第12話 無限に沸くんです

「さて、いろいろ知りたのだが、話してくれるか?」

「うん、らいりょうぶらよ」


 このまま俺が何も知らないまま過ごすことで、この街だけでなく地域一帯の未来を揺るがしかねない。


 だが、一方的に、威圧的に問い詰めたところで上手く行かないことくらい俺にはわかる。


 そこで、こいつの登場である。


 今やこの街お馴染みの名物品にまで成り上がったニューフェイス。その名も『タールマイナ炭酸せんべい』。素朴な味わいが病み付きになり、1枚……もう1枚と手が進んでしまうお菓子。


 どこの誰かさんのせいで温泉が涌き出たことが発端で、今は温泉もこの街の観光資源に定着してしまった。炭酸せんべいも、温泉も、元を辿れば俺が作ったアームリングをヒュノが怪しい販売方法で暴利を得たことが全ての始まりである。


 街に現れたスライムを倒したあとは、俺達も逃げるようにしてその場を立ち去った。意識が回復しないヒュノをデスファングに運ばせ、裏道を通り隠れるように家まで転がり込んだ。


 俺からすればそこからが地獄の始まりだった。ずぶ濡れのままヒュノを放置出来るわけもなく、俺は自分の眼を隠しながらヒュノの服を脱がしたのだから。


 それはもう苦労した。無抵抗で寝ているヒュノの肌に直接触れぬよう、変な緊張感を纏いながら服だけを脱がしたのだから。


 身体を拭いたあとは、デスファングの身体で温めてもらうようにお願いした。デスファングも何かを察してくれたのか、裸のヒュノを食べる事もなく目覚めるまで静かに協力してくれた。


 だが、俺の底知れぬ配慮を知らないヒュノは、目覚めてすぐ自分の身体が裸であることを警戒し、俺の方を疑いの眼で見つめていた。


 それ以降は俺に対し、素っ気ない言葉を俺に投げつけては距離感が縮まらないようにヒュノなりに抗っていた。


 俺もヒュノに対し言い訳や弁明などは敢えてしなかった。いくら本当の事を話したところで確たる証拠もないし、ヒュノを信じさせる程の説得力には俺にはない。


 だが、このままでは埒が明かない。寝相の悪いヒュノに羽交い締めにされた形で同時に目覚めたところで、ヒュノは俺に対して警戒心を抱いたまま「何もしてない……よね?」と冷たい視線と共に不信感という言葉を投げつけてくる。


 そんな日々にはもううんざりだ。


 悩みに悩んだ挙げ句、ヒュノが俺との会話というテーブルに着かせるには生け贄が必要であるという結論に至った。


 ヒュノは宗教のトップに君臨する若き逸材だ。俺のような神をも信じない無宗教くんと会話をするには犠牲は致し方なし。


 だからこそ、炭酸せんべいなのである。


「どうだ、気に入ってくれたか?」

「ちょっほ(ちょっと)、喉が渇ふはは(喉が渇くかな)」


 気がつけば俺が用意した炭酸せんべいの半分以上が無くなっていた。恐らくヒュノの口の中に吸い込まれたのであろうと予想はつくが、そこまで一気に食べたら喋られなくて当然だ。


 何を喋っているかいよいよ聞き取れないが恐らく「喉が渇いたな」くらいの事だろう。


 差し出した飲み物を気持ち良さそうに一気飲みしたヒュノは満面の笑みでコップを机に叩き付けていた。


「ぷぁ~!生き返るぅ」

「やっと話せるようになったな。ヒュノ、ドルミーラ教って一体何なんだ?」


「ん?何って?」


 俺は宗教というモノがわからない。洗脳なのか、それとも生きる為の模範解答なのか。何を必要とし、何を望み、何を遂行するのかを。


 ドルミーラ教以外の人間は、ドルミーラ教に対し、良い感想を持ち合わせてはいない。


 それは、否定派やドルミーラ教を滅ぼしたいと企んでいた者が流したデマや偏見が多数派の見解として無意識のうちに蔓延したからだ。


 デマや偏見が勝手に悪の組織というレッテルを作り出し、人々の意識下に定着した。呪いの指輪を装備したかのように、もう2度と解けることのない呪縛かのように。


『ドルミーラ教は嘘だった』と父が俺に伝えた本当の意味を知りたい。


「えっと、ふわふわっとしてるよ?空気みたいな感じっ!」

「……睡眠との関係は何かあるのか?」


「ドルミーラ教があると心が温まって眠たくなるんだよ!」

「……ドルミーラ教って何が目的なんだ? やはり宗教だから布教活動が目的なのか?」


「えっと、布教活動はしたことないよ?」


 ドルミーラ教以外にも幾つかの宗教は存在するが、宗教村が存在するほど大規模なのは他にはなかった。


 宗教は信者を増やし、資金や戦力を集め組織を拡大していくものばかりだと勝手に思っていた。ヒュノと出逢ってまだ間もないが、彼女が嘘つきではなく、超がつく程のド天然なのは理解している。


 だからこそ『布教活動はしない』と言いきった事に圧倒された。


「えっと、じゃあ、ドルミーラ教って親族間で繁栄してきた宗教なのか?」

「ううん、みんなが親戚ってわけでもないよ。知らない人が信者になっていたし」


 成る程な。聞けば聞く程ドルミーラ教の事がわからなくなってきた。雲を掴むような感覚ばかりでは、根も葉もない悪い噂の方が解りやすくて信じやすい。


『ドルミーラ教はモンスターを操り、街を襲う計画を目論んでいる』この街に限らず、他の地域も同じような噂が流れており、極力関わらないように考えていた人間も少なくなかった。


 それはヒュノが使った『眠りの力』を指し示しており、人々はその唯一無二の力に恐れていた。


 俺の親父はこの街の兵団に所属していた。この街を護衛する班とは違い、昔は出兵班が存在していた。


 街の脅威になる魔獣や組織を調査をしたり、ときには武力で鎮圧する事を目的とした班。


 街の誰もが憧れた班であり、強さの象徴でもあった。親父もその班の1人……であった。


 街の平和の為であれば、どんな困難にも立ち向かう。そんな親父の事を俺は心から尊敬していた。


「目的もなく、布教活動もしない宗教って……」

「目的というか、目標はあるよ?」


「目標?」

「うん、目の前の人を安心して眠れる世界を! それがドルミーラ教なんだよ」


 ヒュノの言葉は親父の言葉と重なる。


『人々が安心して笑顔で暮らせる世界を』


 親父が目指していた世界なんて、嘘のように綺麗事だらけだと思う時もあった。


「ねぇ、ライくん。ライくんはどうして、ドルミーラ教の私の事を……その、嫌わないの?」

「さあな。俺からすれば、他の奴等がどうしてドルミーラ教の事を知りもせず、勝手に嫌っているのか、解らないな」


 静かな時が流れる。何秒経ったのかはわからないが、ヒュノが炭酸せんべいを食べる咀嚼音だけが響く。


「それはライくん。貴方が作るアイテムや装備品も一緒だよ」

「いやいや……」


 俺が造る物は誰からも必要とされないガラクタばかり。ヒュノの手を借りなければ他人の手に渡ることもなかっただろう。


「ヒュノ。お世辞はやめてくれ、俺だってクリエイターだ。優れないものを褒めてもらっても情けなくなるだけだ」

「お世辞じゃないよ、ヒュノくんが造った『ふにゃん』は凄かったよ!!」


「だから!辞めてくれって!攻撃力+1しか付与されていない防具を誰が」

「誰って?『誰もが』だよ」「は?ヒュノは何を言って……」


 おうむ返しを喰らっただけのように感じたが、ヒュノの眼は真剣であった。


 彼女と眼が合うと簡単には逸らすことが出来なくなる不思議な感覚に陥る。催眠術をかけられているような完全受け身の感覚に。俺を諭すかのようにゆっくりとヒュノの口が動いた。


「私、ライくんのアイテムをみてびっくりしたの。だって、攻撃力を付与している装備品って事は、ライくんが作った『ふにゃん』は魔法職以外の物理職の人用なんでしょ?」

「そうだが、それが一体……」


「じゃあなんで、魔法職でも物理職でもないお客さんが普通に装備出来たの? 装備できる相手を選ばないって凄い事じゃないの?」


 ヒュノに指摘されて俺は初めて気がついた。武器や防具、そして装飾品など、この世界にある装備品には装備できる職業が限定される。


 魔法職はロングソードを装備することが出来ない、逆に剣士は杖を扱えないのと同じ。


 俺の造る装備品は個性がないとばかり思っていた。誰に対して作っているのかさえ明確に示せず、ただ闇雲に良い作品を創ることばかりを考えていた。


 今思えば、ヒュノが販売してくれた時の言葉も強ち嘘ではない。物理職ではない、ただの街に住む人間からすれば、攻撃力+1の付与は衝撃的な事かもしれない。


 誰もが装備できるのであれば、誰1人取りこぼす事なく笑顔にできるかもしれない。親父が目指していた『人々が安心して笑顔で暮らせる世界を』の実現に繋がるかもしれない。


 何故だろう。貧乏で、この街から蔑まされているにも関わらず、この街を救えるかもしれないと感じただけで、体内から熱い気持ちが沸き上がってくる。


 俺の血液が沸騰しているのか、それとも筋肉が熱を帯びているのかわからない。


「じゃあ、この街で売れる物を一緒に考えてくれるか?ヒュノ」

「うん!!」


 ヒュノの言葉は、俺の生産職としての血を滾らすには十分だった。

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