第24話 誤りにつき

「たっだいまぁ~!!」


 扉を開けるなりヒュノは鳥が鳴いたように大きな声で帰還の挨拶をしてくれた。あまりにも満面の笑みを浮かべている彼女をみて少しだけ意地悪したくなった俺はある質問をしてしまった。


「今何時だと思う?」と。


 朝御飯を作っている際に卵を切らしていたのに気付き、慌てて買いに行こうとしたら「私が行ってもいい?」と言い出したのでお使いを頼んだのが朝8時。元気良く外を飛び出してすぐにツクモが家にやって来たのだ。朝飯を食べていない様子だったので、ヒュノが玉子を買いに行っているから帰ってきたら一緒に食べるから待とうという話になっており、ただいまの時刻は11時57分。


「あんたねぇ……私を飢え死させる気かしら?」

「あれっ?! つくもんも来てる~いらっしゃい!!」


「もういらっしゃってるわよ、お腹空かして待ち惚けよ、あんた玉子買いに行くだけで何時間かかってるのよ!!」

「えへへ~。さぁ、気を取り直してお昼ご飯にしましょ」


「いまサラッと昼ご飯に上書きしたけど、私朝御飯を食べに来てるんだからね!! 玉子買いに行くのにどうして頭に葉っぱつけてるの?! ……まさか森まで卵拾いに行ってたんじゃないわよね?」


 ツクモの指摘は鋭さを増していた。確かにヒュノの姿を良くみてみると頭やスカートに小さな葉が何枚か付いていた。


「本当だ。えへへ~恥ずかしいな」

「それに、あんた何でお玉なんか持っているのよ。まさか、卵とお玉を間違えたんじゃないわよ……ね?」


「本当だ~。何で私お玉さん持っているんだったっけ~」


 なんだよ、ヒュノは。本当におっちょこちょいだな~ははははは。


 なんて呑気な台詞で終わらないからな? 


 こっちは朝食作りを中断してまで卵を待ってたんだからな? 遅くなった理由が生半可なエピソードだったら到底許せる気にはならない。


 卵を買っている最中にモンスターが現れて、闘いの果てに隠された財宝を見つけ出し、持ち帰り街を救ったとさっ!!


         完


 のような展開があるのなら話は別だ。


「さぁ、気を取り直してご飯にしましょ~!!」

「ねぇ」


「さぁ、さぁ!! お腹空きましたね~」「ねぇってば」


「お腹が空いたから食べるのは別にいいけど……肝心の卵はどこにあるのよ?」

「……はい?」


 ツクモの話が聞こえていない様子のヒュノ。いや、性格には聞こえないフリをしているようだ。


 嘘つきの異名とは程遠い低クオリティな誤魔化し方のヒュノ選手。そんな彼女を逃がすまいと疑いの眼で応戦するツクモ選手。2人の攻防を静かに見つめる俺。その脇では蝙蝠を貪るデスファングのモフモフ。我関せずと言った表情で孤高の戦士は独り舌鼓を打っていた。


「卵よ、たまごっ!!」


 3時間という長い時間をかけて採集クエスト『食材の卵を入手せよ』に挑戦したヒュノだったが、物の見事に失敗。蝙蝠の骨を煮込んだスープに余り物の具材を入れただけの質素な食べ物だけで朝昼兼用となった。


「ほんとサイアクだわ……2食分がまさかスープいっぱいで終わるだなんて」


 歯応えのある食材はなかった事によりツクモはいつもと違ってだらけていた。


「駄目ですよ、ちゃんと食材に感謝しなくては。そして、食べたあとは気持ちの良いそよ風に当たりながら昼寝の時間ですよ~」


「いやいや……あんたにはまだ説教が……残って……」


 ツクモは気力を振り絞って起きようとしていたが、優しく語りかけてきたヒュノ特有の甘い声により眠らされようとしていた。感心する。自分に対して不利な時に抗うことなく相手を無力化し勝ち星を獲ているヒュノのずる賢さに感服の念が途切れない。


「あいたっ! もぅライくん~?」


 俺はチョップをヒュノの頭にそっとぶちかまして半ば強制的に制止させた。舌を噛まない程度の少し痛気持ちいい程度に。

「んはっ?! ふぅ……醒めたわ。あんたのその能力、本当に始末が悪いわね。牢屋にぶちこもうかしら」


 ツクモも起きたところで、本題に移ることにした。デスファングを含め全員ダイニングテーブルを囲うように集合してもらった。


「みんなに情報共有と課題解決に向けて協議がしたい」

「何が『課題解決』よ。食材も買えない、店も録に構えられない三流鍛冶屋がそもそも全ての問題点じゃない」


 開口一番にツクモはさらりと言ってくれた。確かにそれが原因でマンドラゴラや喋り鳥など、キワモノ料理を口にしなければならない事態へと発展しているのだが、それを言っちゃあおしまいですよ?


「何なに~? 街に潜む迷宮入りの難事件を解決しちゃうの~?? 凄く、すごーく楽しみっ」


 逸る気持ちを宥め、本題へと移行する。


「ファゼックから獲た情報には、最近街中で詐欺事件が急増しているらしい」

「はいは~い、ライくん!」


「おぅ、どうした?」

「サギって何ですか?」「詐欺って言うのは、相手を騙して金銭や物を盗む事だ」


「それは怖いですね……気づいたら食べ物が盗まれたら大変です~」


 心配そうなヒュノさん。だが安心してくれ。物と言っても高価な物か貴重な物を指していて、食べ物は基本含まれない。気づいたら食べ物が盗まれているのは、それはもう詐欺じゃなくて『盗み食い』だ。


 そして犯人も判るぞ? デスファングのモフモフだ。この前、ヒュノのサンドイッチをペロリと食べていたのを俺は知っているり

「ところでさ~」「ん? ツクモまで質問か、珍しいな」


「珍しくないよ。さっきも質問しようとしたら、眠らされただけよ。それよりあんたが犯人じゃない?」 


 ツクモはヒュノを指差していた。


「いやいや、ヒュノは嘘つくのが極端に下手くそだぞ?」


 俺は笑いながら返答したが、ツクモはすぐさま切り返してきた。


「でも、ずっと気になっていたけど……あの娘がずっと握りしめていたお玉、この家の物じゃないわよ?」


 ……確かに!!


 ヒュノが卵を買いに出かけたが、調理器具のお玉を握り締めて帰ってきたので「間違えたのか」と単純に思って聞かぬフリをしていたが、いま考えたらおかしい。ヒュノに渡したお金を1Gも使わずにお玉だけ握り締めて帰ってくるなんて……


「ヒュノ。そのお玉、どうしたんだ? 街中で拾ったのか?」

「これ?! どうだったっけなぁ~誰かに借りたような借りてないような……」


 うろ覚え気味のご様子。拾ったのでは無さそうであり、不安が俺の心を侵食してきた。


「眠りの力で、昏睡状態にした街の人に『タマゴ 持ッテ来イ』とかなんとか言って精神操作したんじゃない?」


 をいをい、ツクモさん。縁起でもない事言うなよ。有り得そうで怖いじゃないか。


 ヒュノはドルミーラ教の生き残り。眠りの力が使えるとが街の人に知られては、街は混乱を引き起こしヒュノが殺される可能性は極めて高い。


 俺達はお玉の持ち主を捜すため、街へと繰り出した。

「卵を買いに行ったルートを辿ればわかるんじゃない?」


 というツクモからの提案により、ヒュノに訪れた路を案内させる事にした。


「まずここです~!!」

ヒュノがまず案内してくれたのは……卵屋だった。

「嘘つかないでよっ! 最初から目的の場所に来ることが出来てて、どうして帰るだけで3時間もかかるのよ! 勧誘でもしていたようにしか思えないわよ」

「だって~」


 お玉を握り締めたまま困った表情を見せていたヒュノ。そんなヒュノの姿を見るなり卵屋の店主が声をかけてきた。


「おっ! 朝一に来ていた、寝ぼねーちゃんじゃないか~」「えへへ~こんにちは~!!」

 どうやら店主はヒュノの事を憶えていたらしい。それにしても『寝ぼねーちゃん』とは変なネーミングをつけられている事に少し笑いそうになった。


「おっちゃん。見覚えあるなら1つ教えて欲しい。この子がここに来たときに、お玉を持ったまま買いに来ていたかわかるか?」


 ヒュノの姿を憶えていたのなら特徴的過ぎるお玉の事も憶えているだろうと思ったが、首は横に振られる結果となった。


「それより朝はビックリさせてすまなかったな、寝ぼねーちゃん」

「いえいえ、大丈夫ぅ~」


「ん? 何かあったのか」

「あったさ! 俺はいろいろな卵を扱っているのだが、大きい卵がまさかの有精卵でさぁ~。中からモンスターが産まれてしまって大変だったのさ~」


 話を聞けば、この店には特大サイズの卵が展示されていたらしい。勿論売り物でもあったが、誰が見ても卵屋だとわかるように扱っていたらしい。その卵がまさかの孵化をしてしまい、中からモンスターが飛び出したとのこと。


「すまねえな。テイマーの寝ぼねーちゃんがモンスターを落ち着かせてくれたおかげで大惨事にならなくてすんだぜ、本当にありがとうよ」


 卵屋のおっちゃんから売り物の卵を分けてもらった。モンスターが静かになったのはヒュノがテイマーとしてモンスターの扱いに長けていたわけではなく、眠りの力を発動したからだ。だがそこは触れないようにしておこう。


「あら~?! 寝ぼ子ちゃん。朝は助けてくれてありがとうね~」

「えへへ~もう逃げちゃだめだよ~」


 次に声をかけてきたおばさんもヒュノの事を知っていた。ヒュノの話では、卵屋で孵化したモンスターに驚いて、ペットが逃げ回っていたらしく、飼い主と一緒に草むらを掻き分けて捜し回っていたそうだ。


「これじゃあ咎められないじゃない」


 ツクモはボソリと呟いた。俺達は腹を空かせてしまったが、ヒュノは街の不幸の眼を眠らせていたのだと知るとこれ以上怒る気にはならなかった。結局、ヒュノがどうしてお玉を持っていたかはわからなかったが大した理由もなさそうだと感じた俺達は、いただいた卵を持って帰ることにした。

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