第6話 そうだ、街へいこう
「鳥さん、最近現れないですね~お庭の野菜さんもなくっちゃった~」
窓の手すりに顎を乗せ退屈そうに空を眺めているヒュノ。お腹が空いているのであろう。朝起こそうとした時も「まだ食べたりないです~」と寝ぼけながら愚図つき、毛布を離そうとはしなかった。
「床でもどこでも私は寝られますよ、ご安心ください」と当初は意気込んではいたヒュノだったが、寝た後は知らず知らずの内に俺の寝ているベッドまで移動し、気づけば俺の横でスヤスヤと寝ている始末。
毎日毎日、毎回毎回そうだ。ヒュノにベッドを提供した日は「私にベッドなんか勿体ないです」とか遠慮しつつも、数秒後には即寝落ちし、俺は渋々他の場所で寝ることにしている。
朝起きるとベッドにヒュノの姿は無く、気がつけば俺の横で寝息をたてていた。ソファーで寝ようが、階段で寝ようが、外に寝ようが。
気配を消した状態でヒュノは俺の横で必ず寝ており、俺も朝までそれに気がつかない。独りで寝るのが嫌なのか、それとも人肌恋しいのか。どこで寝ようが俺に逃げ場は無く、俺はヒュノのクッションに名実ともに成り下がってしまった。
「前に食べた鳥。もしかして、街中に飛んでいた鳥を、その窓から仕留めたのか?」
「むぅ……仕留めただなんて縁起でも無いこと言わないでよ。そんな可哀想なことしないもん」
「ああ、違うのか、すまな「眠らせただけです」」
おぃ。撃ち落とそうが、眠らせて落下させようが結果は同じだろ?
無駄に謝って損したじゃねーか。返せよ、俺の「ごめんなさい」と独りでゆっくり寝れる安息の地を。
「それにしても、ドラゴンの時や、お喋り鳥といい。ヒュノのその力、いったい何なんだ」
人類を滅ぼしかねないドラゴンは災害そのもの。人類が抗える筈もない程の天敵を、一瞬で眠らせた。それに加え、
「ドラゴンを眠らせるだけじゃなくて、従わせた……」
眠らせたドラゴンにヒュノは命じた。人類の言葉など耳を傾けない種族の筈が、ヒュノの言葉には素直に従った。
「私が眠らせた者は、一時的だけど私のお願いを叶えてくれるの」
お願いを……叶える。話す言葉に柔らかい印象があるのは、ヒュノの口調のせいだろう。耳障りの良いその声は何時間聴いていても苦にはならない。だが、彼女は言った。
『眠らせた者はお願いを叶える』と。
ヒュノは他者を眠らせる力を有している。そして、ヒュノが眠らせた者は、一時的に彼女に従うという。あのドラゴンをも一瞬で眠らせたんだ。きっとどんな生物が相手でも、ヒュノの力の前ではなす術がないのだろう。
「なぁ、じゃあ毎晩俺を眠らせて『ヒュノと少し離れて寝ろ』と命じてくれないか? いつも俺の隣に寝られても首が凝って困る」
嘘。真っ赤な嘘である。眼が覚めた時に、至近距離にヒュノの寝顔がこちらを向いており、唇がくっつきそうな状況に俺は耐えられないだけである。昨日は、後ろから抱き締めるように俺からくっついている形で寝てしまっていた。
連日、夜中の気温が例年より少し落ちこみ寒さを感じる程。俺よりも少し体温が高いヒュノへ暖を求めて無意識に抱きしめてしまったのだと推察するが、やはり無抵抗の客人と添い寝してしまうのは間違っている。
嘘つき親父の息子という異名を持つ俺らしからぬ低レベルな嘘を口にしてしまった。
「ライくんの首が凝るのは大変っ」
そんな馬鹿げているクオリティの嘘でもヒュノは恐ろしく簡単に信用し、騙されてくれる。簡単で有り難いと言えばその通りであり、チョロいと言えばそれまでである。
「あぁ、わかってくれたなら助かる。首は大事だからな」
これ以上寝違えが続き医術師の治療を必要としても困るからな。俺にそんなお金は持ち合わせていない。
「わかりました!首が凝らないように寝なさいとお願いしてみますね!!」
ヒュノさん。貴女は何もお分かりではありませんね、ご清聴いただきありがとうございました。
「食べ物を自前で確保出来ないとなれば、食べ物を購入するための資金集めをしなくてはならない」
「今から森でモンスターをやっつけに行くの?」
「俺はギルドに所属していないし、単独でモンスターを討伐できる依頼なんてないさ」
「じゃあ、私と逢ったあの夜はどうして森でモンスターを追いかけていたの?」
ヒュノの質問に答えるかのように、俺は棚の奥から取り出した。
「ライくん、それは?」
「これはモンスター探知機、そしてこの赤い塊が爆弾さ、コイツでモンスターを仕留める」
「バク……ダン?」
「あぁ。この赤い爆弾が破裂すれば、上級魔法1発分の火力が発動する」
「えっ、上級魔法?!そんな事が本当に出来ちゃうの??」
ヒュノが驚くのも無理はない。この世界で闘うには、術式等を用いて魔力の熱量を相手にぶつける魔法と剣や斧等の武器を使用するのが一般的。モンスターをテイムし、間接的に闘わせる等の方法もあるが修得が難しく、俺の知る限りではこの街にテイマーは存在しない。
剣と魔法が戦力と全てだと語られても差し支え無いこの世界において『それ以外』のマイノリティは蚊帳の外である。
「出来る……というか、出来たという方が正解かな。これまで何度も失敗を繰り返して、『道具』でも魔法や武器に退けをとらない高火力が出せるパターンを見つけた」
「じゃあ、それを街で売ればすぐ食べ物買えちゃうね!!」
「いや……それは無理さ」
「えっ……」
何回も、何日も、何年も。開発にかかった費用は安くはなく、俺が作ったアイテムに売値をつけるのではあれば、この街の武器屋に並んでいる一番高い業物と同じくらいになるだろう。
誰も使用していない、使えるか未知数のアイテムに大金を払おうと思う人間はいない。それに、俺は嘘つき親父の息子だ。誰も俺を信用しないのは安易に予想がつく。
ヒュノにも説明したが、こんな俺に「もったいないね~」と自分事のように残念がってくれた。
いつ以来だろうか。俺が独り黙々と造っている姿をみた親父が褒めてくれた時以来だから十数年くらいか。
英雄だった親父に褒められた事が嬉しくて、寝る間を惜しんで夢中で造っていたあの頃が懐かしい。
勿論、ヒュノが言ってくれた言葉は社交辞令だということくらい、無能な俺でもわかる。だが、たとえ社交辞令であっても、久しぶりに他人に作品を見てもらえて嫌な気はしなかった。
「ライくん、これは何?」
ヒュノがガラクタばかり入っている箱から取り出し握っていた。どうやら使い方を知らないようで、真剣に観察していた。
「それは俺が作ったアームリング。どうだ、軽いだろ?」
「うん!全然重さを感じない」
「一応、歴とした『装備品』としての分類に属している。装着すれば身体強化の効果がある」
「このプニプニしているこれが?!」
「あぁ、そうだ。どうだ、柔らかいだろ。そいつの特徴である『柔らかい』と『軽い』を極限まで追究した結果、複数個同時に装備することも可能になった」
「えっ、それって凄くない?!」
他国の村育ちのヒュノでも驚いてくれた様子を見るに、やはり複数個の装備品を同じ箇所に対し同時に装着する方法は浸透していない様子だ。
「これ絶対に売れるよ!!売りに行こうよ」
「いや、売れない」
「なんで?これも高いの?」
「いや、金属と違って森の木の樹脂をベースに加工しているから、安価さ」
「凄いっ!!」
「いや……装着すればわかる」
ヒュノは俺に促されるままアームリングを装着した。装着してもヒュノの身体に特別な変化はなく、キョトンと立ったままだった。
「あれ?!何も変わって……ない?」
「違うぞ、ヒュノ。ヒュノの身体能力は実際のところ変化はしている。これは『装備品』なんだから。ヒュノの攻撃力は確実に増しているぞ。『+1』だけな」
「ちょっと少ない……かも」というヒュノの反応を期待した俺。+1という数値は本当にごく僅か。装備品が無い状態の自然体でも+1は誤差の範囲。つまり、装備してもしなくても同じ。
「良いよ、売りに行こぉ~!」
「……いこお?!」
「いこいこ!すぐいこっ、いっぱい有るんだし、いっぱい売って、いっぱい美味しいもの買っちゃお~!!」
箱いっぱいのアームリングを持たされた俺。ヒュノは俺の両肩に両手を繋ぎ「急がないと日が暮れちゃうよ」と嬉しそうに出発を催促している。
「知らない街で、数日前に来たばかりの所で良くもまぁそんなに楽しそうに街へ出たがるよな」
「ほ? 街の外はそんなに危険なの?」
「寝不足が原因で、まともに生活ができていない層もある一定数はいるからな。刺されて、手荷物を盗まれても何も文句は言えないぞ?」
「じゃあ、外でこの商品を売っている間、私を護って欲しいな~。ライくんは私の『ボディーガード』してくれるんでしょ?」
ヒュノは嬉しそうに言ってきた。売れる筈の無いガラクタに何の夢があるのか。だが、満面の笑みを浮かべる彼女を見ていると、止めようと言えず、俺達は街へと繰り出す事になった。
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