第18話 マッコール領の異変

 街道を行くこと数日。

 ようやくヒルテ子爵領とマッコール子爵領の境を通過した俺たちは、早くも違和感を覚え始めていた。

 どうにも、落ち着かない。まるで、未踏破地域に踏み入ったようなじわじわとした圧迫感がある。


「なんだか、ヘンだよね」

「ああ、穏やかじゃねぇな……」


 これは確かに、俺たちの出番かもしれない。

 マッコール子爵領は、これまで魔物被害の少ない地域だった。

 冒険者ギルドもあるにはあるが、そこの連中までマルハスこっちに流れた可能性が高い。

 冒険者だって、実入りのいい討伐依頼を求めるからな。


「とりあえず、領都マーデールまで急ぐとしようぜ。魔物モンスターは邪魔なら潰す方向で行こう」

「そうだね。あまり遅くなりすぎないようにしつつ、冒険者ギルドも見て回ろう」

「厄介事に巻き込まれねぇといいけどな」


 軽くため息を吐くと、グレグレがこちらを振り返る。

 くりくりとした目で小さく首をかしげる仕草が可愛らしいと思ったが、その視線はすぐさま街道沿いの林へと向けられた。

 小さな悲鳴が聞こえたからだ。


「ロロ!」

「うん! 行こう!」


 こんな気配の中、人間の悲鳴がすれば……原因はおおよそ魔物モンスターだ。

 耳に入っちまったからには、捨ておくわけにもいかない。

 まがりなりにも、勇者の端くれだからな。


「行くぞ! グレグレ!」

「ぐれぐれ!」


 小さく返事した白鱗走竜が大地を蹴ってぐんと加速する。

 それと同時に、俺は背中に背負っていた戦鎚ウォーハンマーを握り締めた。


「先に!」

「おう!」


 グレグレ程小回りの利かない馬上のロロが、俺にいくつかの強化魔法を飛ばす。

 それを受けて、猛スピードで薄暗い林に分け入った俺は、すぐさま悲鳴の主を見つけることができた。

 薬草かごを持った、年端も行かない少女。

 何だってこんな場所にと思ったが、とりあえずは後回しだ。


「ふぅんッ!」


 グレグレから飛び降りざまに、少女に迫る魔物へ一撃加える。

 やや硬めの手ごたえを残して、吹き飛ぶ魔物モンスター

 さて、こいつは見覚えがあるぞ。


 大顎甲虫ドルクスって呼ばれる、でかい虫だ。

 その名の通り、体の半分くらいがデカい顎で、食欲は旺盛。

 動くもんなら何でも食う。もちろん、人間も。


「おい、がきんちょ! 動けるか?」

「へ? は、はい!」

「なら街道に向かって走れ! 仲間がいる」


 俺の言葉にこくこくと頷いて、走り出す少女。

 意外と根性があるじゃないか。

 普通、魔物に襲われたら腰を抜かしちまう奴だって多いのに。


「さて、俺はこっちに集中だ」

「ぐれぐれ」

「……言い直す。俺たちは、だな」


 やる気満々にとんとんと跳ねるグレグレへ、軽く笑って見せる。

 そんな俺たちの周囲には、数匹の大顎甲虫ドルクスが姿を現していた。


「いくぞ……!」


 気合を入れて戦鎚ウォーハンマーを構えた俺は、顎を鳴らす大顎甲虫ドルクスの群れへと躍りかかった。


 ◆


「助けてくれてありがとう! あたし、セサリ」

「おう。間一髪だったな」


 ぺこりと頭を下げる少女に、苦笑を返して頭を撫でる。

 なんというか、命の危機だってのにころりとした様子は、どこかカティを思い出させた。


「この辺の村の子かい?」

「ううん、あたしは武装商人の見習いなの。マルハスに行く途中よ」


 その言葉を聞いて、心底ほっとする。

 開拓都市マルハスに向かう途中で事故に遭って死んだなんてのは、当事者としてはやり切れない。

「それで? 見習いってならお師匠さんはどうしたんだ?」

「えーっと……ね?」

「まさかと思うが、だまってうろついてたのか?」


 目を逸らして黙り込むセサリ。

 武装商人というのは半分くらい冒険者だ。というか、商売がメインの冒険者だ。

 自立心や好奇心は大切だが……一番大切なものが、こいつには足りていない。


「セサリ!」


 さて、この危機感の薄い小娘をどうしたものかと思っていたら道の先から声が聞こえた。

 比較的若い感じの男の声。


「お兄ちゃん!」

「セサリ! どこ行ってたんだ!? この人たちは?」


 こちらを見て、膝に小さくためを作る青年。

 得体のしれない俺たちへの警戒も忘れていない。

 それなりにヤツの所作だ。


「よかった。必要なら近くの村まで送ろうかと思ってたんだ」

「さて、じゃあ俺たちは行くぜ」

「ぐれぐれ!」


 立ち去ろうとする俺の服の裾を、セサリが引っ張る。


「どうした?」

「まだ、お礼してないよ?」

「ガキが余計な気を回すな。俺たちを正規で雇ってみろ、向こう十年は小遣いなしになっちまうぞ」


 苦笑する俺に、今度は青年が声をかけた。


「あの、妹がご迷惑をお掛けしたみたいで申し訳ありません」

「いいってことよ。マルハスに行くんだろ? 気を付けて行きな」


 深々と頭を下げる兄妹に軽く手を挙げて、グレグレにまたがる。


「おじさん、ありがとうね!」

「おじさんじゃねぇ、お兄さんだ。ふらふらすんのはほどほどにしろよな」

「うん。危ないもんね」


 屈託のない笑みを浮かべるセサリに手を振って、街道の先へとグレグレの鼻先を向ける。


「それじゃあな、セサリ」

「うん! お兄さんたちも気を付けてね!」


 見送りの言葉に「おう」と短く返事をして、俺たちはその場を後にするのだった。

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