第8話 嫌われ者 アンド

「ヒュノ」

「あ、あの店からもいい匂いがするよ、ライくん」


「ヒュノさん」

「早く食べないとせっかくの料理が冷めちゃうよ?」


 何かを察したのか、食べ物ではぐらかそうとしていた。必至になる姿をみていると段々咎める気も失せてきてしまい、手にしていた熱々の料理を口へと運んだ。


「あ、ズルいっ!それ、次に食べようと決めていたのに~」

「食べるように勧めたのはヒュノの方だろ?ズルいと言えば、さっきのアームリングの売り方の方がズルいだろ?!最後の『秒で寝る』って何だよ、ヒュノのスキルで眠らせているだけじゃないか」


「だって、あの人全然寝てそうになかったんだもん」


 口を尖らせつつも反省しているようにも見えた。叱責したところで解決もしないので、先程の串焼きで相殺することにした。


『寝ていない』それは先程の被害者さんだけに限った事ではなかった。昼夜問わずモンスターが街へ現れ始まるようになってからは平和一色ムードであったタールマイナにも物騒になってきた。


「ま、ヒュノのその眠らせる力も一時的なんだろ?」

「うん、あまり使った事が無かったから詳しくは知らないけど……」


「じゃあ、特に問題ないだろ」


 半ば単純な言葉で笑い話にしたが、実際はそうではない。ドラゴンを一瞬で無力化し、命令を下していたときも、先程の客に対して商品を売り込むときも、ヒュノの瞳は明らかに通常とは異なっていた。


 眼を合わした者を惑わせるような力強さと、護りたくなるような、澄みきった淡い光。彼女の口から発せられた言葉1つひとつが、無抵抗な自分の心にスルリと侵入し、定住されるかのように残る。


 ドラゴンとの対峙では意識的にやったのだろうが、先程の客との会話からは、相手を操作してやろうとする悪意は端から見て感じとれずにいた。


 ヒュノからすれば、日常のありふれた光景の1つにしか過ぎないのだろうが、先程の客からすれば、ヒュノとの出逢いは運命的だと感じたのかもしれない。



「ねぇねぇ、さっきのお店の食べ物も買ってきていい?!いい匂い過ぎて寝ても忘れられないと思うの!!」

「あぁ、良いさ。俺はここで待っててやるよ」


 俺の言葉を聞くなり、人波を掻き分けながら、するするッと消えていった。眠りの力以外は本当に見た目通りの普通の子なんだと改めて実感する。


「さて、飯食べたらどうするかな……」


 俺の思考を遮るような会話が俺の耳へと侵入してきた。


「あぁあ、こう毎日毎日森の夜警が続くと此方の身が持たねえよな」

「あぁ、全くだ」


 俺とヒュノが座っていた席の隣から聞こえてきた。男2人。会話から察するに2人は兵団に所属しており、昨日は、あの森へ居たようだ。


「それよりさ『あの村』の件、いったいどうなったわけよ?」

「あの村?あぁ、モンスターを操っていた例の宗教村か?」


 村? ……ヒュノが住んでいた村の話か。タールマイナ内とはいえ、騎士兵団同士で他の地域の話をするのもどうかと思ったが俺は続けて聞き耳を立てていた。


 そのまま様子を窺うと1人は俺の幼馴染みの騎士兵団エズラトの姿がそこにあった。エズラトにヒュノの身柄を引き渡せば、昇給も間違いなしだろう。俺が独り身になってからも何かと心配してくれていたので助かっていた。


 正直、独りで生活するのは辛い部分だらけであった。ヒュノを引き渡せば、親父の名誉も少しは回復するだろう。そう思った俺は、彼等の後ろから声をかけようとした。


 その時、耳を疑うような会話が始まった。


「あの村が滅べば、隣国の治安は良くなるって話だったんだろ? それなのに、あの村が襲撃されて以降の方が、モンスターが活性化してないか?」

「まぁ……言われてみれば、エズラトの言う通りかもな」


「話によれば、あの村の生き残りがいて、そいつがモンスターのスタンピードを起こしている元凶って噂もあるらしい。もし遭遇したら真っ先に狩らないとな」

「おぅおぅ、張り切るね~。流石、伝説のヤギー・アロンサードノイルド候補の若きエース様だ」


 そう。幼馴染みのエズラトは、俺の父に憧れて入隊した。そんな彼の手助けになればと思い、入隊時の資金援助をしていた。今回も彼の昇進の足しになれば……


「止めろよ。アロンサードノイルドだなんて、あんな騎士兵団の面汚しと俺を比べないでくれ」


 「カルト宗教を悪者としてでっち上げ、滅ぼす事で隣国との協定を有利に運びたかったらしいが、モンスターの活性化が悪化したままでは隣国に示しがつかない」

「結局、俺たちの仕事が無駄に増えてるようじゃ歴史的愚策だったのかもな」


「アロンサードノイルド級ってか?」

「あははは。上手いこと言うじゃないか」


 俺は耳を疑った。彼が入隊できるよう、物資の調達や生産をして支援してきたが、彼の本音を聞いてしまい、目の前が真っ暗になった。


 彼はいい奴だった。


 父の剣技を絶賛していた彼と一緒に父に弟子入りし、技を磨いてお互い切磋琢磨していた日々はとても輝かしいモノだった。


「お待たせっ、凄く、すご~く長蛇の列だったけど……ふぁえ!? どこ行くの、ライくん??」


 俺は無言のまま合流したヒュノの手を握り慌てて連れ出した。駆け抜ける雑踏の音から逃げるように、避けるように。あの場から出来るだけ離れるようにしてがむしゃらに。


 アテなんて無い。少しでも耳に入るノイズが遮断できればそれで良かった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ど、どうしたの……急に」


 慌てて走った為、呼吸が上手く整わない。俺を心配してか、不安そうに俺の様子を覗き込むヒュノの顔がそこにはあった。


「いや、違う……違うんだ。『違った』んだ、全て……」

「えっ?いったい何が違うの……?」


 親父が亡くなった日も今日みたいに晴れた日の事だった。普段と変わりなく元気な姿で探索に出た親父は、夕方に亡骸として戻ってきた。


 嘘のように変わり果てた姿に俺は言葉を失った。親父は寡黙な人間だった。旅や仕事の話は何一つ語らなかったが、亡くなる2日前、俺の耳元で呟くように言った一言が今でも忘れられない。


『ドルミーラ教は嘘だった』と。


 ドルミーラ教はヒュノが暮らしていた村を拠点として栄えていた宗教団体。祷りを捧げることで厄災と呼ばれる神獣の怒りを鎮めることが出来るという言伝えを元に活動している団体だった。


 近頃は、ドルミーラ教の行動が厄災や準ずる不幸を招いているのではという噂が広まっており、ドルミーラ教反対派である過激派との睨みあいが続いていた。


 噂を否定すだけの知識も、想いも持ち合わせていなかった俺は、関わりの無いドルミーラ教の事をなんとも思ってはいなかった。


『ドルミーラ教は不幸を呼ぶ』というワードが無意識の内に頭へと侵入していた事もあり、亡き父の言葉を、自分なりに勝手に解釈していた。


『ドルミーラ教の教えは嘘、つまり偽りであり、厄災の回避とドルミーラとは関係がない』


 そういう結論に到っていた。無意識のまま。


 だが、たまたま隣のテーブルに座ってきた兵士から漏れた情報は俺の思考と真逆であった。


「ヒュノ、俺に言ってくれてたよな。『ボディーガードしてくれ』って」

「あ、うん。でも、あれは冗談っていうか。ライくんに迷惑かけたくないし~」


 また彼女の眼が曇りを増しているのがわかった。


 彼女が抱く不安や恐怖が、ばら蒔かれた嘘から生み出されてしまったモノなのであれば……


「良いよボディーガード。俺にその役させてはくれないだろうか」


 決意した。悪とされてきたドルミーラ教。


 もし、ヒュノが殺されてしまえばドルミーラ教は滅ぶだろう。


 だが、本当にこのまま滅ぶ事が人類にとって正しい選択肢かどうかは今では未知数となってしまった。


 ドルミーラ教は悪ではなく『人類の希望』であった場合、取り返しのつかない過ちを犯すことになるのではなかろうか。


 ヒュノは1人だ。このままではドルミーラ教が途絶えさせてしまう危険性がある以上、俺が彼女を保護し、そして護るべきだ。


「いいの? 私、その……嫌われ者だから」


 ドルミーラ教があったからこそ、今ある平和は護られていたのかもしれない。まだ可能性の1つに過ぎないが、何も検証しないまま、ドルミーラ教を悪だと勝手に決めつけたまま滅ぼして良いとは思えない。


「ドルミーラ教が何なのかハッキリは知らない。俺の発明したアイテムや装備品はポンコツでどこまで役に立つかわからん。ヒュノは嫌われ者かもしれない」

「……」


「でも安心してくれ。俺の方がもっと嫌われ者だ。それに俺はドルミーラ教の信者じゃない。だけど、ヒュノを信じようと思う」

「……ぷっ、何それ。信者さんじゃないのに信じてくれるって変じゃない?」


 ヒュノの表情が和らいだ。俺の知っているいつもの顔だ。


「笑うなよ」

「笑っちゃうんだよ、人って安心したら」


 こうして、ヒュノは俺の部屋に住む事となった。


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