第11話 街への潜入
「こうなるとは思わなかったね……」
「あぁ。唯でさえ街の居心地は悪い一方なのに、まさか夜にならないと街に帰れない羽目になるとはな」
誰にも聞こえないよう注意は怠らない。街で騒ぎを起こしてしまえば、俺達の目的はこんな所で終わってしまう。デスファングを助けた俺達は、当初の依頼を済ませる為、山菜を捜していた。
依頼品は塩味草。舐めれば塩辛く、そのまま調理しても美味しい万能山菜のひとつである。暫くするとデスファングが俺の服を咥えながら何処かへ案内しようとしていた。
「もしかして、山菜以上のお宝が手に入るのでは?!」と変な期待を抱きつつ案内されるがまま移動すると、上級モンスターばかりが縄張り争いをしている場所のど真ん中まで連れて来られていた。
『ここ掘れワンワン』的な展開を期待したが実際は違った。血の気の多いデスファングが、山菜を捜している俺達を獲物を捜しているのだと勘違いして案内したようだ。
普段は人間が立ち寄らない森深くの場所であり、地図に記載されていない未開拓地の、それも上級モンスターの戦場にたどり着いた事もあり、街まで戻るのに夜まで時間を要してしまっていた。
「塩味草も見つかって良かったね」
「あぁ。塩味もピンからキリまであるからな」
先程の穴場から逃げる際に採集した塩味草は街の近くで取れる塩味草と比べ塩分濃度が非常に高そうな代物であった。
依頼主が料理の為に塩味草を欲しがっていたのであれば、塩辛くて側頭するレベルであろう。
さて、帰り損ねた俺達は、幼馴染みが夜警を担当している入口から街の中に入れてもらうしか方法が無く、しかもデスファングもついて来ているので、人に見られずに移動するのは骨が折れる作業だった。
「お~い、エズラト。今日は街に入りたいんだが、見ないフリしてもらって大丈夫か?」
奴は俺や親父を裏切った。信用は出来ないが、俺は今までと同じように接した。今は嫌いな嘘を用いてでもヒュノの事を護り抜く必要があるからだ。
「ラ、ライザ……お前なぁ~。ちょっとこっち来い」
困った表情を浮かべていた幼馴染みのエズラト。いつもと様子がおかしいと察した俺は、ヒュノとデスファングが隠れている茂みにエズラトを招いた。
「お前なぁ……前回お持ち帰りした女の子だけでなく、モンスターまで調教しようとしてるのかよ」
「そんな人聞きの悪いこと言うな! それにデスファングは懐かれてしまって困っているくらいだ。それよりどうした? 何か悪いことでもあったのか?」
「あぁ、いろいろとな。情報によれば、数日前に、森でスタンピードが起きていたらしい。その時にドラゴンを操る人影を見たという情報が兵団側に提供された」
「……」
「情報の正否も含めて、兵団側で組織編成をして対応するらしい。ドルミーラ教の生き残りがいたとなると……な」
「間違いだろう、きっと。俺は兵団側とは違うからな」
「あ、あと、怪しい者が怪しい物を無許可販売していたらしい」
「おいおい。タールマイナは商業の街だろ? 旅人でさえ小遣い稼ぎで無許可販売をしているくらいなのに、今更、兵団側が取り立て騒ぐ事でもないだろ? 街に住んでいる俺でも無許可だ。商工会の連中から嫌われている人間なんて何十人といるぞ?」
「あぁ、わかっている。兵団側もそこには暗黙の了解の範囲として対処している。今回の案件は驚愕案件だぞ。怪しい物を買った人はどうなったと思う?」
「んだよ。勿体ぶりやがって、早く言えよ。俺は今から人目に見つからないようにしてコイツ等を家まで連れて行かないといけないのだぞ」
「なんと温かいお湯が地下から急に涌き出たらしいぞ?今まで住んでいた古くて汚い家や木々がみんな流されたらしく、ショックで寝込んでいるそうだ」
「そんな馬鹿げた事が起きてたまるかよ。ここはタールマイナだぞ?急に温泉が沸くほど地か水脈が豊富な街でもないだろ?」
エズラトの話では、被害者の女性は出現した温泉を活用した施設『スパ』を建てる予定だそうで、喜んでいたらしい。
「変な商品を買ったら温泉が出たって事か?そんなオカルト染みた物が売っているわけないだろ?ただの偶然だよ、偶然」
「『ふにゃん』って商品を買ったら私幸せに慣れたんです!!嘘じゃないんですって言っていたらしい。何かに洗脳されている可能性もあって大変らしいぞ、あはは」
「へぇ~」
ふにゃん?
ヒュノがアームリングを売った時にも同じ事を言っていたような気がして悪寒が走る。
エズラトを利用し、こっそりと街の中へと入った俺達は街路樹の脇にある植込みに身を潜めた。
「さて、ここから街の人にモフモフを会わせないようにするの大変だね~。モフモフは賢いから人を噛んだりはしない子なんだけど、初めてみる人は怖いんだろうな~」
「グルル~」
ついてきただけのデスファングの頭を撫でながら溺愛している様子のヒュノさん。勝手に名付けているけど、デスファングは肉食系だからな?噛むとか以前に死ぬから。
「ってか、エズラトの話聞いただろ?! 今はデスファングの事よりもアームリングの方だよ!!『ふにゃん』売った時、客に何かしたか?催眠で操ったりしたか?」
「んぇ?! 何もしてないよ?? 商品の説明をして、手渡しただけだよ。何も操作してない」
だよな。ヒュノの話では、夜であれば深い催眠術で精神操作をする事はできるが、日中となれば別だと言っていた。実際、日中に出会したデスファングに対しても数秒しか眠らせることは出来なかったし、操ることも出来なかった。
「普通に、『攻撃力+1を得ると、家内安全っ!頑固な汚れにこれ1個、高い枝だって楽々斬れちゃうくらいの感動を貴女に!不眠症の貴女も秒で寝れちゃう優れ物っ!』って言っただけだもん」
そうそう。確かにそんな事を言っていたよな……ん?
「正しくそれだろ?! 経年劣化した古い家も木々も流されててるし、ショックで寝込んでいるじゃないか!!」
犯人はすぐ真横にいた。アームリングを販売していた時に、くだらない話を言っていたが、それが正に現実に起きたようだ。
ヒュノは眠りを操る。そして他者を昏睡状態にして他者を操る。アームリングを手渡したときに、ヒュノの力が無自覚に発動していたようで、助言を与えられた一般人のおばちゃんは、水脈を引き当てるという強運を使い果たしたのだろう。
ここは一端家に戻ろう。デスファングを連れて来ているだけでも目立つのに、ヒュノの力がこれ以上変な事件を起こさないように静かに引きこもるとしよう。
「君達!そんなところでどうして隠れているのだ?!」
俺達に対して大きな声をかける1人の男性。すごい剣幕でこちらにやってきた。
ふにゃん(仮)を無許可販売したのがバレたのであろか。それとも、街にモンスターをペットかのように連れて来たことを咎められるのであろうか。
相手は1人。最悪は、ヒュノの力で彼を眠らせてその隙に逃走……って手段も無しではない。
「君達もそんなところで隠れていないで、早く逃げなさい」
「は?逃げる??」
「知らないのか?!湯元からモンスターが現れたそうだ!!」
彼はそう言い残し、他の家族を連れて街の外へ逃げて行った。彼の言葉に後ろめたさを感じた俺は、ヒュノとデスファングを連れて現場へと向かった。
すると温泉溜まりの付近に大きなスライムに似た巨大な液体型モンスターが一体徘徊していた。身体は透明であり、体内に取り込んだ物が透けて見えていた。
「モ、モンスターがいるよ!! 温泉に出も入りに来たのかな?」
「逆だろ? 温泉から出てきたんだよ!!」
「あのプルプルしたモンスターを蹴散らせばいいんだね、よ~し!!」
「蹴散ら……ヒュノ、まさか戦う気じゃないだろうな?!」
「ほ? まさかだよ」
「正気かよ?! こんなところで派手に騒げばヒュノの正体に気づく人が現れるかもしれないぞ?!」
「ママぁ~どこ……」
スライム型モンスターの近くに突如小さな女の子が現れた。縫いぐるみを抱きしめたまま泣きじゃくっており周りが見えていないようだった。
「アイツ、やべ……おい、ヒュノ!!」
気づいた頃にはヒュノは俺より先を走っていた。そして誰よりも早く女の子の元へとたどり着いた。
スライムからの攻撃に対し、間一髪で女の子を助けた。横から突き飛ばすような形ではあったものの、母親のいる方へ優しく身体を倒してあげていた。
「ママ~!!」
安堵の声が辺り一帯に拡がった。しかし、無情にもヒュノに対して魔の手は近づいていた。
「ヒュノ、危ない!!」
「へっ?」
隙だらけのヒュノは瞬く間に巨大スライムに飲み込まれてしまっていた。どうにかして体内の外へと游いで逃げようとしているが、ヒュノに逃げ場はなかった。
「あべ? ぼびぼばれべしばっば~」
「おぃ、息するなって!! 溺れるぞ!!」
デスファングはヒュノを助けるために果敢にも巨大スライムへ突進したが、身体の中を通過するだけですぐに身体の外へと飛び出してしまっていた。
デスファングの体当たりに対しても巨大スライムの様子は全く変わっていない。ダメージすら受けていない様子。
余り長い間時間をかけてはいられない。ヒュノの様子も段々鈍くなってきており、全身が脱力していた。
時間の経過が余計に俺の心を騒ぎ立てる。冷静な思考が一番の近道であることは理屈ではわかっているが、助けたいという結果に先行してしまい考察する余裕は俺にはなかった。
「水分の癖に水分……水……そうか!!」
俺はアイテムストレージから取り出すと、握りしめたままスライムの身体に向かって体当たりした。
「兄ちゃん、危ない」
構うものか。
物理攻撃も魔法攻撃も能無しの俺は、こんなことしか出来ねーよ。
「弾けろっ!!」
願いは形になる。スライムの身体を形成していた水分は一瞬にして形を忘れ、元の水となり地面に拡がった。スライムの呪縛から解放されたヒュノを落とすまいとすぐに抱える。
「ヒュノ、大丈夫か?! おぃ、しっかりしろよ!!」
「ぅ……ケッホケッホ」
口なら僅かな水が出てきたかと思えば、苦しそうに大きく息をし始めたヒュノ。どうやら間に合ったようだ。
「ライくん、さっきの子は……」
「安心しろ、大丈夫だ」
「じゃあ、早く部屋に帰らないと、私街の人に嫌われて……」
「大丈夫ですか?!娘を、娘を助けていただきありがとうございました」
ヒュノに近づいたのは先程助けた女の子の母親だった。お礼を言われるとは思っておらず、ヒュノはどうしたいいかわからずにこちらを見てきた。
「街の人みんながヒュノを嫌ってる? 何か悪い夢でも見てたのかよ。大丈夫、ここはヒュノを嫌う人間なんていないなら安心しろ」
俺の言葉を聞いて安心したのか、ヒュノは俺に抱き抱えられたまま寝てしまった。
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