第21話 予定外の訪問者

「さて、状況が見えてこねぇな」

「うん。これはサランがいたほうがいいかもね」

「違いねぇ」


 宿に帰った俺達は、ギルドで得られた情報に首を傾げた後に、頷き合う。

 状況は思ったよりも悪かった。

 冒険者ギルドに寄せられた情報はそれなりにあり、詰めていた冒険者もそこそこに手練れだ。


 ただ、資金繰りがうまくいっていない。

 冒険者ギルドというのは、国際組織だ。

 国や都市、それと冒険者ギルドが必要だと判断したからそこに在るというものであり、ああも寂れているのはちと問題と言える。


「どうしてあんなにお金がないんだろう? うちは、そこそこ潤沢だよね?」

「ああ、サランのやつが〝淘汰〟を盾に国防費をふんだくってるし、開拓都市かつ迷宮ダンジョン隣接都市として、冒険者ギルドからもそこそこのレートで報酬査定がついてる。儲かりすぎてるくらいだ」


 まあ、そのくらいしないと冒険者を辺境に呼べなかったという部分もあるが。

 だが、仕事と金払いがあればどこにでも――それこそ国外にだって――行くというのが、冒険者という生き方を選ぶ人間だ。

 つまり、こうもマーデールここが寂れているというのは、どちらかが足りない。


 まあ、おそらく金だ。


 普通、『準退避危機』分類となっている魔物モンスターを討伐すれば、金貨が二枚は固い。

 さらに言えば、俺達のような冒険者信用度スコアの高い人間が動いたとなればさらに払うのが慣例だ。

 特に依頼を受けたわけでなく、行きがかりに狩ったという点を加味しても銀貨五十枚に満たないというのは、いささか報酬が軽すぎる。

 冒険者への報酬というのは、命の値段でもあるのだ。

 あのように安く見積もられては、冒険者がいなくなって当たり前だ。


「冒険者ギルドから報酬査定が出てないのかな?」

「どうだかな。酪農都市ヒルテの隣接都市だし、そんな事はねぇと思うんだが」


 冒険者に支払われる報酬の内訳は、依頼料、危険度査定、冒険者信用度スコアレート、ギルドレート、それから公的資金だ。

 依頼料がおよそ六割から七割、残りが冒険者ギルドによる査定という形が基本となる。


 ……まあ、ギルドマスターになってから覚えたことだが。


 この内の公的資金に関しては、あまり期待できない。

 およそ国や領主の懐から出ることになっていて、補助が推奨されてはいるが強制ではないため、実質的には、領主の胸先三寸となることが多いのだ。

 それでもって、懐を寒くしたい領主というのは、まあいない。


 報酬が減れば、冒険者の質は下がる。

 質が下がれば達成率は下がり、依頼が少なくなる。

 依頼が少なくなれば、報酬は当然下がる。


 ……悪循環だ。

 本来は、こうした場合にテコ入れとして領主が依頼を出したりするものだが、そんな様子もない。


「ん? 待てよ?」

「どうしたの? ユルグ」

「マッコールの領主殿は、もしかして俺達を上手く使うつもりか?」

「あー……同じこと考えてた」


 少し困ったような顔をして、ロロが小さく笑う。


「ボクらがここに居るってこと自体が、ちょっとした宣伝になるものね」

「んだな。はー……やっぱり最初からサランのやつを同行させるべきだったぜ」

「サランのことだから、そこも読んだうえでボクら二人って可能性、あるけどね」

「違いねぇ」


 陰険眼鏡の顔を思い出しながら、軽く笑う。

 あの男のことだ、この程度の現状は把握したうえで「放っておいていい」と俺に言ったのだろう。

 面倒事になるのがわかっていたのかもしれない。


「まあ、とりあえずは現状把握だ。数日内で終わる仕事を数件、受けてみようぜ」

「うん。マッコールの領主さまにバレないといいけど」

「もうバレてんじゃねぇか?」


 冒険者ギルドの現状と、部外者の登場。

 あの化粧の濃い受付嬢か、ギルドマスターあたりが報告していてもおかしくはない。

 人相まで聞かれたら、おそらくバレる。


「ま、俺らにゃ俺らなりのやり方があるってことで、許してもらおうぜ」

「あー……そうもいかないみたいだよ」


 窓をちらりと見やって、小さくため息を吐くロロ。

 当然、俺の耳にも聞こえた――馬車が止まる音が。

 こんな時間に宿の前に馬車を横付けするなんて、領主さまはお急ぎらしい。


「夜分に失礼。マルハスからの客人殿、おられますか?」


 ほどなくして、ノックと共にそんな声がドアの向こうから掛けられる。

 逃げようと思えば逃げられたが、別にこそこそする必要もない。


「おう、開いてるぜ」

「失礼いたします。私はドリン。マッコール子爵様の命により、お迎えに上がりました」


 深々と頭を下げる、身なりのいい壮年の男。

 華美ではないが、いい生地でしっかりした作りの背広を纏っている。


「わざわざどうも。明日になれば、直接出向くつもりだったんだがな」

「いえいえ、お迎えに上がるのが遅くなり恐縮です。馬車がございますので、どうぞこちらへ」


 さて、話が通じてるのか通じてないのかよくわからないが、有無を言わせぬという意志はよくわかった。

 まあ、俺達に好き勝手される前に身柄を押さえておこうというのはわからないでもない。

 どうもマッコール子爵は、いろいろとを打ってるっぽいからな。


「ドリンさん、ここまで来てもらって悪いんだが……荷物をまとめる時間もいるし、乗騎も連れて行かにゃならん。準備ができ次第、お館に向かうんで先に報せに戻ってもらっていいか?」

「お待ちしますし、お馬はこちらで移動をしておきますが?」

「馬じゃなくって走大蜥蜴ラプターでな。俺のは戦用騎獣で、知らん人間が近づけばうっかり怪我をさせるかもしれん」


 グレグレは分別のあるヤツなのでそんなことはしないだろうが、この言葉は魔物モンスターに慣れていない一般人のドリンにはよく効いたようだ。

 もしかすると、この男が馬を引くつもりだったのかもしれない。


「わ、わかりました。では、お待ちしております」


 引き攣った笑顔を張り付けて一礼したドリンが、まさにそそくさといった様子で部屋から消える。

 しまったドアを確認してから、軽くため息をついてからロロに視線を向けた。


「予定変更、だね」

「しょうがねぇ。ま、あとは子爵殿と話して答え合わせするしかねぇな」

「それしかなさそう。まあ、悪い噂は聞かないし、大丈夫じゃない?」

「だといいんだがな……」


 ここまでの旅路で、俺のマッコール子爵に対する印象はあまりよくない。

 悪い噂は聞かなかったが、逆にいい領主だという話も聞かなかった。

 そういう掴みにくいヤツは、どうにも苦手だ。


 ま、結局は会ってみるしかない。

 どんなヤツかなんて、顔を直接合わすまでは結局わかりはしないのだから。


「気は進まねぇが、行くとするか」

「うん。がんばろう」


 荷物を雑にまとめたずだ袋を抱え上げて、俺はロロと頷き合った。

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