第2話 夜の森と仕掛けた罠

『腰抜けで嘘つきは死に値する』


 かつて、厄災と名高いドラゴンの討伐に成功したメンバーの1人であった俺の親父に対し向けられた言葉だった。


 元英雄にもかかわらず世間から罵倒され続けた親父は、富や名誉の殆どを喪い俺を残したまま他界した。


「おっ、ライザ。眠れないからって、こんな夜更けに何処へ行く?」

夜更け・・・だからだ。俺みたいな疫病神は白昼堂々と街を歩けないんだよ、察してくれよ」


 俺の動向を気にする街の兵にそう伝え、彼の鎧をコツンと叩いた。


「ライザ、本当は俺なんかじゃなくてお前の方が戦いのセンスがズバ抜けて優秀なのは明らかだ。お前の気持ちさえあれば入隊できるよう俺が上に掛け合うから……さ?」


 周りの様子を窺いながら俺に耳打ちをしてきた。周囲に人の気配はないが細心の注意を払うあたり立派である。俺みたいな人間と気安く喋っている所を見られては何かと不都合だからな。


「はいはい、国を護る誇り高き騎士兵団に抜擢された幼馴染み様が『嘘つきライザ』なんかと気安く会話していたらお前も疑われるぞ? お前には俺と違って輝かしい未来があるんだから、しっかりと街の警護しろよ? 俺が街の外に出てから……な?」


 夜が進むと街を護る兵士が各入口に配置され、街の出入が制限されるようになる。


 以前はここまで厳しくなかったが、モンスターが街を襲う事件が各地で発生するようになってからは、俺達の棲む街にも導入する形となった。


 『夜行性モンスターがいないエリア』として名高い俺達の街タールマイナは、多くの人や物が往き来する比較的安全な街である。


「また外……かよ。夜間の出入りが厳しくなったのは知っている筈だが? まぁ、お前が街の外へ向かうって事は、森で何か起きているのだろ、ライザ……」

「散歩だよ、散歩。気晴らしに街の外の空気が吸いたいだけさ。売り物にならない物作りすぎて肩も凝ってきたからな」


「……」


 無言のまま睨まれた俺。長い付き合いでもある友を俺は騙せる程の嘘つきではなさそうだ。


 気を紛らわせたくて、少し頭をかきつつ白状することにした。


「わかったよ、正直に話す。俺が以前に森で設置したモンスター探知機があっただろ? あいつが誤作動してるから回収に行くだけだ。爆発して森が焼けてしまったら、それこそ騎士兵団の皆々様に多大なるご迷惑をおかけしちゃうだろ」

「……そうか。危ないと思ったら引き返して来いよ?」


「ははは。だから、ただの回収だって言っているだろ。まさか、嘘つき発明家の俺のアイテムの作動を本気で信じているのか? そんな奴は出世しないぞ」


 俺は笑い飛ばしたが、流石に幼馴染みの目は誤魔化せそうにもなかった。彼の名はエズラト。数少ない幼馴染みの1人であり、優秀な人間だ。


 騎士兵団に入隊することが夢だった彼を応援する為、生産業の下請け仕事や雑用を増やし資金援助もしていたこともあった。


 勿論、俺だって貧しい。だが、目標に向かって直向きに頑張っているエズラトを応援することが、当時の俺の唯一の生き甲斐だった気がする。


「察しが良すぎると身を滅ぼすぞ、エズラト?」

「その言葉、そのままライザに返す。それと気を付けろよ、あの村跡には近づくな」


「村跡? あぁ、襲撃されて壊滅した宗教村の事か?」

「ライザが仕掛けたモンスター探知機に掛かったのは、モンスターとは限らないだろ?」


「ははは。……もしかして、人だけでなくモンスターの意識さえ操るって評判だったあのカルト宗教村の生き残りの可能性を心配しているのか? あそこは既に廃村、その後も隈無く調査しても信者は確認できなかったんだろ? 何を今更気をつける必要がある?」

「……今日は風が妙に温かい。嫌な気がするんだ、ライザ」


 エズラトはそれ以上話してはくれず、何も見なかったかのように俺を街の外へとすんなり出してくれた。他の出入口ではこうはいかない。幼馴染み特権と言ったところだ。


 幼馴染みの彼の恩に感謝しつつ、全速力で森へと移動した。


「えっと、反応したのは……北第1エリアだったよな。近くて助かった」


 俺が発明したモンスター探知機はこの森に無数に仕掛けてある。勿論、騎士兵団が警護で巡回するルートを外して設置してあるものだ。見つかって牢屋にぶちこまれても厄介だからな。


「お、いたいた。やっぱり人ではなくモンスターだったか」


 設置したポイント付近に到着すると、螳螂型のモンスターが一匹だけ彷徨っていた。モンスターも俺の気配を察したようで、ギリリと歯ぎしりに似た音をたてながらこちらを睨んでいた。


「闘う気満々ってところだな」


 鎌を構えたモンスターに突っ込む形で俺も応戦する。敵の紅い眼は充血したように濁っており俺とは焦点が合わなかった。


 しかし、反比例するかのように感情は読み取りやすく滲み出ていた。


『殺したい。ころしたい。コロシタイ』


 俺の命を奪う事ことで簡潔に完結する願望そのものだった。


 俺に対し容赦なく振り抜く鎌。眼にも止まらない速さで攻撃に対し、装備していた自慢の双剣の威力も陰りを見せていた。


「速ぇ……俺が作った武器は耐久性+1だから守備には適さないのにな」


 防戦一方の苦しい展開が続き、武器の消耗も増してきた。俺の握力も限界を迎え、握りしめていた短剣が弾き飛ばされるという最悪の結果を招く。


「幼馴染みの忠告通り、今日はマジで危険な散歩だったかもな」


 モンスターの姿を残し、俺は離れるように走り出した。


 だが奴は狩りの天才だ。武器を捨て、逃げようとしている俺の姿は、奴からすれば滑稽にしか見えないだろう。


 弱肉強食の世界で、闘いを放棄する生物に未来など存在しない。


 強者が弱者の命を摘むのは、言葉を交わさないモンスターにとって当たり前の事だ。殺める為の鎌を有しているのであれば、逃げる弱者を追うのは至極当然の行為。


 獲物を追う側であるモンスターにとって、今の状況を疑うことはないだろう。


 そして察することもないだろう。


 俺が嘘をついているのにも。


「ヤバい殺される。た、助けてくれ……なんてな。騙されたお前の敗けだ、恨むなよ?」


 逃げたフリをし、モンスターを誘い込んだ俺は、事前に仕掛けて置いたトラップを発動する。


 鼓膜が破れそうな程の爆発音が響くと同時にモンスターの身体は粉々に砕け散った。


 4mは越すモンスターの身体を一撃で狩る嘘みたいな火力。爆風で俺も飛ばされてしまったが、地面を転がるだけに留まり、身体が木端微塵になることは免れた。


「ゲッホゲッホ。くそっ……火力調整ミスか? それとも爆散範囲を絞るべきか……何れにせよ今度はもう少し抑えないと俺も死ぬかもな。誰でも使用できるとはいえ、確かにこれじゃあ売り物にならないかもな」


 装備品を作ってもガラクタしか生産できないのであれば、殺傷能力のあるアイテムが作れないかと考えたまで・・はよかった。


 しかし、火力量が毎度不安定な爆薬を誰でも使用できるとなると、街がいくつあっても足らないのかもしれない。


 充満した煙に数分間はせてしまう結果となった。流石に今回はやり過ぎたようだ。


 だが、モンスターを一撃で狩れた事には変わり無い。それに、これから獲るアイテムに比べれば、今回の痛手は我慢できる範囲だ。


 さっきのモンスターの動きから察するに、あの螳螂型モンスターは上位種なのは間違いない。軍隊クラスの体力を兼ね備えている俺でさえ攻撃の隙を与えてくれなかった。


 上位種のモンスターが狩れたとなれば、奴から獲られるドロップアイテムもさぞかし豪華な筈だ!! 売れば、アイテム開発費の足しに出来るっ!


  意気揚々と俺は現場へと戻る。


「何が、カルト宗教信者には気をつけろだよ。もう存在もしない奴等に今後も怯えながら暮らせって言うのかよ、あいつは」


 俺はドルミーラ教が嫌いだった。


 奴等は特殊能力を使用し、モンスターだけでなく人間に対しても脅威的な存在として怖れられていた。彼等の村が無くなった今では『ドルミーラ教』という単語を聞く回数が激減したこともあり少なからず安心して過ごしている人もいる筈だ。


「あぁ、やっと人類に平和が訪れる」


 そんな漠然とした明るい未来を想像していたが、現実は違っていた。彼等が滅んだ今ではモンスターが夜な夜な暴れまわっている。


 その影響で熟睡できない日々がむしろ増えたのではと錯覚してしまうくらいだ。


 更に、夜行性ではないモンスターでさえ夜に暴れている始末。


 ドルミーラ教は不思議な力を使い、モンスターを操ることができると主張する団体だった。


『モンスターと人類が共存し、安眠できる世界を』


 彼等は常々そう主張し、彼等がモンスターを操ることを正当化し、そして信者を集めてきた歴史があった。


 だが、ドルミーラ教という存在が、本当にそんな役割を担っていたのかはわからなかった。


『拡がった噂を利用し、洗脳に成功した人間からお布施を回収するだけの団体だ』と懸念する声もあり、ドルミーラ教を嫌う人間も沢山いた。


 勿論、俺もドルミーラ教が嫌いだ。


 何故なら、親父の名を奈落の底に落とした原因でもあるからだ。


 それももう彼等が滅んだ今ではそれも全て『過去』の話となった。


 ドルミーラ教も親父も死んだ。


 もう存在しない彼等のこと事を考えるより、今はモンスターから獲られるアイテムや素材があるかを確認し、貴重な物であれば早く売って軍資金を獲たい。


 逸る気持ちを抑えつつ向かった。


「お金、もしくはアイテムっ! おか……」


 戻った俺の眼には何も映りはしなかった。


「はっ?」


 無い……無い、無い!!


 俺が手掛けたアイテムで、念願の上位種を初めて狩れたっていうのに、肝心なご褒美が地面に転がっていなかった。まるで全て吹き飛ばされたかのように忽然と……


「あっ」


 俺、気づく。


 モンスターを狩る為に威力を極フリをした代償として、大切な宝物達も吹き飛ばされた事に。


 ……最悪だよ。金欠気味の俺にとって、この仕掛けは一攫千金を狙える相棒だと思っていた。だが、結果としては身を滅ぼす一手に成り下がっていた。このまま収穫なしで一夜を過ごしてしまうのだろう。そして明日からは、冷えたお粥のみの生活が続いてしまうのだろう。


 どう足掻こうがバッドエンドが俺を手招きしているのは間違いない。全てを覚悟したその時、俺の聴覚を疑ってしまう程の音を捉えた。


 一斉に鳴り止まないアラート音。1つや2つではない。街の人が合唱しているかのように、けたたましく騒ぐ。


 音の正体は俺が仕掛けているモンスター探知機。生物が通過すれば、俺の手元にある受信用道具に報せが舞い込む単純な装置だ。モンスターかもしれないし、ただの誤作動という線も残っている。だが、こうも同じタイミングで一斉に鳴るのは偶然にしては出来すぎている。


 しかも、鳴っている個体は全て北第2エリアに仕掛けた物ばかりだ。


「行くべき……だよな」


 街に戻って幼馴染みの軍人に伝えるという手もある。だが、目視もしていないこの状況で『北第2エリアの森でモンスターが活性化しているかもしれない』という情報を伝えた所で、果たしてこの行為は適切なのだろうか。

 黙認はしてくれているが、俺は無許可で夜の森へ侵入している身。幼馴染みのアイツは信じてくれた所で、軍を巻き込んだは良いが、結果としてモンスターが居なかった場合、彼の信用を落としてしまうのではないだろうか。


 世間からすれば、俺は『腰抜けで嘘つき親父の息子』だ。誰からも信用されず、存在そのものが嘘のような扱いを受けている。


「俺じゃあ、誰も応援してくれないよな」


 皮肉まみれの絶望の言葉を口から出すことで自らを無理矢理決心させた。


「俺独りで確認しに行くしかない」


 爆風で吹き飛ばされたドロップアイテムを捜し回る時間は確保出来そうにもない。握りしめていた双剣を納刀した俺は、北第2エリアへと向かうことにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る