第7話 催眠販売

 昼前は過ごしやすい時間帯もあって街の活気は最高潮だった。建物を構えといる店の入り口には吸い込まれており、また露店の周りには人集りが散見できる。


「凄い数のひと~!」

「ここタールマイナは、南北にそれぞれ徒歩で1日も行けば大きな隣街に行ける。その中間地点に位置しているから流通の要として、タールマイナも賑わっているのさ」


 もともと住民も多い街だが、それ以上にクエスト中に立ち寄るギルドや観光客など、他所から来たご新規さんが多い。商売をするには、タールマイナは高立地だと言える。


「じゃあ、売ろう!!拡げちゃおう~!!」「あ、待ってくれ!」


 商品を並べる為の大きな布を拡げようとしていたヒュノを慌てて俺は止めた。


「ほ?どうしたの?!」

「このエリアはマズい、こんな所で……」


「おぃ!」


 制止が間に合わず、俺達の様子を見ていた人間の1人が後ろから声をかけてきた。


「嘘つきライザじゃねーか」


 振り返らなくても声でわかる。この近辺の治安を牛耳っている商工会のメンバーの1人ルーカスだった。


「ルーカスさん、相変わらず賑わっていますね、このエリアは」

「あぁ。タールマイナで取り扱う商品はどれも高品質で価値があると評判さ。だから、街の信用を落とすような事はこれ以上しないでくれよ?利口なライザくんなら弁えてくれるよな?」


 笑顔を浮かべつつも威圧的な態度を見せるルーカス。俺は真っ向から対立しようだなんて更々思ってもいない。


「わかっている。あんた等の邪魔も街の信用も落とさないさ。住民が集まる向こうのエリアへ移動するから安心してくれ」


 俺はそう言い、ヒュノを連れて繁盛している街の中心エリアを後にした。


「どうして?!さっきの所の方が人いっぱいいたよ!!」

「あぁ、タールマイナは流通の要だから、初めて来た人は中心街にどうしても集中するのさ」


「だから、さっきの場所ですれば良いじゃない?」

「だから、駄目なのさ。嘘つき親父の息子のライザが店を拡げているとわかると、商工会の連中が商売の邪魔をしてくる。『街の信用を落とすな』と捲し立てるようにな」


「そんなの駄目じゃない!!」

「良いのさ。連中はお金儲けの妨げになる異物を排除したいだけ。だからこうやって、中心エリアを外れて、住民しか歩かない街の外れ辺りですれば奴等に気づかれない」


  街の外れに移動した俺等は、ようやく商品を並べ露店を始めたが、数時間たっても売れずにいた。最初はウキウキしていたヒュノであったが、通行人は誰1人俺達の商品を見ようとはしない。通りすぎる人を恨めしそうに指を咥えながら見つめているばかりであった。


「誰1人買ってくれないね~」

「あぁ、だな」


 商工会の連中に気づかれず、コソコソと販売を続けるには、人っ気のない場所が不可欠。その為、ほぼ隠れ家に近いような存在感のこの場所の前を通る人は限りなく少ない。


「退屈っ~。ねえねえ、私がお客さん見つけて連れて来てもいい?」

「え? 別に構わないけど……」


数分後、ヒュノはとある女性を連れてきた。


「ライくん、お客さん連れてきたよ~」


 40代そこそこと言ったところであろうか。買い物袋から食材が見えており、これから昼食を作るのか、夕飯の食材を買いに行ってきたというあたりだろう。


「良いのあるって言っていたから来たのだけれれど……」

「いらっしゃいませぇ!どうぞご覧くださ~い」


 困っている女性に対し、元気良く商売をしようとしているヒュノさん。

 敢えて言おう。


『この人たぶんお客様じゃないです』


 どうぞご覧くださいって、1品しかご用意していませんが、何か? 


 攻撃力が+1しか付与されないアームリングなんか主婦には全く必要ないだろ。主婦は誰と闘うって言うんだよ、教えてくださいヒュノ先生。


「あ……はは……初めてお店開いている感じかしら……頑張ってね、それじゃ……」

「待ってっ!」


 後退りしながら帰ろうとしている客を引き留めるヒュノ。

「ヒュノ、その人可哀想だろ。解放し……」「貴女……最近、肩凝っていませんか?!」


「えっ……」


 ヒュノが何かを言い始めたぞ。


「特に右肩。利き腕ですよね?」

「えっ……それが、何か」


「肩の位置が少しズレてるの。たぶん重たい物を何度も運び過ぎた影響なんだと思う」


 確かに、ヒュノに言われてからこの女性を見ると、向かって左。つまり、彼女の右肩がやや下がっているのに気づいた。


「利き腕って事は、料理中に食材を切るのも右手。つまり貴女は、少し下がった肩を使用して料理をするから、他の肩よりも多く疲れちゃう」

「えぇ……まぁ。確かに」


「そんな貴女に大事な商品がこれ!!じゃ~~ん!!貴女の人生を今から変えるアームリング『ふにゃん』のご紹介しま~す」

「えっ……これって、狩りに出られる冒険者の方が装着する装備品ですよね? 」


 不審がる主婦に対し、ヒュノは自信満々の笑みを見せていた。


「装備品……なんですが!!これをつけると、驚くほど不思議っ!なんと、いつもより食材がスパッと切れちゃうんです!!」


 いやいや、絶対それ嘘だろ。攻撃力が微増したくらいでなるわけないだろ。なんと、売れないかもと判断したヒュノは、インチキでアームリングを売ろうとしていた。


「それが出来れば苦労はし……」

「そう、『しない』ですよね?!でも、それが出来ちゃうんです!!普段生活していて『なんだか疲れちゃうな~』てこと有りません?!」


「えぇ……まぁ」

「あれって、体内に保有する既存エネルギーが微減しちゃっている証拠なんです」


「そう……なの?」

「それを補うのに最適な力って何だろうって私達、考えました!!」


 考えているのは今だろ。


「それが『1』!!1なんです。2でも、3でもない。『1』という最適な数値が、貴女の疲れた身体を芯からじわっ~~と温めることで、体内の現存エネルギーの消費を補っちゃうんです!」


 現存じゃなくて、既存な。トークが付け焼き刃過ぎて穴だらけ。とても販売者としてはブレブレであった。しかし、何故だろう。屈託の無い笑顔と、独特の柔らかくて明るい声に引き込まれてしまう。まるで、彼女の言葉が本当で、人生をより良く生きる為の教えを聞いているような気分だ。


「私、肩凝リ治ッテ幸セニナレマスカ?」「うん、なれるなれるぅ~」


「食材スパスパ……笑顔ニコニコ……」

「うんうんっ!『ふにゃん』をつけて攻撃力+1を得ると、家内安全っ!頑固な汚れにこれ1個、高い枝だって楽々斬れちゃうくらいの感動を貴女に!不眠症の貴女も秒で寝れちゃう優れ物っ!」


 嬉しそうに、有ること無いこと言っていたヒュノさん。連れてこられた客もとても嬉しそうにしているが、彼女の眼はすでに焦点があっていない。瞳孔は開きっぱなしで、眼の輝きは尋常ではなかった。完璧に洗脳されている様子だ。


「お買い上げ誠にありがとうございました」「ん?さっきのお客さん、アームリング買ってくれたのか?幾らで売ったんだ?」


「えっと、4200G だったかな」

「……よっ、ヨンセンニヒャクッ?!!」


 こうして、俺達は街で一番武器と同額の大金を手に入れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る