第22話 子爵様の悩み
「ご足労いただき感謝する、ドレッドノート殿」
「俺は貴族じゃないんで気を使う必要はありませんよ、マッコール卿」
夜のうちに領都マーデールの長い坂を上り切って、マッコール領主の館へと参じた俺達は、すぐさま領主の私室へと通された。
館も内装も華美さはなく、質実剛健といった風情。
ここまでに抱いていた印象とは少しばかり違う。
「さきの
「君は……〝妙幻自在〟のロロ・メルシア殿だね。……お二人ともお初にお目にかかる、マッコール領をおさめているフェリック・マッコールだ」
「子爵様。早速ですが、お話をお聞かせください」
やりとりはロロがする、というのは当初から決めていた。
なにせ、俺ってヤツは貴族との会話どころか、日常会話すらおぼつかないところがあるからな。
なにか、失礼があったらまずい。
「君達は冒険者ギルドに立ち寄ったと聞いた。おそらく、すでに現状を理解してくれていると思う」
「……はい。失礼とも思いましたが、冒険者として現状把握を先に済ませておきたかったためです。申し訳ありませんでした」
「いや、君達のような現場を知る人間なら、私の説明寄りはずっと雄弁だったろう」
整えられた口髭に触れながら、マッコール子爵が苦笑する。
「それで、どう思ったかね」
マッコール子爵の視線が俺に向いたので、軽く咳払いしてから口を開く。
「子爵様、俺は学のない冒険者代表みたいな男です。敬語もまともに使えないし、貴族の取り決めや会話もわからない」
「こちらが呼び立てした身だ。そんなことは気にしないとも。それに、私は君が
どこか人好きする顔で、マッコール子爵が笑う。
マッコール領の現状を見て少しばかり身構えていたわけだが、どうも悪い貴族様には見えない。
どちらかというと、純朴な印象すら受ける。
「かなり昔、匿名で『シルハスタ』に依頼を出したことがあってね。その時に君を見た。活躍が耳に届くたびに嬉しくなってね、いつか仕事をまた頼もうと思っていたんだ」
「そりゃあ、ありがたい話で。じゃあ、その依頼の話に移りましょう。……何があったんで?」
俺の質問に、マッコール子爵の顔が険しくなる。
いや、どちらかというと苦悩している風に見えた。
「各地で
「それはボクらも把握しています。冒険者ギルドが機能していないのが原因かと」
「こちらでも、その問題把握している」
マッコール子爵の目配せに頷いて、そばに控えていた家令が書類の束を机に並べる。
「我が領の冒険者ギルド登録冒険者の数と、依頼数の推移だ。あと、諸経費についてもまとめてある」
「これ、俺達が見ていいもんなのか?」
並べられた資料に、思わず地の言葉が出てしまう。
本来これらは外部秘とするべきものだ。
マルハスの冒険者ギルドでもこういったデータの拾い上げや集計はするが、外に持ち出すなんてことはない。
「ドレッドノート殿は、優れたギルドマスターだと聞きましたから」
「買いかぶりが過ぎる。しかし……ああ、これはまずいな。依頼があがっていないものも含めると、もっと増えるんだろ? これ」
しかも、領内の広範な地域から依頼が寄せられており、これを処理できていないとすると、かなりマズい。
そして、データ的にはマルハスが本格的に開拓都市として機能し始めた頃から、依頼の不達成率があがっていた。
おそらく、受け入れを自由にしたためにマルハスへ冒険者が流れたからに違いない。
いまやマルハスは冒険者特需とでもいうべき好景気だ。
生命を金に換える冒険者稼業に身を投じる者にとっては、支払いがいいところに身を置くのは当たり前とも言えるが。
「マルハスや流れた冒険者を責める意図ではありません。ただ兵士や、雇上げの冒険者での対応が間に合わないんです」
「子爵様が報酬を上乗せするってのは?」
「必要な予算は投入しているのですが……」
小さく首を振るマッコール子爵。
この屋敷の様子を見るに、あながち嘘ではないだろう。
むしろ、相当身銭を切っている可能性すらある。
「魔物が増えたのか、冒険者が減ったのか……それとも、その両方が起こっちゃったのか。判断がつきづらいね」
「原因はともかくとして、事実として荒れてんだ。何とかするには、まずは問題を明確にしねぇとな」
「……冒険者ギルドに探りを入れてみっか」
「冒険者ギルドに、ですか?」
首をかしげるマッコール子爵に、俺は頷く。
「俺達は、ここに来る道中で
「正当な報酬が支払われていないという事ですか? 領からも金を払っているのに?」
「さぁな。まずはそこをはっきりさせねぇとどうにもならん。ところで、マッコール領の税ってのは高いのか?」
「ちょっと、ユルグ……!」
口に出してから、しくじったと気付く。
領主相手に税金の話を振るなんて、不敬すぎる。
しかし、マッコール子爵は家令に「帳簿を」と指示して、こちらに向き直った。
「我が領の税は王国法で定められたものに、酒税くらいです。決して、法外なものではありません」
「じゃあ、みんなそこそこ金持ってるはずだろ? 何で冒険者に依頼料が入らねぇんだ……?」
どうにも引っかかる。
冒険者ギルドが不正している可能性はできるだけ排除したかったが、金の流れが悪い。
それでもって、領民たちの諦観じみたあの感じ。
厄介なことになってる気がするぞ……?
「俺らはしばらく、一般の冒険者として逗留する。その間に、子爵様の方で冒険者ギルドの金の動きを追ってくれねぇかな」
「わかりました。でも、冒険者として……とは?」
「そのまんまの意味だ。俺とロロで、たまってる依頼をいったん流す。金だけじゃなくて依頼方面からも見ねぇと、何がどうなってんのかわかんねぇからな」
現状の問題は、冒険者がいつかないことと、それによる依頼の滞留だ。
現場で何が起きてるかわからない限り、金があっても依頼がたまる可能性はある。
正直、書類仕事は苦手だし、身体を動かして直接ハチの巣をつついた方が早い。
「さぁ、明日から忙しくなるぞ」
「何だか楽しそうにしてるね?」
「そりゃ、お前……久々の冒険稼業だからな」
俺の言葉に、ロロがにこりと笑った。
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