第9話 睡眠学習法

 ボディーガードをさせてくれと言った言葉は誤りです。お詫びして撤回させていただきます。自分の身体も護れないのに、何がボディーガードだよ。


「ヒュノさん……いい加減起きてくれよ」「にゃむにゃむ……」


 まずは俺の身の安全を護る事が先決だ。毎朝添い寝されては俺の身も精神も持たない。


 今日は特に酷い。後ろから抱きつかれるようにして寝ているから逃げようがない。ヒュノめ。俺の事、本当にクッションか何かだと思ってるだろ、絶対。


 俺はお前の抱き枕じゃないんだぞぉ?!!


 俺の背中に柔らかい何かが当たっている感触がある。言葉では言い表せない。水袋でもなく、クッションでもない。柔らかいが、決して柔らかすぎず、程よい弾力が存在感を表している。


 これは一大事だ。早くヒュノの羽交い締めから脱け出さないと俺の魂の方が先に脱け出しそうだ。そうだ、飯だ!


「ヒュ、ヒュノさん!朝食の時間だぞ?!早く起きろよ、冷めるぞ」

「ふにぁ~はむはむ」


 ちょっ、待て待て待て待て!!すまない、騙そうとした俺が悪かった。謝るから首をパクパク食べるのは止めてくれ!


 それに背中も凄く当たっているから!!

 あ、当たってますよ?!

 ヒュノさんっ~~!!


 魔の時間は暫く続き俺は無駄に疲れる朝を迎えてしまった。


「ん~~!このサンドイッチ美味しいっ。そうそう、今日は食べる夢見てたから朝食2回分食べているみたいで幸せ~」

「眠りの力で自分の寝相とかコントロール出来ないのかよ?」


「もしかして今日も迷惑かけちゃってた?!ごめんね、眠らせるのは得意なんだけど、寝ちゃうのは専門外なんだ……あはははは」


 あはははじゃねーよ、笑っても俺は誤魔化されないからな。


「食べたらさっさと支度して出かけるぞ」

「ほぉ?また、アームリング『ふにゃん』を売りに行くの?今日も店員さん頑張ろっと!! ふんっ!」


「意気込んでいるところ悪いが、あれは当分の間は売らないぞ?誇大広告してまで売って、購入者からクレームが殺到しても困るからな。今日は森へ行くぞ」

「んぇ~~。売るの楽しかったのに~~」


 実際は違う。ヒュノがドルミーラ教の生き残りと知られれば、命を狙う者が現れるかもしれない。ヒュノに出逢う前の俺だったら、ヒュノを兵団側に喜んで引き渡していたに違いない。


 だが、ヒュノに命を助けられたとき、ドルミーラ教に対する自分の考えに疑念が生じてしまった部分はあった。以前から懐いていたドルミーラ教に対する負の感情と、助けられた時の俺の感情とは多くの齟齬があることに気づきはじめた。


【もしかすると、ドルミーラ教に対して誤認しているのでは?】と。


 しかし、現状の街はドルミーラ教に対する不信感や嫌悪感は抱いている人間ばかりだ。ヒュノにとって安心できる場所とは程遠い。


「あれ……ここは森じゃないよ?森みたいな色をした大きな建物だけど」

「ここはギルド管理組合。様々な依頼、つまり仕事が集まる。依頼を達成すれば成果として報酬が手に入る」


 ギルド管理組合は街を管理する王族側の組織とは異なった団体である。王族側が束ねる騎士兵団は公の事象に対し行動する。一方でギルド管理組合は、ギルドという集まりを管理するだけであり、ギルド管理組合専属の戦力集団を持ち合わせてはいない。


 また、ギルド管理組合は、街の住民の困り事などら騎士兵団では取り扱えない個の案件に対し、依頼という形で集めている。


「いらっしゃいっ!お、ライザ。やっと来やがったな」

「なっ……ファゼック。お前、なんでこの街にいる?!今日はお前が窓口担当の日じゃないだろ?!マームさんはどうした!!」


「あいつ風邪だとよ。それで俺が久しぶりに窓口担当ってわけよ。退屈だぜ……」

「いつもながらに煩いな、ファゼックは。そんな威圧的で口が良く回る奴が窓口だと新規の受注者が寄り付かなくなるぞ?」


「こいつ……相変わらず無愛想にしやがって。苦労人ライザの生活資金が稼げるように、手頃な依頼を特別に斡旋してやっているのに生意気言うまでに成長しや……がって?」


 受付のファゼックは俺の後ろにちょこんと重なるようにして隠れていたヒュノに気づいたようだ。


 ヒュノも新しい場所に連れて来られ緊張している様子。それに恰幅の良い喋り好きのファゼックに対して初見から「こんにちは、私ヒュノです~」だなんてフランクに話せるタイプでもなさそうだ。


 アームリングを法外的な価格で売り付けたのも小柄な女性だったしな。


「なぁ……ライザ、後ろの子は生き別れの妹か何かだよな」

「あ……うん」


 なんて答えるべきか。ファゼックにドルミーラ教関係の内容を知られてもマズイ……よな。こいつ、情報屋でもあるし。


「じゃあ登録だけさせてくれ。嬢ちゃん、名前は?」

「ヒュノ……です」


 素晴らしいヒュノさん。最低限。最低限でいいから。


「了解。ジョブは何だ?剣士には見えなさそうだが」

「えっと……教祖です」


 ちょちょちょ!


 ドルミーラ教の事とか、村出身とか余計な情報をファゼックに言わなくていいからな。


「あぁ、ヒュノはまだ駆け出しのヒーラーなんだ」

「……オーケー。そうそう、さっき武器修理の依頼書が上がったから、それとかどうだ?稼ぎは低いが、ライザ向きだろ」


「いや、森へ入りたいからモンスターの討伐系がいい」


 俺の言葉を聞いてファゼックはため息をつきながら項垂れるように座った。


「……あのなぁ~ライザ。お前の本職は何だ、言ってみろ」

「何だよ、急に。鍛冶屋だけど?」


「そう。鍛冶屋は錬金スキルでアイテム生成や装備品強化が主な仕事。工房ありきの街仕事だ。それに、連れの嬢ちゃんは駆け出しのヒーラーだ?お前、森舐めているのか?」

「舐めてねーよ。いるんだよ。森へ行く口実が。森に入って素材を入手しないと俺みたいな弱小鍛冶屋は即廃業なんだよ」


 俺の言葉を無言で聞いているファゼック。奴の眼は俺の言葉なんか気にもしていない。ずっと俺の眼を見ていた


「……嘘つきライザめ。今日も、そういう理由だと素直に騙されてやるよ」


 やれやれと言った様子でファゼックは席を外してくれた。幼馴染みといい、ファゼックといい、このお人好しの2人には毎回救われる。


 ファゼックは俺の真意に気づいている。だからこそ、森へ行くなと警告してくれた。彼の優しさに感謝しつつも、俺は森へ行かなければならない。


 ギルド管理組合から出た俺達は、依頼書を握りしめ森へと向かった。


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