第34話 遭遇

 俺とツクモでヒュノを挟むような隊列で険しい森を進んだ。真っ昼間だがモンスターと遭遇せずにここまで来れたのは、俺達より少し先を進むデスファングが全てけちらしてくれているからだろう。


 1時間もかからないうちに現場付近へ到着した。


「紅色の鎧を着た騎士……これはまずいな」「ほ? 赤いと強いの?」


「あ……あんたは暢気で良いわね~。紅の鎧はタールマイナより更に北にある国『サフデリカ』の王国騎士団よ。純粋な闘いとなればタールマイナの騎士兵団が勝てる見こみはおそらくないわ」

「戦力差までは知らなかったが、さすが上級冒険者となると闘いに関する知識量も豊富だな」


「戦場にお世辞は何の力にもならないわ……それより妙ね」


 難しい顔を浮かべたツクモ。茂みから観察をしつつも周りへの警戒は怠らなかった。


「妙って何がだ?」

「見てわからない? 陣形よ、ジンケイ」


 ツクモはサフデリカ軍の陣形を指差し指摘してくれた。


 しかし、武器を構えながらゆっくりと用心深く進んでいるようにしか見えず、はっきり言って何が妙なのかが理解できずにいた。


「何だか不安そう~」

「あら? 能天気なわりに察しが良いわね」


「やた~つくもんに褒められたぁ~」

「セクハラ嘘つきさんは?」


「誰かセクハラ嘘つきだ……正直わからん。俺の探知機に脅えているわけではないよな」


「そうね。それもあるかも知れないけど、妙な陣形になっている要因ではなさそうね」


 ツクモは魔法を唱え、俺達の視力を強化した。


「視力のバフ魔法も扱えるなんてユーティリティだな」

「自作のアイテムだけでソロでモンスター討伐を繰り返していたあんたに言われたくないわよ。辺りにはモンスターの反応はなさそうね。それより見て、あの奥にいる兵士。盾を上空へ向けながら歩いているわよ」


 ツクモに指摘され、初めて気がついた。陣形について知識がない俺でも注視すれば全体の陣形がおかしい事がわかった。


 サフデリカ軍は大きく分けて攻撃部隊と守備部隊に分かれているようだ。同じ紅い鎧を見にまとっているが、若干鎧のデザインが違っており、視覚的にわかりやすかった。


 その中でも守備に属する盾持ち部隊の盾を向けている方向に統一性がなかったのだ。


 とある人は前方を護り、あるひとは上空を、そして違う人は地面側に構えながら疑心暗鬼に陥っているような様子で牛歩のように進んでいた。


 バラバラな守備体形に不安そうな足取り……まさか。


「ヒュノ、ツクモ。もっと伏せろ」

「な、何急に?!」


「痛っ……見えないわよ。言ったでしょ。サフデリカ軍以外モンスターの気配が無いのに私達が視線を外したら、相手が近づいているかわからないでしょ?!」


「いいから、早くっ!」


 俺からが息を潜めた瞬間、静けさが支配していた辺りを悲鳴が支配した。


「ぐっ……あぁあああ!!」

「た、隊長っ!また1人殺られました」


 サフデリカ軍の兵士の声であった。叫び声を出した男はそのまま膝から崩れ落ち、2度と立ち上がることはなかった。


 彼等は意図せぬタイミングでなにかしらの攻撃を受けたようで、辺りを何度も見返していた。


 サフデリカ軍の陣形に違和感があったのはこれが原因だと気づく。俺達が遭遇したときより前から襲われていたのだった事に。


(何が、起きているのよ)

(ライくんは見えてるの~?)


(いや、わからない。状況が把握しきれない)


 ツクモが施してくれた視力強化魔法の恩恵を受けている俺達でさえ、サフデリカ軍が何に襲われているのか目視でわからない。


 見えているのは、いつもと変わらない落ち着いた森の中で狼狽えている兵の姿のみ。


 いつもと変わらない景色のみ。草木は穏やかに揺れ、穏やかに鳥の囀ずりが聴こえてくるだけの研ぎ澄まされた空間。


 争いや叫び声なんて不釣り合いだと感じてしまうくらいの空間で俺達はいったい何を目撃しているのだろうかと不安な気持ちが心を侵食する。


(ライザ、私達も隠れていないで戦闘できる体制を取るべきよ。以前遭遇したゴーストタイプの蜘蛛型モンスターのように認識阻害率が異常に高いモンスターが潜んでいるのよ、きっと)


 確かに、そのケースであれば俺等もサフデリカ軍と同じように攻撃体制を取りながら、相手の攻撃に注視するべきだ。だが、その線はおそらく……無い。


 俺達より遥かに戦闘経験が豊富なサフデリカ軍でさえ陣形を取り乱す程の状況なのだ。


 俺等がいくら攻撃体制を整えようが防御を固めようが、彼等のようなスペシャリスト達を上回るような立ち回りが出来るとは到底思えない。


 姿を消しているモンスターが近くにいるのであれば、いかに高度な認識阻害の術を使用されたとしてもツクモの補助魔法の効果で多少なり気づくはず。


 それでも気づけないということは、近くにモンスターが『いない』と考えた方が正しい。


 ツクモの魔法を信じているからこそ、この場は動かず、 身を低くして静観する方が安全だということを2人に報せた。


 悲鳴が次々に聞こえ始めている中、2人は俺の言葉にそっと耳を傾け、静かに頷いてくれた。


 剣を握っている者、盾を携えている者。各々がお互いの役目を果たそうと警戒しながらもゆっくりと歩みを進めているうちに、1人、また1人と叫びながら倒れている。


 彼等は別に間違った行動をしているわけではない。それでも、行き着く先は皆同じように悲鳴をあげながら倒れるといく結末を迎えているのだ。


 敵からの攻撃を直接受けているとは現時点では考えにくい。だが、倒れる要因が発生するとなると、何かが起こっていることは間違いない。


 牛歩で進んでいても発動する何か……それはまるで、俺が仕掛けている試作品の『モンスター探知機』や『爆発玉』のようだ。対象物が近づけば自然と発動する罠のような仕掛け。


 ……そうか、罠だこれは!


 俺はもう一度辺りを観察した。高木が生い茂っている深い森とは違い、ここはまだ視界が開けている。


 ただ、進むには少々歩きにくいと感じてしまうのは膝関節くらいまで生え揃っている草が行く手を邪魔していたからだ。


 だが、この草は歩行をさまたげるとは別に、あるものを隠す役割も担っていたのだ。俺はアイテムバッグから玉を取り出した。


(何をするの、ライザ)

(まぁ、いいから見てろって)


 取り出したのは俺が以前作った試作品。玉の中に重さの違う玉型の重りが入っていて、微弱に発動する火のエレメントの効果により、ボールの中で不規則に転がる。その状態で、この玉を転がすと……


(あれ?! カサカサ音を立てながらどこかへ行っちゃった~)

(何遊んでいるのよ、敵に見つかるじゃない!!)


 いや、敵じゃない。見つかるのは……草むらに隠れていた玉がバチッっと音を立てながら目の高さくらいまで跳び跳ねた。


「な、何があったの?!」


 ツクモは思わず声をあげていた。彼女の目の前には雷を纏った玉が跳ね上がり、いっしゅんにして放電したあと、再度地面に落ちるなりころがりはじめ、また同じ動作を繰り返していた。


「感電しているのさ。これが見えない攻撃の正体、そして……」


 前方から現れた怪しい影。光を纏っている身体からは渇いた音がパチリぱちりと鳴らしつつ此方へとゆっくり歩いてきた。


「ツクモ……アイツはなんだ?」

「なんだとは適当ね。私を森のツアーガイドか何かと勘違いしている?……はぁ。まぁ、いいわ。どのみち助かりはしないから」


「どういう意味だ」

「別に深い意味なんてないわ。馬のように見えるけれど、あれは神獣アンティオ。雷を纏う化物よ」


「神獣を化物だなんて案外冷ややかじゃないか。もっと崇められたりするものだと思っていたが?」


「定住していたらね。いるだけで野良モンスター同士の暴走も極端に少なくなるから。でも、この神獣は定住地を持たない流れの神獣。アンティオが通っただけで滅んだ村や街がこれまでもあったわ」


『神獣が眠る場所には近寄るな』


 亡くなった親父が俺にずっと言い聞かせて来た言葉がそれだった。俺等が住むタールマイナとヒュノが暮らしていた村の丁度中間に位置する所に神獣が眠る祠がある。


 風を操る神獣は穏やかだという言い伝えはあったが、それでも逆鱗に触れるような真似はするなと何度も教育されて育ってきた。


 祀られ、慕われ、そして畏怖されて長い間人と風の神獣がこの辺り一帯を拠点にこれまで大きな戦争なく暮らしてきた。


 ドルミーラ教が神獣を操り鎮めてくれていたという説もあったが、ドルミーラ教の拠点でもあったヒュノの村が襲われて以降、もう確認できるすべはヒュノ本人に確認する以外に方法はなかった。


 神獣を操って良からぬ計画があるのではと疑われて、そして村は崩壊した。


 タールマイナや周辺国であるサフデリカとしては、風の神獣が攻めてくるのではという恐怖から解放されたように思えた。


 だが、現実は理想に比べてあまりにも残酷であった。


 流浪の神獣がこの森にまで姿を現し、こうしてサフデリカの騎士を次々と再起不能にしているのだから。

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