第19話 領都マーデールへ
領都マーデールまでの道のりで、いくつかの問題を目にした。
これまでなかった危険に関して、もう少し警戒心や恐怖があっていいはずなのだが……どうも、マッコール領の連中は他人事というか認識が浅い印象を受けた。
早い話が、考えが甘いのだ。
「なんだか、みんな穏やかだよね」
「いいように言い過ぎだ。どいつもこいつも、ぼんやりとしてやがる」
実際、通りがかりに
なんだか、厄介事の雰囲気が増してきやがった。
住民がこれなら、領主の頭の中も花で満たされてる可能性がある。
「段取り的には、今日中にマーデールにつく感じだよな?」
「うん、そうだね。領主さまに会いに行く前に、冒険者ギルドに寄ったほうがいいかな?」
「ああ、そうした方がよさそうだ。どうも、ここらのヤツらと空気が合わねぇんだよな」
俺がそうして軽くため息を吐いて見せると、ロロも苦笑する。
こいつだって、最前線で戦ってきた冒険者なのだから俺と同じ感想を抱いているはずだ。
しばし歓談しながら街道を行くこと、数刻。
森を抜けて、視界が広がったと同時に目的地が見えてきた。
マッコール子爵領の領都、マーデールだ。
大きな丘に沿って階段状に形成された町は整然としていて、なかなか壮観だ。
王国の東地方ではもっとも美しい街並みと言われているのも納得できる。
サランの情報によると住環境も配慮されていて、傾斜にある都市のわりに生活しやすいらしい。
「わぁ、なんだかすごいね。でも、領主屋敷に向かうのは大変かも」
「ああ、おそらくてっぺんだろうしな」
「宿、どうする?」
「一応、公務ってことで来てるから領主屋敷に部屋があると思うが……ちょいと判断に迷うな」
一般市民と統治者では見えてるものが違うというのはよくある事だ。
マルハスに応援要請が届いたのでここまで来たが、住民としてはあまり困っていないような気配がある。
その辺りの乖離を把握しないと、外様の俺たちが上手く立ち回るのは難しいだろう。
「じゃ、まずは適当なところに宿をとって二、三日調査しない? それから領主屋敷に向かおうよ。『シルハスタ』時代もこの辺りでは活動しなかったし、ボクらの顔を知ってるひとはいないでしょ?」
「ああ、そうすっか。まずは冒険者の立場でモノを見てからお貴族様の話を聞いた方がよさそうだ」
「ぐれぐれ!」
グレグレが「それがいい」といった風に鳴く。
まあ、こいつにしても少し慣らす時間がいるだろう。
いざとなれば俺の足となる以上、態勢を整える時間は必要だ。
「じゃあ、決定だね。サランには裁量権をもらってるし、久々に新規地域の冒険だね」
「斥候が二人がかりで調査するんだ。何かしら見つかるだろうよ」
「ユルグは斥候って感じじゃないけどね……」
俺の言葉に、小さく噴き出すロロ。
この野郎、言ったな?
俺だって、それなりに鼻が利くんだぞ?
「――ッ」
心の中でそんなことを考えていた瞬間、妙な気配が首筋を撫でていった。
少しばかり緊張して、周囲を見回す。
「どうかした?」
俺に倣うようにして警戒を強めるロロに、首を振って返す。
「いや、今一瞬だけ……妙な気配がした。殺気でもないが、勘付いたっぽい感じだったな」
「ボクにはわからなかったから、〝淘汰〟関連かな?」
「わかんねぇな。だが、キナ臭くなってきやがったな」
小さく息を吐きだして、前方に見えるマーデールを見やる。
やれやれ、『
とはいえ、〝淘汰〟関連ならば早急に調査する必要がある。
俺はともかく、フィミアの顔に泥を塗るわけにはいかないからな。
「サランとフィミアにも連絡する?」
「いや、まずは俺らでかかろう。ただの勘違いにせよ、〝淘汰〟の絡んだもんにせよ、何も掴んでないからな」
「確かに」
「それに、お前と二人なら大体のことは何とでもなんだろ?」
「まぁね」
俺の言葉に、ロロが小さく笑う。
その顔には、どこか自信のようなもの見え隠れしていた。
そんなロロが、空を見上げて口を開く。
「昔からそうなんだけどさ……」
「?」
「ユルグと一緒にいるとさ、何でもできる気がしてくるんだよね」
「なんだ、そりゃ。実際、お前は何でもできるじゃねぇか」
俺の苦笑いに、親友が小さく首を振る。
「違うよ、ユルグ。ボクは君の期待に応えるために頑張っただけさ。もし、何でもできるように見えてるなら、それに応えられてるってことかな」
「見えてるも何も、お前はすげぇよ」
本人にその自覚がないのには驚いた。
剣の腕、魔法の腕、機転に状況判断、斥候としての優秀さ。
加えて、勤勉で心根も優しく、それでいて決断力もある。
正直なところ、ロロ以上に優れた人間というのは見たことがない。
そりゃあ、魔法に関してはサランが上だし、腕っぷしだけなら俺に軍配が上がるかもしれない。
だが、実際にこの〝妙幻自在〟と相対して勝利を収めるのはかなり無理筋な話になるだろう。
なんなら、俺は今だって〝勇者〟に相応しいのはロロだと思っている。
この控えめな親友は、英雄譚の主人公に相応しい人間だと断言していい。
……いまさら、フィミアを手放すつもりなどないが。
「ボクだって、ユルグがすごいことを知ってるよ?」
「あんまり褒めるな。調子に乗る」
「君ったら、もう少しくらい鼻を高くしたっていいと思うけどね?」
「それを言うならお前もだろ。どこかにお前を〝勇者〟に選定する聖女がいないもんかね」
俺の本音まじりのぼやきに、ロロが笑う。
「いいね。そうしたら、ユルグと一緒に〝淘汰〟と戦うよ」
「何言ってんだ。もう二回押し返してんだろうが、一緒によ」
「それもそうか。じゃあ、別に勇者じゃなくてもいいかな。きっと、最後までユルグと一緒に戦う事には変わんないし」
ああ、この親友はなんてことを軽く言ってくれるんだ。
その言葉がどれだけ俺の背中を押すのか、わかってんのか?
まったく、相変わらずかなわねぇな、ロロには。
「じゃ、今回の件もアテにさせてもらうぜ、ロロ」
「任せて! 何が来たってボクらなら大丈夫さ」
拳を当てて、お互いに笑い合う。
「ぐれぐれ!」
「わかってるよ、お前も一緒だ」
非難がましい鳴き声のグレグレの首を軽く叩いて、俺たちは勢いよく街道をマーデールに向かって走った。
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あとがき
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