれは躊躇わず国王の為に使った。


 傷口が徐々に修復され出血も収まったようだ。荒れていた呼吸も安定してきており、肩で息をしなくなるまでに落ち着いてくれた。


「国王は助かりそう?」

「さあな。このまま死ぬ可能性もあるだろうけど、今は安静が一番だろう」


 国王と遭遇して傷の手当てをするまでの間も、誰とも遭遇しなかった事を鑑みるに、国王は怪我を負って以降ここへ1人で逃げ込んで来たのであろう。


 さすが代々伝わる国王専属の隠し通路。変にここから連れ出すより、国王の容体を最優先に考えてあげる方が良さそうだった。俺達は意識を失っている国王を後にし、先を急ぐことにした。

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