第25話 調べにつき
「……以上が報告を受けている案件だ」
お父様の表情は今日も崩れる事はなかった。淡々と言葉だけを並べる単純な作業を完璧までにやり遂げるお父様。そんな姿を慕う人間は多く、優秀な部下も沢山存在する。
「杞憂ね。そんな稚拙な内容ではタールマイナの商業が揺らぐ事はないわ」
呪いから解放されたい者、自分は他の人より幸せになりたいと願う者、またその逆で他人の不幸を願う者など。目には見えない物に対し、人は価値を付けたがる愚かな生物でもある。
弱みに漬け込み、心の中をかき乱すことで、人は誰しも解放を求める。そこに商売という取引が発生するのも事実だ。
「珍しいな。普段のツクモであれば『排除するべき』と勇み足を踏んでいた筈だ」
「あら? そうかしら」
「あぁ。特にあの忌々しきドルミーラ教の話になるとツクモは排除したがっていたように思えたがな」
ドルミーラ教。その名前を聞くだけでも私は嫌悪感を抱かずにはいられない。お兄ちゃんが行方不明になって以降、私達一家は間も無くして崩壊した。
正式には、お母様の心が崩壊した。待てど暮らせどお兄ちゃんの生存に関する情報は入ってこなかった。
日に日にお母様は人格を失い、何かを埋めるようにドルミーラ教に対し熱心に信仰していった。
それでお母様の気が晴れるならとお父様は入信に対し反対はしなかったが、日を追う毎にドルミーラ教に対する行動がエスカレートし、最終的には家を空ける日の事が多くなってしまった。
今はお母様の故郷で独り療養を続けているが、ドルミーラ教に対する信仰心が抜けているわけではない。
お父様も私もドルミーラ教を良くは思っていない。ドルミーラ教の村が襲われ、崩壊したと聞いた時には心の底から喜んだ自分がいた。
お父様の言った通り。
私はこの街のどこかに潜んでいるかもしれないと噂があったドルミーラ教の生き残りであるヒュプノス・ラスティアを発見できれば殺害するつもりだった。
本物と遭遇できれば、殺害することで全てが終わる。
しかし、実際は違っていた。
本物は私が思っているような人物ではなく、ただの寝坊助だった。他者を眠らせ操り、この街を掌握することくらい、あの子の能力からすれば簡単だ。
しかし、それをする素振りも見せず、普通の人間のように質素に暮らしていた。
この街を滅ぼすどころか、窃盗犯を捕まえ、街中で孵化したモンスターを眠らせ、逃げたペットさえ一緒に捜すような性格だった。
全てあの子の計算とは思えない。
これまで幾多の人と接してきたが、彼女は超が付く程のお人好しのようにしか思えない。
お父様から受けた報告では『この街で特定の物を介して催眠術的な支配を受けている人間が確認されている』という内容であった。
精神操作を行う事ができるアイテムや薬、装備品は総じて『禁忌品』と呼び、遥か昔では国を納める手段の1つとして使用されていた時代があった。
しかし現在では使用を禁止されており、この街だけでなく世界的にも出回らなくなって数十年が経過している。
今となっては製造方法を知る者さえいないと言っても過言ではないくらいであり、過去の作り話だと思っている人間の方が大多数を占めるだろう。
だからこそ、この街タールマイナの商業界の長であるお父様ですら『禁忌品』とは言わず『催眠術的な支配』という言葉を用いていた。
それ程、禁忌品などという物は非現実的であり空想品とさえ思われている。
だが、私はそうは思わない。
ドルミーラ教の生き残りであるヒュノと名乗るあの娘だけは別だ。
彼女が携わった品が店頭に並んだ瞬間に飛ぶように売れ、適正価格から逸脱していたとしても売れ行きは伸びる一方であった。購入者が元々ドルミーラ教の信者かどうかは定かではない。
しかし、彼女から受け取った者達の目の輝きは常軌を逸するくらいに輝いていた。
お父様が入手した情報と、私の知っているヒュノは果たして同一案件なのか。ドルミーラ教のヒュプノス・ラスティアとヒュノは本当に同一人物と捉えていいのだろか。そもそもドルミーラ教に対する私達の認識はあっているのだろうか……。
何を信じて、
何を疑い、
何を護り、
何を排除すれば良いのかわからない。まるで、知らないだだっ広い荒野に独りポツンと取り残されたような気分だ。
「そして、この案件には騎士兵団側が裏で動いているらしい」
「騎士兵団?! 国を防衛することしか能がないあの集団の彼らが?!」
重すぎる腰だと不評の彼等が、昔話のような噂話で動き出すものなのかと不思議に思ってしまった。
モンスターを操り、国を脅かそうとしていたとされるドルミーラ教の村はもうない。本来であれば、訪れている安寧を噛みしめないといけないのだけれど、騎士兵団の動向が不気味過ぎて商売に集中できない。催眠術的な支配を持ってこの国の秩序を脅かそうとしている人物がいるのであれば、今目の前にある平和は近い将来崩れるかもしれない。
私は今日もライザの作業場へ向かうことにした。
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