第20話 冒険者ギルド・マーデール支部


 『領都マーデール』へと到着した俺たちは、大通りから少し離れた場所に宿を取って、冒険者ギルドを目指す。

 知らない街を歩くのはいつも楽しいものだが、今回はそれだけではない。


「さて、マッコール領で一番の都市だってのに、ちと元気がねぇな」

「うん。どこも人通りが少ない気がする」


 大通りに、商店辻、冒険者通りと人が居そうなところを遠回りして冒険者ギルドへと向かったのだが、どうにも様子がおかしい。

 普通、領都というのは人であふれかえって活気があるものだ。

 少しばかり田舎な酪農都市ヒルテだってもう少し騒がしい。


「どうも、薄気味の悪い感じがすんだよな」

「今日この時間が少ないだけかもしれないよ?」

「ま、それも冒険者ギルドに行けばわかるさ」

「それもそうだね。……見えてきた」


 堅牢な作りの冒険者ギルドは年季が入っていて、歴史を感じさせる。

 あまり冒険者にとって実入りがいい土地とは言えないマッコール領ではあるが、さすがに領都におく建物には金をかけたらしい。

 しかし、それにしたって寂しいもんだが。


 冒険者通りと言っても露天は少なく、冒険者の姿はまばら。

 武具を扱う店舗のいくつかなどは、閉店の張り紙がしてあるところまである。

 冒険者の活動が活発ではないとはいえ、ここまでとはちょっと驚く。


 だが、同時に納得もした。

 このざまでは、依頼を受けてくれる冒険者もまともにいないだろう。

 ここに至る道中で「どうして冒険者ギルドに依頼を出さないのか」と尋ねていたが、依頼しても無駄だとわかっていたのだろう。

 依頼手数料だけ取られて問題が解決しないなら、ムダ金にしかならないと判断したに違いない。


「なあ、ロロ……やばくねぇか?」

「やっぱり? ボクも同意見」


 俺のボヤキに、親友が半笑いで返す。

 ここまで冒険者活動が低迷しているとなると、そりゃあ冒険者で溢れかえる開拓都市に支援を要請したくもなってもおかしくはない。

 どうやら、マッコールの領主はそれなりにこの事態を把握しているらしい。


「これがわかっただけでも、まあ、収穫か。とりあえず、話を聞いてみようぜ」

「うん。依頼票には期待できないけど」

「だな」


 普通なら、依頼票を貼りつけるボードを見れば魔物モンスターの分布や動向がわかったりするものだが……この調子だと、望み薄だ。

 領都の冒険者通りがこの有様では、詰めてる冒険者もそう多くはない。

 そうなると、依頼達成率も下がるので、依頼が来にくくなる。


 そう、俺が道中で助けた村の連中のように、魔物モンスターが出ても依頼しなくなるのだ。

 そうすると情報の確度は下がっていく。

 ながらくボードに貼られたままな未達成の古い依頼票から得られる情報は、逆に判断ミスの元になりかねない。


 これまで、冒険都市アドバンテ開拓都市マルハスでしか仕事をしてこなかった俺にとって、こういう状況はちょっと初体験だ。

 こりゃあ、領主のところに行く前に情報収集をすることにして正解だったな。


「邪魔するぜ」


 一声かけて、冒険者ギルドの扉を開く。

 思った通り閑散とはしていたが、何組かの冒険者がこちらを見て……数人は軽く手を挙げて反応した。

 思っていたより、雰囲気としては悪くない。


「なんだ、新人か?」

「バカ言え、慣れた感じだ。外から来たんじゃね?」

「お前こそバカか、こんなとこに仕事を探しに来るヤツがいるかよ」

「がはは! ちがいねぇ!」


 昼からジョッキをあおる冒険者が、妙に明るい感じでこちらを見てくる。

 俺の勘が鈍ってなけりゃ、それなりにできる連中だ。

 所作に隙が無いし、俺達を観察する目もそれなりにある。


「おう、ちょっと通りがかりでよ。マルハスに向かって軽い仕事でもねぇかと思って」


 当たり障りのない感じを装って、話に応じる。

 そんな俺の言葉に、依頼票ボードを指してからからと笑う冒険者の男。


「あるっちゃあるが、安いぜー? ここの仕事はよ」

「はン? そうなのか?」

「見てみりゃーわかる。領主殿が支援金を出さねぇからよ、寂れてんだ」


 酔っぱらった冒険者の言葉に、ロロと顔を見合わせる。


 さて、領主殿は冒険者が足りなくて困っているんじゃなかったのか?

 地元の冒険者をないがしろにしておいて、どういうつもりなのか。

 まさかと思うが、マルハスに来た冒険者を買いたたこうってんじゃないだろうな?


「ユルグ、顔に出てるよ」

「おっと。はぁー……何かやだねぇ、こういうのは」


 ため息を吐き出して、依頼票を確認するためにボードへ近づく。

 まばらにしか貼られていない依頼票は、どれも報酬が少ないうえに情報も古い。

 こんな依頼票をはがしていくヤツは、まあいないだろうな。


「お、これは俺たちが叩いたヤツだな」

「討伐証、一応持ってきたけど」


 そんな俺達のやり取りに目ざとく気が付いたらしい受付嬢――妙に化粧が濃い――が、こちらに駆けてくる。

 すごい勢いで。


「こんにちは! いま、何を討伐されたって……?」

「ああ、これって尖剣山大鼠ヒュージポーキパインだろ? 来る途中でちょっとな」

「討伐証です」


 ロロが背負い袋から、細かい針がびっしりと生えた太い尻尾を取り出す。

 尖剣山大鼠ヒュージポーキパインは全身に突剣エストックみたいな鋭い針を生やした巨大な鼠で、農作物を食い荒らす魔物モンスターだ。

 肉食ではないものの縄張りの主張が激しく、比較的獰猛な魔物モンスターで……何より、臭い。


 縄張りを誇示するために撒き散らす糞尿が、ひどい臭いなのだ。

 これで畑を汚染されると、とてもじゃないが生活はできない。

 そのため、冒険者ギルドによるラベリングによると、『準退避危機』の分類がされている魔物モンスターでもある。


「これ、剥がして精算しても構わねぇか?」

「もちろんですぅ~! すぐにご準備しますねぇ」


 妙にご機嫌な様子な猫なで声で返事をした受付嬢が、ボードから尖剣山大鼠ヒュージポーキパインの依頼票を剥がしてカウンターへと走っていく。

 現金なことで結構だが、冒険者連中は苦笑した様子でこちらを見ていた。


 どうも、嫌な予感。


「こちら、精算終わりましてぇ~銀貨四十三枚になりますぅ」


 相場よりずいぶん低い報酬をトレーに乗せて、化粧の濃い受付嬢がじっとりとこちらに笑む。


「ところで、お二人は……お暇だったりとか~?」


 やれやれ、どうも面倒なことになりそうだぞ。これは。

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