第3話 やっぱりクッション!木から落ちても「大・丈・夫」

 月明かりがやけに明るく感じるのは静けさのせいだろうか。これから地獄の現場へと向かっているのにもかかわらず不釣り合いな状況に俺は怯んでしまっていた。


 夜行性モンスターがいないとして知られているこのエリアにモンスターの姿が見えないのは当然の事である。俺だってそう思いたい。


 しかし、俺が発明してしまったガラクタ様は無情にも『NO』を突きつけてきた。生みの親でさえ信じがたい嘘のような事実。今だけは嘘であってほしいと願ってしまう。


 現場に近づくにつれ、無駄に思考を巡らせてしまう。考えることを中断した瞬間、モンスターに遭遇しそうだからだ。モンスターの個体数が把握出来ない今、下手に騒ぐことも許されない。


 「いた……」


 姿勢を極力低くなるよう心がけながらゆっくりと覗いた。肉眼で確認出来るだけでも数えきれない程のモンスターが暴れ狂うように移動する様子が拡がっていた。


「やはりここの個体も寝ずに起きてる……それに様子が変だ」


 先程から違和感を拭えずにいる。暴れ狂うように動いているが、決してモンスター同士で争っているような素振りは確認できない。


 何かに怯え、その場から離脱したいかのように駆け抜けているという感じがした。夜行性モンスターがいないエリアという肩書きは今すぐ返上しなければならない程の数が起きている。


「いったい何故同じ方向に……」


 何かを目指すかのように、何かから逃げるかのように……皆同じ方向へと走り抜けている。


 茂みの影から覗き見していた時に、一際大きな影が駆け抜けた。


 その時俺は硬直した。


 決して綺麗とは程遠い翼を激しく上下に動かしながら、逃げているモンスターに噛みつく一匹の個体。鋭い牙で捕食しつつ、咥えたモンスターが暴れないように地面に何度も何度も叩きつけている。血が噴水のように噴き出す姿に俺は一瞬だけ言葉を忘れてしまった。


 そして、理解したときにある種族の名が脳内を占領した。


「ドラゴン……」


 万物の頂点に君臨し、抗おうとする他に対し圧倒的な力で捩じ伏せてしまう生物。巨大な翼が2度稼働しただけで、嵐が来たかのように周りの木々を傾けていた。



 はっきり言って俺は、ドラゴンに対する知識は文献程度しか持ち合わせていない。おとぎ話には何度も登場しているが、これ程にまで鳥肌が止まない恐怖を与えてくる生物だと教えてくれた作品はなかった。


 今は出逢った事を不運と嘆くべきなのだろう。


 身体の大きさ、鋭い眼光、そして身を焦がす程の威圧感。どれを取っても俺が奴に勝っている要素がないことくらい戦わずして明白である。


「そりゃ、あんな怪物が彷徨うろついていれば、寝ているモンスターでさえ逃げ出したくもなるよな」


 生活に必要なお金を獲るために、俺は森に来ただけだ。ここはモンスターでさえスヤスヤ眠ると評判の森であり、冒険者ではない俺でも簡単に外出できるくらいの治安の良いエリアだ。そんな楽園でドラゴンに遭遇するとは、神はなんと俺に厳しいのだろうか。


 信仰心が薄いというだけで、ドラゴンと対峙させるだなんて神はなんと卑劣な存在なのだろうか。思わず天を仰ぎたい衝動に駈られた。


 その時だった。


 突如、頭上から押し潰されたかのような衝撃に襲われ、一瞬だが記憶が途切れた。


 気がつけば俺は地面に横たわっていた。最初はドラゴンからの攻撃を受けたのだと思ったが、まだ奴は俺を視ているだけに留まっており、狙われたような素振りも確認できない。


 逃げ狂うモンスターにでも踏まれたのであろうか。それにしては、まだ重みを感じたままなのは変だ。通りすがりのモンスターに踏まれたのであれば、継続して重さを感じない筈だ。


 では、俺の身体の上に未だに乗っているものはいったい何なのか。俺はゆっくりと目をやると、そこには女の子が跨がるようにして座っていた。


「あいたたたたた~びっくりして落ちちゃったよ~。クッションがあって良かった~」

「あの……」


「ひゃ?! ごめんなさい、喋るクッションさん!!」

「いや俺、人間……」


「ごめんなさい!! 喋る人間さん!」


 驚かれた俺。生憎、喋らない人間さんに俺は遇ったことはない。


「えっと、君はいったい……」

「あ、えっと……木の上で昼寝していたら急に風が吹いて落ちちゃったみたい」


 シルクのようにさらさらとした金色の髪を靡かせながら、屈託のない笑顔で答えた彼女。


 いつモンスターが襲ってくるかわからない森の中で呑気に昼寝をするとは何を考えているのだと問い詰める方が先なのか、それとも夜遅くまで昼寝とは何時間寝る気なのかと諭してあげる方が先なのか。


 その問いについては後回しにしよう。生きていれば何度も質問できる。


「えっ……わっわっ!」


 俺は彼女を抱き抱えると同時に、俺は持っていたお手製のアイテムを足元に転がした。線を抜き、大量の黒い煙が勢い良く噴出した。


「い、今の何?」

「あぁ、あれは煙幕玉。一時的に煙が充満するだけのお手製簡易アイテムだから、ドラゴンを倒せたりはしない。だから、あんまり期待はしないでくれよ?」


 昔、英雄の一人とされていた親父からは冒険の自慢話を良く聞かされていた。多少誇張されていた部分もあったがとは思うが、帯同せず街で親父の帰りを待つ俺にとっては、その話が何よりのお土産であった。


『俺だったら、もっとこうしたのにな』などと、あらゆるパターンを妄想し勝手に同じ苦悩と功績を積み上げては、型破りな親父とは対照的に、沈着冷静な俺ならではの解決策を生み出していたものだ。


 だが今はどうだろう。空から落ちてきた知らない子をお姫様抱っこしつつ、遭遇したドラゴンから逃走を謀ろうとしている。


 咄嗟に動いた結果の集大成がこの有り様であり、冷静に考えてみると俺の今の姿はあまりにも滑稽だ。亡くなった親父に話せば笑われるに違いない。


「グァアアアアッ!!」


 耳を塞ぎたくなる程の咆哮がすぐ後ろから聞こえてきた。所詮、人間が造った目眩ましは、神と謳われた存在の眼を欺こうとしたのは邪推だったのかもしれない。


 数秒で回り込まれ、俺達の行く手を完全に阻まれた。


「許してくれ、お喋りはもう出来ないみたいだ」

「あの……質問してもいい?抱っこしてくれたのは、もしかして助けようとしてくれたの、私なんかを?」


「実際は上手くいかなかった。錬金スキルC級の凡人が、柄にもなく人を救うだなんて夢みたいな事出来っこないさ」


 俺は彼女を下ろした。


「君は寝起きだったようだが、独りでも走れるか?」

「走るのは、そんなに得意じゃないけどね。私は、寝ることが得意だよ?!」


「ははは。ドラゴンがいるのに、また昼寝の話かよ」

「あっ、笑った!! 嘘じゃないもん」


 拗ねた様子を見せたあと、彼女は徐にドラゴンの方へと歩きだした。


「おぃ、逃げろって!!」

「観ていてね?」


 こちらを振り返り、大きな青い瞳をこちらにみせている彼女からは、ドラゴンに対する怖れといった感情は滲み出ていなかった。まるで、おつかいを頼まれた子どもかのように鼻唄を交えつつ歩いていた。


 そう話したあと、彼女はドラゴンに向かって手を翳した。ドラゴンの足元に紋章が出現したかと思えば、彼女の「おやすみなさい」と言う言葉を呟いた。


 すると、闘争心剥き出しであったドラゴンはその場で崩れ落ちるように倒れこんだ。


「ドラゴンは死んだ……のか?」

「人聞きの悪い事言わないで。眠らせただけだよ。私、寝ることが得意って言っていたでしょ?!」


 ドラゴンを眠らせ無力化に成功している。まるで夢でもみているような感覚に陥った。

 死んだ親父に話せば『嘘みたいな話だな』と馬鹿にされそうな出来事だった。

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