第35話 神獣はA5ランク

 一年という歳月の中で、嵐が家を倒壊する日もあれば、大洪水で川が氾濫することもある。


 自然の前では人間の力は米粒程度であり、穏やかな日々が訪れた際にリスタートするだけの存在だ。自然災害の前に人は無力である。


 神獣アンティオ。


 雷を纏っているこの化物も人類を襲うという部分では自然災害に似たようなものだと俺は思ってしまった。


「別れろ!!」


 合図に合わせて俺等は左右に散らばった。先程までいた場所はアンティオに突進されたことで草が一直線に焦げていた。


 だが、自ら飛んできたのはこちらからすれば好都合だった。あの場所にはもう俺の仕掛けていた爆弾が今か今かと待ちわびていたからな。


 時は満ち、アンティオの姿を覆い隠す程の爆発を発生させた。激しい爆風が生じた為、サフデリカ軍の兵も堪えきれずに転がったが、直撃ではないおかげで掠り傷程度で収まっていた。


「あんたねぇ……夜な夜な独りで殺傷能力がありそうな物騒なもの作ってたら、そりゃ商工会経由で商品卸せるわけないでしょ。国落としの兵器を密売してるってタールマイナの騎士兵団から思われちゃうじゃない」

「ははは。騎士兵団からも同じこと言われた後、1度だけ家宅捜索されて爆発物全部を没収されたこともあったっけ」


「……だいたいあんたの人となりが見えてきたわ。商工会も騎士兵団側からしても要警戒人物であることが、ね」


 お手製の爆弾は見事に着弾したように見えたが、煙の向こうから雄々しく立つアンティオの姿がそこにはあった。


「少しでも怯んだような様子を見せてくれれば多少可愛げはあるんだけれどな」

「ライくん、神獣なら私に任せて~」


 ヒュノも身を挺してアンティオを眠らせてようと試みていた。確かにヒュノの凄みは、その比類なき才能である『睡眠』に他ならない。


 睡眠の誘発に成功すれば無力化でき、さらに夢への介入を成功できれば、一定期間ではあるもののこちらの要求に従わせる事も可能だ。


 だが、アンティオは雷の神獣。あまりの動きの速さにヒュノの肉眼では正確にとらえきれずに苦戦を強いられていた。


 アンティオの攻撃は大雑把で単調な攻撃が目立った。


 しかし、ただの体当たりだったとしても身体に纏っている雷の攻撃が1秒遅れてやってくる為、多段攻撃かつ広範囲の攻撃の付加がある。じわりじわりと俺達の体力も限界へと近づき、時間が経てば経つほど不利な状況は拡がっていく。


「生きて……いるか?」


 俺は尋ねたが、ツクモもヒュノも肩で息をしており


「ふぁい~」

「集中……させなさい」


 頼りない声が返ってくるだけだった。


「君達はいったい……」

「通りすがりだから喋るなって、サフデリカ軍のおっさん」


 俺に喋りかけてきたサフデリカ軍の人間も重傷だった。抉れている傷口は全て火傷のような痕があり痛みは増しているだろう。


 サフデリカ軍で負傷している者の殆どが脚を狙われていた。狙いは一つ。


『逃げにくく、攻撃されないようにする為』


 負傷しているサフデリカ軍は反撃をする闘志さえ失っていた。


「最近、森で積み荷の馬車が被害を受ける事案が発生していた。荷台を捜索していた人は死に、荷台を曳いていた馬も死んでいた。それも脚に大きな損傷を受けていた。まさか神獣の仕業だとは予想外だわ」


 ツクモはアンティオを睨みながら魔方陣を発動し牽制していた。時間稼ぎとしては心許ない手段かもしれない。


 だが、たとえか細い策であったとしても、負傷している兵士の手当てをする時間は1秒でも長く確保したい。


「コイツももう駄目なのか……」


 一人ひとりの脈や呼吸を確かめるが、多くの兵士は死亡していた。結局のところ、先ほど意識があった者のみが生存する可能性があった。


 俺はすぐに駆けつけ、応急処置を始めた。


「動けるか、おっさん」

「まさか、本当に助けて……くれるのか?」


「『助かる』のがおっさんしか……いなかった。残念だが、他の兵士は……」


「生きれるか既に診てくれたのだろう? 若者よ、気にするな。お主は我等にとって最善の行動をしてくれた。恩にきる」

「そういう話は、あんたが助かってから……な?」


「我々はサフデリカ軍。神獣を操る者がいるとの情報を受け、国王の命により調査及び排除等の任務で来た」

「『神獣を操る』ねぇ……。じゃあ、操ってでもこの疫病神を何とか動きを止めないとだな」


 俺はツクモと役目を交替した。サフデリカ軍のおっさんの治療を任せ、ヒュノと2人でアンティオを止めることにした。


「速くて全然眠らせてくれないよ~」

「ははは。その言い方じゃまるで『動きに対応さえできれば眠らせられる』って感じだな?」


 笑いながらヒュノにそう切り出すと真面目な顔で返答された。


「この子ならたぶん出来る……よ?」


 神獣とは人間が束になっても敵う相手ではない。秀でた能力は他のモンスターの追随を許さず、常にヒエラルキーの頂点に君臨してきている。


 勝てる相手ではないからこそ『神獣』として崇められ、そして恐れられてきた。


 ヒュノは眠りの使い手。


 他者の動きを無効化するだけでなく、操ることのできる、悪魔じみた能力を備えているのは俺も知っている。


 しかし、それがたとえ相手が神獣であっても可能だとは、俺でも未だに正直信じ難い。


 だが、ヒュノの表情をみると不思議とそれが可能であるかもしれないという錯覚に陥る自分がいる。


 ツクモやサフデリカ軍のおっさん、それに俺もこの状況に活路や勝機だなんて想像も出来なかった。


 それでも、いつになく真剣な眼をしているヒュノの表情に俺は釘付けになってしまった。


 綺麗に靡く柔らかい髪とは対照的に、信念を持った強い瞳。彼女の表情に嘘や偽りはなく、堂々とそして気品と責任感を兼ね備えた立ち振舞いをしていた。


「じゃあ、逃げるんじゃなくて止めますか。神獣を」

「うん、眠らせちゃお~!! 今夜のおかずは、この子に決まりだね」


 ……はい?


「楽しみだなぁ~。雷を帯びているからピリリと舌に刺激が残っちゃうのかな?!」

「お、おう…………えっ?!」


「この子は土地を護る神獣ちゃんじゃないから食べても、へーきだよね?」


 いったい何が平気なのか。取って喰おうと考えているその野蛮な思考こそ兵器(へいき)なのだが。


「ライくんっ、動きの方はお願いね?」


 いち生産職で上級冒険者でもない俺に、よくもまあそんな大役をしれっと任せてくれるよな。


 疑いもなく、躊躇もせず。安心しきったかのように、然も当然かのように。


 こんな俺に何を期待しているのだろうか。


 ただ、その期待に全力で応えないわけにはいかないよな。


 俺は爆発玉を用意しアンティオに向かって投げた。地面に着弾し爆発するまでの間に悠々とその場から離れたアンティオ。


 お返しと云わんばかりに俺に対して雷撃を放ってきた。


「アブねぇ……雷撃とか飛び技までだせるとか、卑怯だぞ!!」

「あんたも爆弾飛ばして当てようとしてるじゃない」


 鋭いツッコミをありがとう、ツクモさん。非力な人間が神獣と闘っているわけだから、そんな些細な部分はどうか気にせずご覧いただくか、おっさんの治療に専念してらいただけますよう、よろしくお願い申しあげます。


「治療……誠に感謝する。お嬢さん」

「いぇ、私はただの付き添い。食いしん坊とガラクタ生産者の2人が何とかしてくれるわ」


「彼が……生産職?」

「えぇ。それが何か?」


「彼の名は、ライザ君とか言ったかい? 生産職にしては眼が良すぎると思ってな」

「えぇ。私が視力強化のバフ魔法をかけているから」


「……いや、単に視力の良し悪しの事ではない。彼の目線の鋭さだ。敵だけを直視するのではなく、周りとの距離感を常に眼で計りながら動いている。先程の爆弾も『わざと』外して敵の動きを見ていたようだ。なぜ彼は今生産職をしているのかは知らぬが、本業はどうも違うようだな……」

「こら、そこ。お喋りする暇があるなら回復に専念しろよな」


 俺には余裕という2文字は存在しない。ヒュノのように相手を無力化するスキルもなければ、ツクモのようにマルチなスキルも持ち合わせていない。


 あるのは大量生産した売れ残りやガラクタ品で応戦するしか俺には選択肢がない。


 手榴弾を1つ空高くに放り投げた。


 突然の行動に、ツクモを初め、ヒュノやサフデリカ軍のおっさんも無意識の内に首を上げた。


 しかし、アンティオはピクリとも反応しせず俺の方を注視していた。


「ライザ君上手い……だが、その一瞬だけではアンティオの動きを止められることはできない」

「流石、神獣様だな。こんな安い手品じゃ引っ掛からない……よな。こっちの手榴弾がきになるよな?」


 俺は饒舌に話ながら投げた手とは反対の方をアンティオに見えるように、前へ付き出した。


「……だが、考えてみてくれ神獣様よ。手に握られているこの手榴弾。ずっと見えているから目線を離しさえしなければ、俺からの攻撃をまともに喰らう事なんて普通ありえないよな?」


 語る俺。アンティオは俺の言葉を睨み付けているかのように釘付けになっている。


 そうそう、それでいい。悩め、時間の限り思考と言う名の電気信号に励むが良いさ。考えれば考える程、アンティオの行動は単純化していく。深く考察することで、見えてくる筈だ。ある違和感に。


『上空へと投げた手榴弾の行方に』


 俺は真上に投げるようなジェスチャーをしていた。


 だが、もし仮に少しだけアーチを描くように投げていたら……最終的に俺の手の中には戻っては来ない。少しずつ、少しずつ俺から離れていくように遠ざかり、最終的にはとある地点で落ちることになる。


 アンティオのいるポイントに。その事にアンティオもやっと気づいたようだ。前方への注意が少しだけ弛み、上空の手榴弾の在りかを探ろうと目線を上に向けようと何度も心がけていた。


 ……が、出来ない。俺は手に持っていた手榴弾をいつでも投げられる動作で止まっていたからだ。


『少しでも俺への警戒が薄まればこれを投げつける』


 そんな意識を継続させることでアンティオの意識は更に複雑化を要していた。


「欲しいのか、ほらよ」


 対照的に、俺はアンティオに向かってゆっくりと手榴弾を投げた。アンティオは上空の爆弾の所在を確認する時間を奪われ、俺が投げた爆弾にも対処しなくてはいけない格好となった。


 あと数秒で答えはわかる。


 だが、この瞬間がまるで数時間くらいのように奴は感じているだろう。目視している爆弾を対処するべきか、それとも未確認のそろそろ被弾してしまいそうな爆弾を対処するべきか。


 或いは……両方に対応した行動をとるべきか。


 アンティオの答えはこうだった。


 一先ず避けようと。アンティオは雷を纏い俊足を活かしとある方向へとステップした。そう。俺が最初に投げた爆弾の爆風を避けようと動いた方向へ。つまり、右側に。


「ツクモ。アレを発動してくれ」

「まさか……本当にあの地点へ誘導できるとは……ね」


 ツクモは地面に隠していた魔法陣を発動させ、魔法陣の中央にいるアンティオの動きを拘束した。


「ほら、動きを完全に止めてくれたぞ、ヒュノ。ラストアタックは任せた」

「ライくんがこっそり教えてくれた通りだったね!!」


 ヒュノは「待ってましたぁ~」と満面の笑みを浮かべながら得意気にアンティオを一瞬で眠らせる事に成功していた。


「まさか……神獣のアンティオを無抵抗のまま眠らせ仕留めるとは。そ、その力まさかドルミーラ教の……」


 俺達の眼に映るヒュノの姿はなんとも神々しかった。鮮やかな藍色の結晶が雪のように上空からはらはらと降り注ぐ。


 アンティオの意識を現実世界から引き剥がし、眠りという異次元の深い森へと誘った。暴れていた事実がまるで嘘だったかのように。


 夢や幻の類いだったかのように安息の風がゆっくりと凪いでいた。


「異変だと駆けつけてみれば、これは……」


 戦いの後、俺達の前にタールマイナの騎士兵団が姿を現した。

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