第18話 見えない恐怖

「はぐれないように頼むぞ?」

「大丈夫、私鼻が利くから~」


 森の天気は変わりやすい言ったところであろうか。数時間前と比べ視界が極端に不良となってきた。濃さを増してきた霧は徐々に森の木々を隠し始めてきた。


 ツクモの案内により、俺達は街を離れ北にある街方面へと向かい今ちょうど中間地点まで移動してきた。


 俺の仕掛けた罠やモンスター探知機があるエリアよりも随分と離れたエリアまで来ており、俺の土地勘も全く働かなくなっていた。


 対してツクモは迷うことなく各地点に設置された案内看板を見つけては進んでいる。


「慣れたものだな」と声をかけても「移動が仕事だからね」とあっさり返されてしまった。


「ねぇねぇライくん、つくもんってお商売している人って言ってたんだよね?」


 ヒュノは俺にだけ聞こえるように小さな声で話しかけてきた。人混みに負けていたツクモを助けた際に彼女がそう言っていただけで、それ以降は俺達には何も話してはくれなかった。


 道を知っているからといって、道を知り尽くしているかは別問題である。気温や気候、それに時間帯……条件が少し変わるだけでも、同じ場所がまるで別世界に来ているような錯覚に陥ることもある。


 自然とは何も語らないだけに侮ると直ぐに足元をすくってくる強敵だ。ルートを知っているだけで、森の全てを熟知しているのだと都合の良い認識を持てば、人間なんてすぐにあの世行きだ。


 現在、この森一帯を制している濃霧に対し、怯むことも迷うことも臆することもなくここまで俺達を案内してきた。彼女が言っていた『商売に長けている』と道案内ができるには何か深い関わりがあるのかもしれない。


「あんた達、お喋りばかりしてないで黙ってついて来なさいよね」


 そう言っていたツクモが、今まで歩いていた路を急に進路変更し、路とは言い難い草が生い茂った場所にいきなり入り出した。足場も悪く、背丈と同じ高さくらいまで成長した植物と霧の相乗効果で視界は最悪だ。


そんな場所を敢えて選んでいたツクモ。


「なぁ……なぜさっきの路をそのまま進まなかった? 積み荷を運ぶ馬車が通りそうな路を選ばないと、馬車にも遭遇しないし、これじゃあ俺達が馬車を狙う犯人みたいじゃないか」

「そうだよ、つくもん~。さっきの路に戻ろうよ」


「あら?路を逸れた理由を知らないだなんて、本当に貴方達は積み荷を狙った犯人じゃなさそうね」

「どういう意味だ、ツクモ」


 ツクモの話では、先程まで歩いていた路は現在使われていないとの事。聞けば、あの路の先に毒性の強い植物が最近生息しはじめたとの情報があり、その植物の花粉に身体の異常をきたす成分が含まれているらしい。無闇に近づいて体内に取り込めば命を落とす危険性もあるそうだ。


 本来であれば、もう少しさっきの路を進んでから脇道へと逸れる迂回ルートを使用するのがベストらしく、今日みたいな霧で正確な目測が出来ない状況を考慮し、早めに逸れたらしい。


 上級冒険者なら誰でも出来る……のか? ツクモは一体何者なのか。


「ま、俺達の疑いが晴れた事で何よりだ。これで襲われている馬車と遭遇してもツクモから攻撃されることも無いだろう」

「んぇ?! つくもん、まだ私達を疑っていたの?」


「もぅ貴方達が犯人で良いから黙ってついてきてよ……」


 それから暫く路無き道を進んでいると停まっている荷馬車と遭遇した。俺達は、少し小高い丘の上から荷馬車を見下ろすような形で少し距離はあったが、平穏のようであった。


「ほらほら居たよ、運んでいる途中の馬車~。ちゃんと馬車が通る路に戻れるだなんて、つくもん超凄いね~!!」

「おかしいわ……でも、運転手も荷馬車もどうやら無事そうね」


「ツクモ、何か違和感でもあるのか?」「あ……いや、別に大した事ではないの」


「大した事じゃなくてもいい。教えてくれ」「え……うん」


 モンスターと遭遇する可能性が極めて高い為、運搬中の馬車は森の中の移動中は出来るだけ止まらずに目的地まで移動する決まりになっているらしく、停車している荷馬車を不審に思ったらしい。


「でも、運転手さんも地図を拡げて路を確認しているみたいだし、大丈夫だよ~」

「そうね。この辺りは霧も晴れているようだから、その通りかもね」


 いや、違う。むしろ逆だ。


「……あの馬車、襲われているかもしれない。接触しよう」

「え?! どうしたの、ライくん」


「そうよ、ここにいれば馬車はこの後も何台も遭遇するから、無理して引き留めなくてもいいわ……ってちょっと待ちなさいよ!!」


 嫌な予感がする。こんな霧の濃い路を走って来たにも関わらず、何事も無かったかのように飲み物片手に地図を拡げてリラックスするだなんて有り得ない。


 崖を滑り降りた俺は、切り株に腰かけていた運転手の元へと駆けつけた。


「おぃ、あんた大丈夫か?」

「だ、誰だい?」


「俺はどうでも良い。あんた、ずっとこの路通って来たのか?」

「そうだよ。初めてのルートで霧も出ていたから引き返そうと思ったけど、路が広かったから迷わず来れているよ~」


「あんたの積み荷……襲われてないか確認させてくれ?」

「積み荷?あっはっは。積み荷はタールマイナへ運ぶ途中だから見せられないよ」


「ちょっと!!急に移動したらはぐれるわよ!!」

「そうだよライくん。お腹も空いちゃうから良くないよ?」


 遅れて2人も追いついた。俺は運転手の制止を振り切って無理矢理、馬車の中を見た。


「おっさん!!見ろよ、これ」


 武器だろうか。鉄屑と化していた物が中で散乱していた。


「酷い。この馬車はもう襲われちゃった後なの~?」

「わからん。おっさん、これ……」


「だから、それはタールマイナへ運ぶ途中の大事な商品だから開けないでね?」


 中の惨劇を見ても運転手は平然と笑顔を浮かべながら話してきた。異常な状態にヒュノやツクモは言葉を失った。


「ヒュノっ! おっさんを眠らせてやれ!」「へっ?!」


「良いから早くっ!」


 俺の言葉に動揺しながらも、一瞬で運転手の意識を奪ったヒュノ。


「ツクモ! 荷馬車の中を攻撃できるか?」「あんた、何言って……」


「魔法でも打撃でも何でも良い。馬は放したから、早く!!」


 急かされるようにツクモは爆裂魔法を唱え荷台を襲った。


「ギリィイイイイイ!!!」


 爆風を避けるかのように1匹のモンスターが荷台の中から姿を現す。


「何あれ、蜘蛛?? 消えちゃった!!」


 大きさは1mといったところであろうか。8足にを別れた脚を保護するかのように体毛を有しており、音も立てずに地面に着地した。


「あのモンスターが馬車を襲っていたの~?」

「……みたいだな。奴の口元を見てみろよ」


「運搬中の剣を食べている……とうとう見つけたわ、商工会を悩ませていた犯人さん」

「でも、なんであの馬車が襲われているってわかったの~?」


「確かにそうね」


 不思議がる2人。荷馬車が通ったルートに俺達が避けた毒性の強い植物が生息していたからだと説明した。


「喰われていた武器を見ても、おっさんは気づいていなかった。恐らく、幻惑系の作用がある植物のだろう。そして、そのルートを通った荷馬車だけを……」

「あの蜘蛛は狙っていた!!」


「そうだ。なぁヒュノ、あいつを眠らせられるか?」

「駄目ぇ! どこにいるかわかってないと眠ってくれない」


 蜘蛛型モンスターの姿を目視するのが困難なくらいまで消えかかっていた。だがまだ完全には消えていない。


 視力強化の|種(アイテム)を摂取していた俺だけが奴の姿を捉えることができているようだ。


 モンスターは透明化を行い、認識阻害率を極端に上げているようだが、ヒュノ自身がモンスターの居場所を特定できていないと眠らせらることが出来ないのは誤算だ。


 あのモンスターが単独とも限らない。深追いして群れと遭遇したら俺達も積み荷のように喰われてしまうだろう。ここは退くべきだろう。奴の正体を知ることが出来ただけでも成果だ。


「仕方無い。2人とも、これ以上モンスターを追うのは危……っておい、おい!」


 俺の制止を振り切ったツクモは逃げたモンスターを単独でも追跡しようとしていた。慌てて俺は彼女を強引に引き止めた。


「おい、馬鹿!! 独りで勝手に行こうとするなよ」

「放して。私が、あのモンスターを追わないと!!」


「落ち着けって!」


 だがツクモは俺の制止を振り切り、霧の中へと姿を消した。


「ヒュノっ!おっちゃんの容態はどうだ?」

「大丈夫。目も覚ましたし、お馬さんも無事だよ!!」


 運転手のおっちゃんに事の顛末を伝えた。タールマイナ方面へ出発した荷馬車を見届けた俺達は、ツクモを追う為、彼女が向かった方向へ急いだ。

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