第43話 操られし神獣オネイロス
「酷い……ここももう……」
街の様子が浮き彫りになるにつれてヒュノの口数も徐々にではあるが減ってきていた。
目を覆いたくなるような家の残骸が現れてきたからだ。タールマイナは年に数回程、天候不良による自然災害が稀に発生することはあるが、ここまで焼け野原に近い状態になるのを俺は見たことがなかった。
人々は右往左往し、泣き叫ぶ声が後をたたない。他国が街を侵略してきたような惨事と類似するが、まだその方がマシかもしれない。今後街に危害が及ぶ場合、事前に周知する時間的余裕があるからだ。
今は違う。
街のど真中に突如神獣が出現し、街を襲っている。厄災以外の何物でもない。嘘のような現実が街を支配し、そして滅ぼそうとしていた。
「いた……西の広場だ」
普段は不定期市が開催される場所。俺達にとって馴染みのある場所であり、俺の作ったアイテムや装備が物々交換や販売で人の手に初めて渡った大切な土地。そんな感慨深い所を踏みにじるかのようにオクトーと神獣オネイロスは佇んでいた。
「来ましたか……この街から逃げていれば後回しにしたのに、残念ですね……」
「目覚めた神獣を操れるあんたが、俺やヒュノ、ツクモの3人くらいあの場で殺しても良かった。それでも、街へ繰り出す事を選んだ」
「ライザ君。君は何が言いたいのです?」
「いやぁ簡単な話さ。『後回し』にしたんじゃない。このままでは負けると思ったから逃げただけだ。ヒュノの力を借りてお目当ての神獣を目覚めさせたは良かったが、まだ非力だと感じた。だから時間を稼ぎたかった。粗方そんな所だろう……何か違ったか?」
「はっはっは。その類い稀な洞察力!! ライザおめぇはやっぱり親父さんと一緒じゃねーか。昔の騎士兵団の頃を思い出すぜ」
ファゼックは何故か嬉しそうに武器を構え直していた。やる気が漲っているようで嬉しいが、俺を親父と重ねるのは止めてほしい。
俺は親父のように強くもなければ、長けた鍛冶スキルをもちあわせてもいない。伝説に名を残せない、いち一般人だ。
「名高いゼクエス先輩の言うとおり、推察の粋を越える見事な導きですね~。ただ、今更答えがわかったところで、私の勝機が無くなるわけでは有りません」
今のオクトーの言葉はブラフ等ではなかった。先程から犇々と感じる神獣からの殺気。相手の能力を把握できる補助魔法を施されているからではない。
感じるんだ。
生物として本能的に感じる圧倒的な恐怖の渦を。
『一度接近すれば、2度と生きて帰ることが出来なくなるだろう』そう感じずにはいられない力の熱量差。
能力値を視覚的に容易に比べることが出来る手法が仮にあったのであれは、他者に対し伝えることは可能だが、出来そうにもない。
その代わりとして最適な言葉がある。
『怪物』
オネイロスから感じる威圧感は、これまで遭遇したどのモンスターよりも強く、そして鮮明だ。
「確かに、城内で遭遇時とは比べ物にならないな。街を襲うことで強くなったのか?」
俺からの問いかけには応じてくれず、笑みだけを返してきたオクトー。図星とまではいっていなさそうだが、遠からずといったところであろう。
「では、質問好きの皆様の為にお見せする事に致しましょう」
「……!! 皆避け……」
ただならない悪寒を感じた俺は仲間に退くように伝えようとした。
しかし、力が抜けたような感覚に襲われた俺は最後まで声を張り上げる事は出来なかった。
その場で倒れこむ俺。俺だけじゃない。気がつけばヒュノやツクモ。それにファゼックまで同じように膝をついていた。
「これが、相手の意識を削り取る『ゲイン』って奴か……」
「おやおや。騎士兵団に成れなかった貴方のような『出来損ない』に技の正体まで見抜かれるとは大したものですよ、おほほほほ」
「お世辞どーも。ヒュノから事前に教えてもらっていただけだ。予習した内容がテストでたまたま出ただけの事だ」
だが、わからないことだらけではあった。
オネイロスの初動こそは見抜いたものの、いつ発動されたのか。そして、どこまで有効範囲なのかはわからない結果となった。
最後列にいたツクモでさえ『ゲイン』の餌食になったのだから、有効範囲はオネイロスを中心とした直径20メートルくらいだろう。
理解したからといって対処できるかはまた別問題。朦朧とする意識をグッと堪えこの場に有り続けようと神経を尖らせた。
願いに似た反抗心で踏み留まる事に何とか成功はしたが、驚く程体力が低下していることに驚いてしまった。
他の皆も俺と同じような想いを抱いたのであろう。笑えないようなスキルに対し苦い表情を浮かべていた。そして、ゲインを受けた誰もが頭に過ったことだろう。
『神獣を止めることができるのか?』
神獣からの重い一撃。見事に俺達の威勢を粉砕した形となった。
「マズイ……嬢ちゃん等大丈夫か? 2人とも退いて体制を整え……」
ファゼックはヒュノとツクモの事を気にかけてくれている。
だが、ここで背を向けたら……
「駄目だっ!」
俺はファゼックの指示を無視し神獣オネイロスに斬りかかった。俺からの攻撃を予測していなかったオネイロスは虚をつかれたようで少しだけ後退した。
「ライザおめぇ、あの神獣が2段階モーションで発動しようとしていた事に気がついた……のか?」
「あぁ。だが、誰かと連携を取るより、身体の方が先に反応してしまうのはボッチの性だろうな。単独行動を許してほしい」
「許……す? 生き延びられた功績を批判する馬鹿がこの世界にいるのか? 初見であの危機を高判断で乗り切る判断力……やはり俺の見立て通りの化物だよお前さんは」
パリィの名手から褒めてもらえるのは恐縮なのだが、細かい話は酒場ですることにしよう。俺の一撃を受けていたとしても、神獣がそのままゴリ押しで攻撃モーションを続けていれば俺達は全滅していただろう。
俺の剣スキルは初級冒険者クラスの威力しかない。だが神獣は俺なんかの攻撃でさえ怯み距離を取ろうとした。
疑念が俺の頭を駆け巡る。
「クズの分際で……」
オクトーは尚もオネイロスに指示し俺達の命を奪おうと攻撃を繰り広げてきた。拡散する炎に一直線上に伸びる炎。多彩な攻撃を休むことなく仕掛けてくる。
全てを防ぎきるには無謀であり、こちらの体力は削られるという防戦を強いられた。直撃こそは免れたものの、ファゼックやツクモ程の上級冒険者であっても、かなりの体力を奪われるという結果となった。
神獣ってここまで強いものなのか。森で遇った神獣アンティオと比べ物にならないくらいに隙がない。
「いやはや、人間とは脆くて呆気ない存在ですね~何百年と続いた古き街並みも、王国を護る騎士兵団も神獣一匹の眠りが覚めたくらいで一瞬にして消し飛ぶとは……」
「オクトー……あんたはこの国を護る騎士兵団じゃなかったのかよ……」
「護る? あぁ、そう言えば所属していましたねぇ~。オネイロス目当てで成りたくもない騎士兵団に入隊し、馬鹿げた訓練に毎日付き合わされましたが……こうしてようやく手に入れたのです。これまでの苦しみ、全て許すとしましょう」
高らかに笑いつつ、同僚の死体に向かって唾を吐き捨てたオクトー。
「仲間や街の人を襲い、吸い尽くした意識のエネルギーで街を壊すだなんて、人間のする諸行じゃないな」
「ライザ君。君の考えは稚拙で浅くて、そして何より『美しくない』。街を壊す? そうじゃない。再建する為の前段階さ。私という力でこの世界全てを掌握するための美しい犠牲なのさ」
「ドルミーラ教も、騎士兵団も、街の人間も……あんたの欲望の糧になることが美しい……だって? 笑わせてくれる」
「何が言いたいのです?」
オクトーの顔つきが険しさを増していた。
「親父に聞いた事がある。生産職のスキルを極めていた親父が何故厳しい訓練に耐えてでも、騎士兵団に入隊したのかを。なんて答えたと思う?」
「死んだ人間の虚言なんて興味はありませんね」
「『この世界を滅ぼしかねない神獣が現れたら倒してみたい』と笑いながら答えた」
そう。力なき者は強者の前では絶望の顔を見せてしまう。だが、親父は違ったんだ。勝てないかもしれない強敵に会いたくて入隊していたのだ。子どもが新種の虫を見つけに行くかのように、キラキラした眼で俺の親父は言っていた。
そんな親父に言われたんだ……
『俺よりライザの方が素質は有る』と。
剣術や生産スキル、体力や筋力、そして何よりこれまでの功績……。全てにおいて親父より劣っている俺なのに、親父は自信満々で言っていた。
『神獣狩りの頂点は同僚のファゼックではなく、お前になる時代が来る』と。
俺は知っていた。誰よりも知っていた。
【親父は絶対に嘘はつかない】
だからこそ、たとえ俺が騎士兵団に入れなかったとしても、自分が生産した武器が売れなかったとしても諦めなければ、いつかは必要とされ頂点へ辿り着けると確信していた。
そして今……
俺の商品を売りたいという娘が現れ、目の前には街を滅ぼす神獣が佇んでいる。
こんな好機が来ることはもう今後ないだろう。
「悪いなオクトー、許してくれ」
あんたは俺の踏み台としてここで生涯を終えてしまう。会えなくなるが向こうに行ったときは親父によろしくな。
「ライ……ザ?!」
俺はファゼックにアイコンタクトを送ると神獣オネイロスに向かって突進した。
「あはははは!! 突進とは無粋ですね~。初級冒険者がする戦法だけはあります~。ただ謝ったからって許しませんよ。楽に死なせはしません。何度も苦しめるようにいたぶってあげますよ?」
オクトーは俺を狙わずにヒュノとツクモがいる場所へ攻撃するようにオネイロスに命じていた。
「まずはあの2人から殺しなさい!! 非力なお嬢さん2人が灰になったとき、貴方はどんな苦悶の表情を浮かべるのでしょうね~嗚咽をする美しい姿を見せてくださいよ、ライザ君?」
オネイロスの口から火炎弾が発射されヒュノ達がいた場所付近に着弾した後大きな爆発音とともに瓦礫が散乱した。土煙が周囲を覆い吹き飛ばされた街の残骸が空からパラパラと乾いた地面へと落ちてきた。地面には大きな窪みまで出来ている。
「げっはははは! 何もない、何もない、何もないぃ? 骨はぁ~、綺麗な髪の毛はぁ~、唾液さぇ~1滴残らず……イッテキノコラズぅ!! えっはははははは」
かつて不定期市で賑わっていた広場にオクトーの声だけが街中に怪しく響く。
そんな中、とある声も響いた。
「キャンセル」
ファゼックの声だ。彼がその言葉を口にしているとき、とある技が成功している。
『パリィ』
対峙する相手の攻撃を弾く技法。だがファゼックの行うパリィはそれだけではない。
相手の動作や体制など剣で触れることができる全ての事象に対して止めることができる。
不意をつかれたオクトーはファゼックの声がした方向を見た。
そこには神獣オネイロスの姿があった。しかし、先程の体勢とは違いよろけた状態で片足を浮かし首がもうすぐ地面に着きそうなくらいまで身体を倒している姿がそこにはあった。
何故、神獣オネイロスは倒れそうな体勢になっていたかオクトーはわかっていない様子だ。
俺は奴に教えてあげた。
「雑魚呼ばわりしていた俺に『足元』をすくわれた気分はどうだ?」
オクトーは俺の言葉を聞くなりオネイロスがいた足元を見た。そこにも大きな穴が存在した。
「ま、まさか……」
親父の遺品である火炎爆弾は見事だった。火力調整がしっかりとされており、火炎爆弾の規定最大火力の威力が発動された。おかげで計算通り、オネイロスの脚が吹き飛ぶことなく転んでくれたさ。
ちょうど、片脚のファゼックでも十分にパリィが出来る高さに首を下げてくれていた。
そう。首についている異物を斬ってほしいと言わんばかりの高さに。
「止めロォ!!」
オクトーの声は虚しく響く。しかしそれは無理な話。ファゼックが『キャンセル』と口にした段階で必ず技が成功するからだ。ファゼックのパリィは神獣オネイロスの首につけられていた呪いの首輪を真っ二つに斬っていた。
「……グルォォォ」
先程まで紅い眼をしていた神獣オネイロスは濃い蒼い眼をしている。何かを悟ったようで、口元付近にいたオクトーを睨み付けていた。
「……汚い鎖から解放し、お前を自由に飛ばせたのは俺様の功績があったからに他ならない。鎖は無くとも私に従いなさい。か、彼等を……灰にするのですっ」
しかし、オネイロスは動かなかった。
オクトーの息づかいは荒く、沢山の汗をかいていた。
「さぁ……命令に従いなさ……」
オネイロスの口元にエネルギーが集中している。
「わ、私の言うことを聞くのですか?! げははははは! そうです、貴方の命を救った救世主、その名はオクトー! これから世界を掌握し、神獣を操る神となる存在に成る漢なのです~えっははははは!」
高笑いするオクトーにオネイロスの口元が近づいた瞬間、激しい音をたてながら彼を噛み砕いたあと飲み込んだ。
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