第17話 突撃、隣の朝ごはん

 やはり食べ慣れた物を口にしている時が一番心が落ち着く。何回噛んでも口の中に拡がる味は俺の知っている味であり、俺を裏切ろうとはしない。塩味と程よいスパイスが肉の味を際立たせていた。


 少々自己主張の強いメイン料理とは対照的に、素材の旨味をじっくりと抽出したスープもまた格別だ。この時期は葉物がシーズンを迎えている。


 食材を扱う露店では葉物を『これでもか!』という勢いで並べている。朝採れ野菜は甘味を多く含んでおり、料理をする者は買わない者は少ないだろう。


 誰もが手にする代表的な葉物は早朝の内に完売し、買い物を済ませた袋からはそれぞれ顔を覗かせている。


 いつもと変わらない風景で買い物をしたあとは、いつもと変わらない場所で朝食を済ませ、優雅な朝を迎えたい誰もが願う幸せであり、俺だってそうだ。


 しかし、今日も俺の朝食は俺が望んだ平凡な毎日とは違っていた。


「ちょっと、なんで部屋の中にデスファングがいるのよ。落ち着いてご飯食べられないんだけど」


 モフモフは始めてきた来客者に対して興味があるようで。朝早くからやってきたツクモの傍からずっと離れようとはしなかった。


「へへへ。モフモフはすっかりつくもんと仲良しさんだね~朝ごはんですよ」

「貴方達、幼獣期のモンスターを育てるのは重罪よ。他の人にバレるどことなく成獣になるまでよく育てられたわね」


「何言っている、ツクモ。俺はモフモフをずっと育ててなんかいないぞ? コイツと遭遇したのは数日前で、勝手について来たから仕方無く世話しているだけだ」

「あんた本当に嘘つくのが下手ね。こんな立派な成獣まで育ったモンスターが簡単に人に懐くわけないじゃない。上級冒険者のテイマーでさえ野生の幼獣を従わせるのに、どれ程のスキルと時間が必要だと思っているの? 半年よ、半年!」


「テイマーの常識なんて俺が知るかよ。毎朝餌付けする俺の気持ちにもなってくれ」


 俺は袋からデスファング用の餌を取り出した。餌を見るなりモフモフは尻尾を大きく揺らしつつ近くまで寄ってきた。


「嘘……でしょ、何それ」

「さっきから質問が多いぞ、ツクモは。上級冒険者であれば洞窟探索のときに必ず見るだろ。もしかして狩場に沸いたスライムをひたすら狩り尽くしただけの冒険エアプか?」


「し、失礼ね。あんたが持っているそれはブラックバットでしょ。知っているわよ、それくらい。私が聞きたいのはどうして、ブラックバットの死骸があるのかって聞いているの!!」

「何って、モフモフが好物でこれをあげないと俺がコイツに甘噛みされるからに決まっているだろ?」


 デスファングの甘噛みが決して甘くないのはご存知であろうか。


 奴としては加減しているつもりだろうが、人間の肌なんて、彼等の鋭い牙と強靭な顎と比べるとブドウぐらいの弾力でしかない。


 それにしてもどういう訳だろう。つくもと出逢って以降、やたら彼女から俺に対して質問や接触が多い気がする。


 家に招いた事もないのに突然訪問して来たし、明らかに何かを探りに来ているような節があるように俺は感じている。


 ヒュノといい、デスファングといい、そしてツクモといい……俺の家は錬金作業場を兼ねているから騒いだり暴れたりしないでほしい。


「強盗班を止めたヒュノの能力に、貴方の粗悪品も疑わしい販売していたから気になって訪ねて見たら、まさかデスファングまで無許可で飼っているだなんて、本当に怪しいわ」


「俺からすれば、何の連絡も約束も無しに突然俺の家に押し掛けてきたあんたが一番怪しいがな」


「そ、そへははんはらは!!」


 ツクモよ、食べるか喋るかどちらかにしてくれ。何を言ってるかさっぱりわからん。


「ご馳走さま。最近ね、私の耳に変な噂が入って来たのよ、だから今日は単刀直入にあんたらの家を調査しに来たってわけ」


「つくもん、変な噂てなに~?」


 ヒュノも気になっているようだ。食事を終え、つくもは俺達に話してくれた。


 他国からの積み荷を乗せた馬車が、運搬中に積み荷の一部を無くしてしまうという事件が最近になって頻発しているようだ。


 初めのうちは運搬する者がくすねているのではないかと疑われていたが、特定の馬車以外でも同様の被害が発生するようになった。挙げ句の果てには積み荷が全て無くなっている状態で目的地まで移動していたケースもあったらしい。


 ツクモの話では全ての事件において共通点があり、それは積み荷の馬車を操作していた運搬車が無傷で、かつ、積み荷が盗まれた事に気がつかないまま目的地まで移動していたという点であった。


「なる程な。それで睡眠能力に長けているヒュノを疑ったわけか」

「まぁ、それも一理あるわね。でも、この子が犯人なら、森を移動中の荷馬車なんか狙わずとも街中で遂行した方が効率がいいから、実際の所はシロだと思っているわ」


「俺たちを疑って……ない? じゃあ、何で今日は来たんだよ。それに、そんな事件をどうしてツクモが気にしてる? 被害者なのか?」

「前に言ったでしょ? 私は商売に長けているって。商売仲間が襲われているから上級冒険者の資格を有する私に調査のお願いをされたわけ。今日どうしてここに来たかと言うと……」


 ツクモは食事中のヒュノを指さし指名した。


「貴女のその力で、犯人を捕まえてほしいのよ」

「も? ままみま捕めむも~??」


 ヒュノさん。あんたも飲み込んでからお話ししなさい。大事そうな所なのに、何て答えたのか俺もツクモも解ってないじゃないか。


「……手伝ってくれるってことで良いのね?」

「もみもんまも~!!」


 必死に口に咥えながら返事をしているヒュノ。だが、口からマンドラゴラの脚がヒョロヒョロと動いていた。まるで、生きているマンドラゴラを丸のみしているモンスターのようにしか見えない。


 結局、ヒュノがなんと返事していたかはわからなかったが、嬉しそうに手を上げているから「私も犯人捜ししたーい!」と答えていたのだろう。


 俺達は食事を終えた後、ツクモの案内で森へ向かうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る