第26話 ダイブ

「……と思うの!! 今すぐしようよ」

「すまん、もう一度言ってくれないか?」


 ヒュノの話しかけの勢いが強すぎて、肝心な内容が全く聞き取れなかった。さっきまで寝息を立てていた筈のヒュノ。朝食の開始は遅れるだろうと思い、装備品製作に没頭していた為ヒュノが起きていることに気がつかなかった。


「だから~、いっぱい作って欲しいの……って、あれ? ライくんそれは?」


 ヒュノの言葉の勢いは収まり、俺の手元を覗き込むようにして不意に近づいてきた。


 いや、近すぎるって。毎回。サラサラとしたヒュノの長い髪の毛が目の前まで来て、全く俺の手元が見えないのだが?


 いつも無防備に近づいて来やがって。昨日も同じような事があった。ヒュノが割った皿を修復していた時にも俺の手元を覗き込むようにして作業を見守っていた。


 割れた皿を直すくらい手間はかからなかったが、悄げているヒュノをからかいたくて「手が疲れたから揉んでくれないか」とお願いした。


「疲れるから嫌だよ」くらいの返事が欲しかっただけなのに「上手にできるかわからないけどやってみるね」と逆に張り切らせてしまった。


 作業中の俺の手をヒュノは優しく両手で持つと、ツボを捜すようにぷにぷにと一生懸命押し始めてくれた。俺からお願いをしておきながら、恥ずかしさもあり数分で止めてもらおうとした。


 そのとき気がついたのだ。


 体勢が非常に良くなかったことに。


 椅子に座っていた俺に対し、ヒュノは向かい合う姿勢でマッサージを始めてくれていたのだが、片足だけ立てて膝立ちしている為、ヒュノが着用しているアレがたまに見えてしまっていたのだ。


 それに、ヒュノが前屈みになりながら作業をしてくれていたので、服の隙間からアレもチラチラと見えてしまっていた。


 普段抱きつかれながら寝ている時は「柔らかい何かが当たってしまっているな」と思っていたが、今はそれが視覚的に確認できてしまっていた。


 いやいや、いつもは極力見ないように努めていた。住まわせてあげているとはいえ、立場を利用してヒュノの意にそぐわない行為や目撃はしなうように徹底していたつもりだった。


 しかし、今は違う。


 少しからかおうとした事が仇となり、ヒュノのアレが見えるように誘導してしまった形になっていた。


「もももういいかな、ヒュノさん」


 焦る俺に対し、

「私ももうちょっと頑張るから、見ててね~」


 と張り切って作業をしてくれていた。正直「いや、だから見えてますけど?」と注意して体勢を整えさせてあげれば良かったのだが、もしかしたら怒られるのでは……という気持ちと、もうちょっとだけ見ていたいです!!


 という素直な気持ちには勝てず、結局マッサージが終わるまでチラチラ見てしまっていた俺がいた。


 そして今日も興味深く覗きこんで来たヒュノさん。昨日と違って向かい合わせではないからアレが見えちゃう心配はない。


 だが、今日は別の欲望に勝てなかった。ヒュノのサラサラの頭を撫でてみたいという純粋な欲望にっ!!


「ヒュノ」

「ほ?」


「昨日の事は謝る」

「昨日の……こと?」


 俺は懺悔した。マッサージしてくれていた時にアレが見えていたにも関わらず指摘できずにいたことを素直に謝った。


罵られても構わないと思い、伝えた。


「えはは~見えちゃってたかぁ。ごめんね~」


 スカートを抑え少し恥ずかしそうにしながら何故かヒュノが謝った。


 いやいや、なぜヒュノが謝るのか。悪いことをしていたのは俺なのに。


「だから触らせてくれ」

「……んへっ?!」


「あたま」

「あた……あ、あたまかぁ!! だよね、あたまだよね~」


 ビックリした様子を見せたヒュノだったが、安心したのかそのまま頭を差し出してくれた。こうして、撫でていると昔を思い出す。母が死に、親父と二人三脚で暮らしていた頃。


 特に幼かった時の俺は、よく親父に頭を撫でろと強請ったものだ。


 どこかで自分を褒めて欲しい。

 どこかで自分を受け入れて欲しい。


 独りを強く感じていた俺は、独りではないと思える最も効果的な手法が『撫でる』という行為だった。ヒュノも村が壊滅し、ドルミーラ教の生き残りとして生きている。


 たった独りで……ドルミーラ教を。


 親父が行方不明になり独りになった俺の人生、未だにドルミーラ教に振り回されているとは思いもしなかった。


 ヒュノを憎んでいいのか。

 それとも受け入れるべきなのか。


 親父が生きていれば答え合わせは容易なのだが、実に困った問題である。


「どうしたの? 考えごと~?」

「あぁ……ちょっとな。朝から創作欲が沸いてな。明け方からずっと作ってたんだよ」


「へぇ~!!」

「そう言えば、さっき俺に『作って』とお願いしてきた光景、どこかで見たことあると思ったら、今朝の夢で見た」


 そうだ、思い出した。


 夢の中でヒュノが現れて『ライくん、新しいのを沢山作って』と言われて起きてしまった事も影響してか、起きてから休むことなく作業をしてしまった。


「ぎくっ……へぇ~私が夢に……へぇ~」


 ん?


 ヒュノの様子がおかしい。「夢で私をみるなんて気持ち悪い」とか言ってくれたら笑い話になるのだが、ヒュノは違う意味で深刻そうだ。たかが、夢の話なのに……夢?!


 俺は気づいた。

 夢を滅多に見ない俺がヒュノの夢をみたのかを。


「ヒュノ……おまえ、能力か何かを使って俺の夢に『介入』してきただろ?」

「……だだだだって、作って欲しかったんだもん!! ビビっとアイデアが浮かんだから、ライくんにお願いしたいなって思って~」


「それだったら、普通に起きてから話してくれたらいいだろ? 無抵抗な夢に入り込んできてお願いしるなよ。自発的に創作しちゃったじゃないか」


 これかドルミーラ教の力。相手を眠らせ、精神操作を行うというやつか。末恐ろしい。


「……なぁ。まさか、その夢にダイブしてくるその力、俺の感情までわかったり、介入出来たりしない……よな?」

「……えはは~」


「えははじゃねーよ。まさか昨日、ヒュノのアレを見てしまって、でも謝りたくて……みたいな心の葛藤を、ヒュノは既に知っていたとか?」

「実際にアレが見えちゃってたかは私も知らなかったから~。それに感情がわかるのは夢のときに感じている感情限定だし、記憶とかそういうのはわからないから大丈夫だよ~!!」


 やめて、ヒュノさん。そこは否定して欲しかったし、全くフォローになっていません。


 夢の中で考えていた時の感情が全てヒュノに知られていたという事実を知り、俺は作業の手がようやく止まった。


「どこまで……知ってる?」


 今更ながら探りをいれる俺。勿論自分からは言えない。言えば自爆確定だからだ。


「私の事を嫌いじゃないのは知ってるよ?」


 やんわり包みやがって。匂いが好きとか、あわよくば頭撫でてみたいとか、俺の感情なんて全部知っているんだろどうせ、もう隠しきりようがねーよ。


「だな。ヒュノが嫌いだったら、初めからボディーガードをするだなんて言わないさ」「えへへ~。信頼してるよ~」


 満面の笑みを向けてくれたヒュノ。その顔を見ると、俺がヒュノの事を大事にしたいってことが伝わっているようで安心した。


 だからこそ、俺の家にずっといてくれているのかもしれない。これからもこの家にいてくれるように、純粋に嘘、偽りなく接しないと。


「ただ、その能力なんとかならないか~。俺がヒュノの事をどう想っているのか判るの卑怯すぎないか?」

「えへへ~」


 笑って誤魔化そうとするヒュノ。寝る前に『好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ、うぉおお!!』と想えば、ヒュノは翌朝どんな顔をするだろうか。ちょっと意地悪してみたい気もする。


「それで、俺の夢にまでやってきて俺にこんなもの作らせたかったのか?」


 大量にインナーシャツを作らされた俺。装備品や防具、装飾品についてはジョブや性別、それに好みなど様々な要因で売れたり売れ残ったりする。インナーシャツは誰でも着ていると言えば着ている。誰も裸の上に鎧を装備している変態さんはいないだろう。いても少数派だ。そしていても困る。


「ライくんの作った物は使用者を選ばないからね~」


 通常であればモノが完成した瞬間に装備できるジョブも自動的に決まる。完成したモノはいくら制作者が望もうが剣士専用の武器は魔法使いが装備できたりはしない。


 だが、俺の作った物は何故か対象者が限定されず全対象者が使用できてしまう。以前『ふにゃん』と命名されたリングも、使用者を選ばないでいた。今回作ったインナーシャツは攻撃力をあげるようなバフは確認できなかったが、睡眠+1という奇妙なモノが付与されていた。ヒュノと調べた結果、睡眠+1には毎時体力が微回復するオートヒール効果が備わっていることが判明した。


「ライくん、これだよ! 私が売りたいって思った商品は」

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